【百合桜】第09話『縁談話』(4月7日)
【桜川 千歳】
シャワーから出て来たしまちゃんは、とても疲れたような、何かを諦めているような、そんな顔をしていた。
その理由はこれから聞く訳だけど、ここに逃げて来たって事は、完全に諦めてしまった訳ではない筈。
だから、声が震えたりしないよう、気を付けようと思った。
頼る相手が頼りなかったら、多分しまちゃんは、迷惑をかけまいとする意識が勝っちゃうと思うから。
頼って欲しいよって。迷惑なんかじゃないよって。
そう、安心させたかった。諦めなくて良いんだって思わせたかった。
「それでしまちゃん、何が有ったの?」
彼女が座ると、単刀直入に聞いてみる。まずは知らないと何もできないから。
「じゃあ、順番に話すわね」
一度頷くと、彼女はこれまでの事を話し始めた。
「実はあの大会の日、私は試合に集中しきれていなかったの。それは私の未熟さ故で、他の誰かが悪い訳じゃない。だけど、全力を出せたとは言えない試合で、本来なら勝てた筈の試合で、負けてしまった。心の弱さも実力の内だけど、そんな自分が情けなかった。……そして、それを父にも見抜かれてしまって、スマホを取り上げられる事になったの。その前に、最後に連絡させてと頼んだら、リプライ一つだけならという事になったのよ」
知らなかった。分からなかった。
誰よりも、彼女の事を見てきてたのに。
だから、浮かない顔をしていて。だから、連絡が取れなくて。
でもそれが、どうして逃げてくる事になったのか。それを聞くために、話をうながした。
「それでね……。色々話したり、抵抗したりもしたんだけど、高校を卒業したら弟子の一人の元へ嫁げって、強引に縁談話を進められてしまって。それが嫌で、逃げて来たのよ」
それを聞いた時、頭が真っ白になった。
今の時代に、そんな事を言う親がいるなんて、信じたくなかった。
でも、しまちゃんの様子を見ると、まぎれもない事実なのは明白で。
「嫌だ、そんなの。しまちゃんを誰かに渡すなんて、絶対に嫌!!」
「ち、千歳?」
「好きなの! しまちゃんの事が、大好きなの!! 親友や家族としてだけじゃなくて、『そういう好き』なの!!」
湧き上がってくる衝動を抑えきれなくて。
気付けば私は、しまちゃんを強く抱きしめていた。
ブラのサイズが合わなくて、ノーブラなしまちゃんの胸の感触が、伝わってくる。
その体温は温かくて、優しくて、独り占めしたくて。
しまちゃんの気持ちも考えないで、ただ『渡したくない』一心で、彼女の事を抱きしめ続けていた。