【百合桜】第02話『島崎 桜』(4月7日)
【島崎 桜】
思えば、千歳――桜川 千歳には、いつも支えられてきたような気がするわね。
剣道の道場主、それも『剣鬼』とさえ呼ばれる程の人の娘に生まれた私は、父の言うとおりにする毎日だった。
生きる道も、交友関係も、今回の進学先に或砂橋高校を選んだのだって、みんなそう。
そんな日々の中で、千歳の存在は支えで有ったし救いでも有ったと思うわ。出来る事なら、高校でも一緒に過ごしたかった。
「部長、お願いします!」
「お願いします」
幸か不幸か、なんて言うと怒られてしまいそうだけれど、私には才能が有った。
剣道の才能も、勉学の才能も。父母の期待に応えられるだけの才能が有った。
磨ける力は磨かなければならない。持てる力は身に付けなければならない。なぜなら、力がなければ何も守れず、何も救えないからだ。
そう、幼いころから言い聞かせられて育った。そして、それは実際にそうだったと思うわ。
剣道の力を磨いていたから、千歳をクズな先輩から守る事が出来た。勉学の力を身に着けていたから、同じ高校には通えなくても、件の先輩が通うよりも上のランクの高校に進ませてあげられた。
力を磨き、身に付け、正しく使う。それは幸せを掴んで守る為に必要な事。
だけど、守りたい相手と会う暇もない現状を思うと、時々不安にもなってくるの。
本当に、これで良いのか、そう考えてしまう時もあるわ。
父に逆らえない私には、どのみち選択肢なんてないのだけれど、それでも感情までは抑えられない。
会いたい。抱きしめて欲しい。抱きしめ返したい。できるなら、その先も――。
「はっ!」
邪念を払い、目の前の稽古に集中する。
稽古中に気がそれてしまうなんて、私もまだまだね。
「参りました」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
今はそう。力を磨いて、高めていこう。
いつの日か父を超えた時、初めて私は道を選べるようになる。
剣道を辞める気はないけれど、他の道を選べないのと、選ばないのとでは、違うと思うから。
それに……。
私の気持ちが千歳に取って、良いものなのかそうでないのか、分からないけれど。
自由になってからじゃないと、告白もできないからね。
ただ、それまでに。千歳に彼氏が出来ないと、良いのだけどね……。
或砂橋高校→有る筈なし高校。
アナグラムですね。
万一、実在校と同名だといけないので、念の為。