2ー1
そりゃそうだと言わざるを得ないのだけれど、あれから坂宮さんとは話すことはおろか目もまともに合わせられない。
もう四月も終わって五月になってしまう。せめて五月半ばにある中間テストまでにはなんとかしたい。案の定というか竹原は坂宮さんに絡むようになった。苦笑いであしらってるのが唯一の救いか。……何だ救いって。自分に対して苦笑する。
「きもいぞ」
一心に弁当を箸でつついていた松島は顔を上げるとさっきまで弁当に突っ込んでいた箸の先を僕に向けた。
「うるさい、その箸下ろせ」
僕の言葉に素直に従って、箸を下ろした。
「意外とよくしゃべるよな、桐野って」
「僕自身今までの二年間は何だったんだって感じだよ」
卵焼きを口に運びながら同意を示すために頷く。
「どうするの、坂宮?」
「知らない」
「冷たいなー」
知らないといってもどうしたらいいのかわからない。僕から改めて謝罪をすべきなのはわかるけれどあれから土日含めて六日も経ってしまった。明日になれば一週間だ。
松島は大豆がなかなかつまめなくて苦戦している。
僕がしれっと松島のとこから大豆をつまんで食べた。
「お、おい勝手に食べるなよ。おれ大豆好きなんだよ」
「珍しいな」
さらに一つ大豆をもらう。
「ちょっ、ほんとやめて」
松島が箸で大豆の守りに入ったところで、僕は坂宮さんを見た。目が合ったとたん坂宮さんは箸で挟んでいたウインナーを落とした。
ウインナーを拾ってくれた子に笑顔でちょこんと頭を下げながら僕をきっとにらみつけて目をそらした。
僕が、悪いのか……?
やっとつまめて喜んでいる松島の弁当箱からさらに大豆をもらう。
「あっおい、ってあっ」
文句を言おうとして大豆を落とした松島は、「もう食ってやらねー!」と大豆に嘆いていた。代わりに全部僕がもらった。
今日は部活に出るという松島に別れを告げて、下駄箱に向かう。
あの坊主の松島がまさか卓球部だとは思わなかった。もうすぐ引退で後輩との引退試合があるとのことでできるだけ練習に参加したいらしい。
この前のように下駄箱で坂宮さんと会うこともなく、さっと下校する。
避けると息巻いていたけれど、今の状況だと僕が避けられている感じだな……。避けられると思ってたから避けたのに、あの日避ける感じじゃなくてむしろ絡みに来ようとしていた。
最初は単純なまでに喜んでいたのに……。坂宮さんとの仲直りの方法が全然思いつかない。自分で蒔いた種ぐらい自分で回収したい。
そもそも僕はどうしたいんだ……? 坂宮さんと仲良くなりたいのか、きっぱり関係を断ちたいのか。そんなの前者に決まっている。避けたかったのは自分に自信がなかったのと、坂宮さんのことを考えて……いや違うな。自分のことしか考えていなかった。
あなたのためなんてのはいわば自己満足だ。もし本当に相手のことを考えているなら、まずは相手と話し合うべきだろう。
よし、明日坂宮さんと話そう。
昨日はあんなに息巻いていたのに、いざ学校に来てみれば僕を見るなり逃げる坂宮さんをなかなか捕まえられない。
「何してんの?」
ずっとキョロキョロと挙動不審になっている僕に松島が蔑んだ目を向ける。
「いやちょっとってその目やめろ」
「元からこう言う目だ」
松島の発言は無視して、坂宮さんを探す。カバンはあるからまだ帰っていないはずだ。トイレにでも行っているのかもしれない。
廊下で待つか……。
席を立った僕の後に松島が続いた。
「なんだよ」
「なにするのかなーって」
「いいから帰れって」
「じゃあなにすんの?」
教室の前の壁にもたれるとその後もしつこく訊いてくる松島に僕が折れて、正直に坂宮さんに謝るつもりだと話した。
「なーんだ、つまんね。告らねーのか」
「いやいや早いわ」
自分で突っ込んどいて、しまったと思ったけど、松島と言うバカはある意味攻め込む決定機を見逃した。
その松島の向こう。さっき僕らが出て来た教室から、切れ長で大きい目のいかにも気の強そうな女の子が自身のポニーテールを撫でながらこちらに歩いて来た。
「ねえ、松島?」
笑顔が怖い。松島は僕に向けていたふざけた笑顔のまま振り向いた。
「え、遠田……」
遠田……ああ、遠田か。下の名前はわからないけれど。
遠田は頭が良くて、クラス1位の学年3位だ。ちなみに僕らのクラスは確か38人くらいだ。学年だとだいたい250人だったはず。
松島は、さっきの笑顔とは打って変わって強張った顔で僕に向き直った。
「ねえ松島、昨日言ったよね? テストも近づいて来てるから部活のない帰りは勉強って」
「助けて、桐野」
「遠田さん、松島連れてって」
僕は松島のSOSを聞かなかったことにして、遠田さんにそう言った。
また油断していた。
「えっと……もう、松島行くよ」
遠田さんはちらっと僕を見て、すぐに松島に目を向けて腕を掴んだ。
「桐野を無視すんなよな」
松島が優しい声で抗議したけれど、遠田さんはさらに困ったような顔をしたまま松島の腕を引っ張る。
「話したことないし、びっくりしただけ」
「ほんと素直じゃないな」
遠田さんは松島の腕を引きつつすねに蹴りを入れると連れて行った。
僕がまともに話せるのは松島だけだったことを忘れていた。
昨日、僕の二年間は何だったんだなんて言ったけれど十分すぎるほど、誰とも必要最低限以外のことを話さなかったことは根付いていた。
僕もバカだなー。自嘲気味に笑う。
「はあ……何笑ってるの?」
呆れの混ざった、心地いい高さの声が聞こえた。
紛れもなく一週間ぶりに聞く坂宮さんの声だった。