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1ー5

 

 帰りのホームルームの後、坂宮さんには申し訳ないけどすぐに帰ろうとリュックを持ったところで、名前の知らない男子に話しかけられた。


「おい桐野」


 びくんと肩を震わせてから、振り向く。


「お前、坂宮とバスケするんだって? 外が空いてるって教えてやったけどよ。幽霊のくせによくやるよな、バスケ部にも全然来ねえし」


 こいつがバスケ部だってことは知ってる。ついでに僕より下手なことも。言わないけれど。

 坂宮さんが訊いたバスケ部の人とはどうやらこいつのことらしい。


「なんなら変わってやってもいいぜ?」


 下心丸出しでニヤッと笑った。こいつタバコ吸ってそうだなと思いながら丁寧に断った。


「君は部活に行きなよ」


 僕の発言が気に食わなかったのか、口の端をぴくぴくさせながら、まあせいぜい頑張りやと肩を叩いて教室から出て行った。

 さっきの発言は置いといて、僕も帰ることにする。


「ちょっとちょっと、桐野くん?」


 急に見なくなった、双子の芸人と同じようなセリフの声が聞こえた。


「なにかな?」

「なにかな? じゃないでしょ。最初の肩びくんはともかく、おお桐野くん意外と言うじゃんって思ったのに」

「そりゃどうも」

「えっなに、クールキャラに目覚めたの?」


 坂宮さんからの問いかけを文章にしたらきっとあるだろうクエスチョンマークの上のぐねんをなくして勝手にピリオドにすると、背を向ける。


「泣くよ、泣いちゃうよ」


 思いの外本当に今にも泣き出しそうな声が聞こえてきて、慌てて振り向いた。

 笑っていた。


「器用か!」


 自分でも驚くぐらいに大きな声が出て、すっと首を引くと周りを見回した。学校が終わって開放感でざわざわしている教室では、誰の関心も引かなかったみたいで安心した。


「言い出しっぺだし、やるか」


 打って変わって小さい声だったけど、坂宮さんにはしっかりと届いたみたいだ。多分、そうだそうだと口パクしている。

 それに、このまま帰ったら坂宮さんの不戦勝になってしまう。


「うん!」


 隣に来た坂宮さんの目はすごくやる気満々だった。


「行こっか」


 坂宮さんに言われて金魚のフンみたくついていく。

 外コートに着くと、彼女はコート脇の常時鍵のかかっていない倉庫の横にカバンを置いた。僕も、その隣に置いた。

 手際よく倉庫からバスケットボールを取り出すと、はいと差し出した。

 受け取って彼女を見た。勘違いじゃなければ嬉しそうな笑みだった。よく笑うな。つられて僕も微笑する。


「先攻は桐野くんでいいよ」


 ここに来て僕は一抹の不安を覚えた。帰宅部なのにこんなにやる気満々なのは自信があるからじゃないのか。

 机の上でブリッジをやるような奴だ。運動神経が良かったとしても不思議ではない。

 さすがに発案者で引退間近の幽霊部員でもバスケ部の僕が負けるのは恥ずかしい。


「とりあえず個人で軽く準備運動しよう」


 ボールを足許に置くと怪我防止のために提案した。いきなりやり出してどこか痛めたら、色々と台無しだ。


「そだね」


 手首足首をしている坂宮さんを屈伸をしつつ見ていた僕はふと思った。


「坂宮さん、体操服とかジャージとかある?」

「ないよ、帰宅部だしね」


 なぜか両目を右手で隠した彼女は得意げに言った。


「まずその手はなんだ」

「着替えは見せません」

「見ないから、てか着替えないならやめようか」


 少し間が空いた。


「……えっなんで、制服でやるよ」


 なにを言われたのかわからなかった犬みたいに可愛らしく首をかしげた。


「いやいや、それこそなんでだよ」


 坂宮さんは、まだ明るさの残っている空を数秒眺めてから言った。


「……青春ぽいじゃん」


 体育祭は過去に大怪我をした生徒がいるとかで廃止になってしまっているけれど、文化祭、球技大会、受験や卒業式だったりまだまだ青春ぽいイベントはたくさんある。そう言いたかった。でも、言えなかった。

 坂宮さんが何かを終わらせようとしているのがわかってしまったから。

 そんなに憂う目を出来るものなのか。


「そうだね」


 自分でも意識しないうちにつまらない相槌を打っていた。


「ごめん! なんか湿っぽくなっちゃった、暗くなる前にやろ!」


 坂宮さんの元気を無駄にしないために足許のボールを拾うと、その場で軽くついてみた。

 前と同じように感覚的にもしっくり来ていた。これなら、大丈夫そうだ。


「すごいっ! つけてるじゃん!」


 坂宮さんが僕の手のひらと地面を行き来しているボールを見てはしゃぐ。

 思わずため息が出そうになったけど、我慢した。

 一旦つくのをやめて、再確認する。


「本当に制服でやるの?」

「うん。やるよっ」


 即答だった。


「はいはい、じゃあ始めるよ」


 さっきと同じ要領でつき始める。制服でスカートだからと遠慮はしない。

 手始めにドリブルしながら後ろに移動した。坂宮さんもついて来て、僕が動きを緩めた瞬間ゆたっと前に出た。重心が移動したのを見て、一気にスピードを上げて横を抜けた。

 あれ、普通に抜けた。えっえって言う声が聞こえて来たけれど、無視してリングにシュートする。

 ボールを持って、さっき抜いた地点まで戻った。

 これなら余裕じゃないかと思った。


「えっと、坂宮さん素人?」


 こくんと頷いた。

 それからは、本気を出さなくても悲惨なほどに僕の独壇場だった。

 何回か攻守を入れ替えても、着実に僕の勝ちが積み重なって行く。

 僕がスリーポイントをスパッと決めると、坂宮さんはがくんと項垂れた。


「はあはあ……勝てる気がしない、手加減してよっ」

「してるつもりなんだけど、本気でやってる?」

「やってる!」


 運動したからなのか、怒っているからなのか、なんのせいかはわからないけれど頬を染めながら言った。


「僕の勝ちってことで」


 大人気ないなと思いながらも宣言する。


「いいけど……」


 急に声のトーンが落ちた。

 まだ何かやるのかと警戒する。


「けど?」

「またやる?」


 膝に手をつけたまま、下から覗き込むように心配そうな顔を向けて来た。

 なんだそんなことかと微笑んだ。


「やろう」


 やっぱり坂宮さんは笑顔でちょこんと頭を下げた。

 本当はすごく言いたいのだろう。ありがとうと……。彼女の心境を思うと居た堪れない。

 そして、何もできない事実が虚しかった。




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