1ー2
久しぶりにバスケをした日から2日後の朝、いつものように家を出る。
家を出てすぐの十字路のちょうど、道路を挟んだ向こう側にゴミ置場があった。今日もせっせとカラスが物色していた。
何の気なしに近づいてみると、僕に気付いたカラスは少し僕から距離を取った。
ふとゴミを荒らすカラスに毎朝挨拶をすると荒らさなくなるというのを思い出した。
「おはよ」
カラスは何の反応も示さずに飛んで行ってしまった。
教室でも、これくらい出来てたら多少なりとも話すぐらいの知り合いはできてたのかもしれないなと今更ながら思った。
学校に着いて教室に入る。もちろんカラスに挨拶したぐらいで勇気を持てるわけもなく、そそくさと自分の席に向かう。
いつものように、机とにらめっこしながら朝をやり過ごす。絵の才能ぐらいあれば机に描いてやるのに。
苦し紛れに机をひと睨みしても出来ないのだからもはや言い訳にもなっていない。
「はあ……」
またため息をついてしまった。朝早く登校したところで何もすることがない僕はいつも登校時間ギリギリに着くように来ている。
それでも、この朝の時間は慣れない。
毎度のことながら周りの喧騒に押しつぶされそうになる。
本気を出せば友達なんていくらでも出来る。そんなことを半ば本気で考えていた高1の僕に言ってやりたい。それは、出来たことのある奴が言うことだ、と。中学の時も大した友達いなかったくせに、と。バスケで活躍していたから、今よりは華やいでいたけれど。
これ以上はそのときの友達批判になってしまう。
一人でいる分、いろいろなことを考えてしまう。無になろう。
さっきまでしていた喧騒が消えていく。
ただ……予鈴が鳴っただけだった。
帰りのホームルームが終わって、やっと一息つく。
さっさとリュックを背負って、教室を出る。
靴に履き替えて外に出ると、春らしい風が僕の頬を撫でていった。
目を細めて、空を見る。四月に入って陽が落ちるのが遅くなってきた。
運動部の掛け声を尻目に、僕は学校を出た。
歩いて登下校するのは、歩くのが好きな僕にとっていい気分転換になった。
15分ほど歩くと、今朝の十字路を通り過ぎた。
「ただいま」
返事のない家に入る。母さんとの二人暮らしだから、ほぼ毎日こんな感じだ。
靴を脱いで揃える。
玄関にはいつも小さくて可愛らしい白い花が散りばめられた生け花が飾ってある。
なんの花かわからないし、知る気もない。
ただ、一度母さんに「この花どうしたの」と聞いたら嬉しそうに「母の日にあの人がくれたの」と笑んでいた。あの人とはもちろん父さんのことだ。
改めて可愛らしい白い花を見ると、なぜか脳裏に坂宮さんの顔が浮かんだ。
リュックを背負ったまま、玄関を上がってすぐ右手にある和室に入る。
そんな広くない和室に結構立派な仏壇があった。その中央には、もう同じ笑顔を振りまくしか出来ない父親がいた。
(ただいま)
正座して、目を瞑り手を合わせる。
父さんは僕がまだ小学6年生だったときに死んだ。交通事故だった。
泣きじゃくる母さんから、横断歩道の赤信号を無視して渡ったところを車にひかれたらしいと説明された。
僕は父さんを尊敬していて、当時はよく「おとーさんみたいな先生になる」と意気込んでいた。
父さんのお葬式に来ていた父さんの同僚や父さんの生徒たちの「先生なのに信号無視でね〜」だったり「正直ダサい」と言った言葉が僕の中の父さんを歪めた。
とどめは、同じクラスの友達に「お前が先生になったら、父親みたいに信号無視で死ぬんじゃね」と笑われたことだった。咄嗟に「先生になんてならない!」と返してしまった。
その子に悪気があったわけじゃないのは知っている。それでも、その子から言われた言葉も僕の口から出た言葉も信じられなくて家に帰ってから泣いた。
あれから、もう6年近く経っているのに鮮明に覚えている。
結局今も、教師の夢を捨てたいけど捨てきれずにいる。
目を開けると、当たり前だけど父さんは笑っていた。
和室を後にして、階段を上がって自分の部屋に入る。
リュックをおろす。
今日の課題は、数学のプリントだけだった。早速やってしまおうとリュックをまさぐる。
「あれ?」
プリントがない。中身を全部出してじっくり見てみるけど、なかった。
どうやら学校に忘れたらしい。
空のリュックにクリアファイルだけ入れて背負う。
「しょうがない、取りに行くか」
帰って来て、10分も経たずに家を出た。
学校ではまだ運動部の声が青春を奏でていた。
下駄箱で靴を履き替えて、静かな校舎を一人歩く。
教室には先客がいた。正直なところ見て見ぬ振りをしたかった。
机の上でブリッジをしながら、若干暗くなり始めた空を見上げて……いや見下げているのは坂宮さんだった。器用だな。
流石の僕にもこの状況を無視することはできそうになかった。
2話じゃなくて3話ですね、引っ張ってるわけじゃないんですけど。頑張ります。