1ー1
短編でカスミソウというタイトルで投稿しています。もっと深く二人のことを書こうと思って、今回初の連載作品に踏み切りました。
「はあ……」
僕のため息は誰の耳にも届くことなく、クラスの喧騒に飲み込まれる。
高校3年生に上がったはいいけれど、相変わらず友達と呼べるような奴もいなくて、この学校に僕がフルネームで覚えている奴なんていない、もちろん僕のことを覚えている奴もいないだろう。
予鈴が鳴って、席を立っていたクラスメイトも自分の席に戻っていく。僕は机とにらめっこしていた顔を上げた。僕の席は、不安だと嘆きたくなるくらいに真ん中の席だ。こういうクラスになじめてないようなやつは後ろの端っこだと相場が決まってるんじゃないのか。そんなことを考えていると、ある人の後頭部が目に入った。
坂宮千津、いた……唯一僕がフルネームで覚えている生徒だ。肩にかかるかかからないかぐらいに切りそろえられて、先が少し外にはねてる彼女の髪が頭が動くたびにいたずらっぽく揺れる。
彼女はかわいらしい容姿もあって入学当時からその存在は僕でも知っていた。名前を知ったのは、高校2年生、彼女のうわさを聞いた時だった。「坂宮千津はありがとうも言えない子」――何のひねりもないそんな感想が自由に散歩していた。
確かに僕も彼女がありがとうを言う姿を見たことはなかった。
「あっ……」
彼女の机から消しゴムが落ちた。彼女は全く気付いていない。ここまで積極的に人と関わろうとしてこなかった僕には、拾う勇気も知らせるすべもなかった。
僕は誰か気付けと念じた。それが通じたのか(そんなわけはない)彼女の右隣の子が気付いて拾った。
「坂宮さん」
「ん?」
「これ、消しゴム落ちてたよ」
彼女は、差し出された消しゴムと自分の机の上をさっと見回すと消しゴムがなくなってたことを今認識したのか、その子から受け取った。
笑顔でちょこんと頭を下げた。消しゴムを渡した子は、何とも言えない微笑を浮かべて前に向き直った。
この前も、教科書を忘れたらしい彼女は、隣の子に見せてもらえるよう頼んでいた。了承したその子に、やはり彼女は笑顔でちょこんと頭を下げるだけだった。
別にありがとうを言えないやつを珍しいとは思わない。極度な人見知りや恥ずかしがり屋だったり、俗にいう社会不適合者なんかにも言えない、言わないやつはいる。ただ、彼女は人見知りでも恥ずかしがり屋でも、もちろん社会不適合者にも見えないから、きっと言わない理由があるのだろう。僕はなんとなくそう思った。視線を感じた僕が隣を見ると、野球部でもないくせに丸坊主の男子と目が合った。彼は僕と坂宮さん(の後頭部)を交互に見た後首を傾げた。しまった……さすがに見すぎたか。
僕が心の中で頭を抱えていると、彼が口を開いた。
「えっと、ドウノ? 坂宮の頭になんかついてる?」
「……(ドウノ……あー桐野をドウノって読み間違えたのか)」
何も答えずじっとしている僕が答えないと思ったのか、彼はふっと短く息を吐くと前を向いた。
僕は次からは目のやり場に気を付けないとなと思っただけだった。
3年生になってから三度目の帰りのホームルームになると担任は、最高学年になったという自覚と受験生という自覚を持つようにとクラスのみんなを見回しながら言った。
ホームルームが終わると運動部も文化部も帰宅部もそれぞれの活動場所に消えていった。
何を思ったのか、僕は2年生の間一度も顔を出さなかった体育館に足を向けた。
早くも何人かいるのか、バスケットボールがバンバンと跳ねる音とシューズの床との摩擦で起きるキュッと鳴る音が聞こえてきた。そんなわけもないのにバスケットボールの跳ねる音が僕を威嚇している気がしてそれ以上近づけなかった。
幽霊部員になって1年。中学の時はスターティングメンバーにも選ばれていてそこそこうまかった。
入部してすぐにインフルにかかって一週間ちょっと休んでしまった。休み明けは練習に参加したけれど、なんとなくうまくいかなくてもうすぐ2年生に進級する半月前ころには顔を出すのも辞めてしまった。
籍を残してるのは、途中で辞めると就職の時に響くと聞いたからだ。
「このまま帰るのもなー」
幸い、この学校には体育館と別に外にもバスケットコートがある。
外コートに着いた僕は、コート脇にある常時鍵の掛かっていない倉庫の横にリュックを置くと、倉庫からバスケットボールを取り出す。
約1年ぶりにその場でボールをついてみた。感覚的にもしっくりきて、懐かしくてついてるだけでも心が弾んだ。リング(ゴール)を見つめたまま軽くドリブルしてみる。
「いい感じだ」
リング前でボールを抱えて右足でステップを踏んで左足で踏み切った。ボールをリングに向けたまま持ち上げていくと同時に右ひざを高く引き上げた。そのまま空中で右ひざを伸ばしながら、ボールを持った右手も肘まで伸ばして、指先で逆回転がかかるようにして、手首のスナップを使って直接リングに置くようにシュートした。
着地するとほぼ同時にボールが地面に落ちた。
ボールを拾い上げて、制服なのも忘れてしばらくレイアップやジャンプシュートをしていると、誰かの気配を感じた。
ざざっと誰かが砂を踏む音も聞こえてきた。
僕は、さっとあたりを目で撫でるように見回した。結局誰も見当たらなくてすぐにリングに視線を戻した。そのあとは久しぶりのバスケをしばらく楽しんだ。
最初は短くこんな感じになりました。サブタイトルは……まあわかる人にわかっていただければいいですね(笑)そんな深くはないですけど。2話目を読めばもっとわかりやすいかもですね。
こんな感じで長かったり短かったりしながら最後まで書ききれたらなと思います。よろしくお願いします。