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短編置場  作者: もり
3/5

秘密

勇気をだして投稿しました。

悪ノリしすぎたかもしれません。

白い目で見ないでいただけるとありがたいです。

 正直に打ち明けようと思う ──



 もうすぐ大学で三回目の春を迎える頃だった。

 先輩宅で呑めない酒を無理やり呑まされたなんてことは、アルコールが苦手な人ならば、誰しもが淡い記憶の片隅で熾火のようにくすぶっているだろう。

 それは、そんな翌朝の出来事だった。



 無理矢理と言いながらも、ワルノリしたのも事実だった。

 調子にのって許容量が少ないにも拘らず、限界値をはるかに越えたアルコールを摂取したオレの内臓は、反乱と氾濫をおこしていた。

 路肩に何度もぶちまけた吐瀉物。焦点の合わない視線越しにも、もんじゃ焼きはしばらく食べられそうにないと感じた。そして、よくもこれほど排出されるものだと、逆に感心したもんじゃ。


 千鳥足が不規則なリズムを打つ。スウィングジャズの即興のようかといえば、そんな上等なものじゃない。女を口説くとき、それもいかがわしい目的で口説くときに経験する、不安げだけど、欲望が力任せに打ち鳴らした不整脈に似ていたかもしれない。なぜなら向かった先は、当時付き合っていた女のアパートだったからだ。

 空を仰いだ。東の空が、黒から()に変わっていた。赤い着物を着た男が、座布団と幸せを運んできた気がした。呑みすぎか。


 女から借りた()鍵をポケットから出す。世界的に有名な、フクロウを模したズングリとした妖精のキャラクターのキーホルダーがぶら下がっていた。

 それを鍵穴に押しこもうとするも、なかなか入らない。当然だ。キーホルダーは鍵ではないからだ。

 思い直す。

 一本の細くて薄い歪なステンレスの板が、街灯を反射しギラつく。これから起こるであろうあんなことやこんなことに、期待とかなかなか口にだすには憚られる色んな思いを込めたかのようだ。

 そして今度は間違えないよう慎重にかつ大胆に、鍵の方を似たような光沢を持った鍵穴(シリンダー)にズブリ刺した。

 スタジオ・ズブリ……。

 たった一対の鍵と鍵穴が作り出した振動は、良からぬこと……、否、ある意味良さげなことを連想させる。

 頭の中では、白髪でサングラスの巨匠がにこやかにサムズアップしていた。酔いすぎだ。


 まごつきながらも靴を脱ぎ、ふらつく足で部屋に入る。

 常夜灯の緩やかなオレンジ色が、パステルカラーを基調とした部屋全体と、そしてベッドに潜る女を照らしていた。可愛らしさが占める空間に一点、生々しさが横たわっていた。それは女ではなく、女体だった。

 ゴクリ、ツバを飲む。

 スタジオ・ゴクリ……。

 巨匠は目だけがランランとしていた。疲れも溜まっていたのだろう。


 オレは本能に導かれるまま、女が眠るベッドへとインした。

 春を迎えようとしている季節。だが北国はまだ肌寒い。女の温もりが、とても心地良かったことを憶えている。

 しかし憶えているのはそこまでで、あとの記憶は途絶えてしまっていた。呑めない酒と人肌が、オレを眠りの世界へとソッコーで誘ってしまった。


 夢を見ていた。レム睡眠の証拠だ。オレの眼球は飛翔する盛りのついたハエを追うかのように、素早く動いていたことだろう。


 オレは小学生で、最北の都道府県、H海道の実家にいた。

 のどかな田園風景が広がっていた。欲にまみれ、荒んだ心が洗われるような景色だった。

 古めかしい質素な家屋が佇む。家の前には用水路がちょろちょろと清らかな水を流している。そのまま飲めるのではないかと思うほど、透き通っていた。

 脇にはタンポポが綿毛をつけて、今にも飛び立とうとしていた。

 オレは、ともだちのセイちゃんと遊んでいた。彼はオツムはイマイチで、運動もからきしだった。だがそれをスポイルするほどのものを持っていた。スポイルするほどのものを持っていたのだ。それ故に彼は崇められていた。

 セイちゃんは名も知らぬ白い花を摘み、オ、オ、オ、オシベとメ、メシベについて話していた。便秘のようにくだらない話だ。オレは腹を下したかのようにつまらなかった。

 突然の尿意に襲われた。遠き幼き日のオレは、セイちゃんの手を引き用水路へと向かった。

 当時、流行していたテレビ番組に『Xボンバー』なるものがあった。オレはそれに触発された。そして、弟や友人を立ち小便に誘い『X』の文字を描くことに夢中になっていた。

 ちなみにオレが、止まない雨の週末に紅に染まったヴィシュアル系バンドに夢中になるのは、もう少し後のことになる。いや夢の中の時間軸を基準にしているのでそう言わざるを得なかったが、現実には十数年前のことだ。

 話を本題に戻すとしよう。

 無論言うまでもない、その日も『X』作りに余念がなかったオレは、目の前に繰り広げられる美しい文字に、目を惹かれ、心を踊らせていた。

 異変に気づいたのは、その時だった。温かいのだ。妙に。異常に。


 そこでふと想い出す。オレは子供じゃないことに。オレは今、AO森県に住んでいたことに。ここは用水路などではなく、女の部屋のベッドの中ということに。

 なぜだか急に元素の周期表、第二族元素、いわゆるアルカリ土類金属の語呂合わせが脳内を過った。


── ベッド(Be)に 潜っ(Mg)て (Ca)する(Sr) (Ba)(Ra)ゾク


 意味は、たぶんなかったのだと思う。

 女の体温由来の心地よい温もりとは違う、どうにもイヤな感じの生暖かい液体は、そんなオレに構うことなくとめどなく放水される。

 ぐっと蛇口を閉めにかかる。悲しいかな、車は急に止まれない。


 オレはセイちゃんを憎んだ。『Xボンバー』を憎んだ。もう発売していないと思うが『Xボンバーアイス』なんか絶対買ってやるものか、と心に誓った。


 数日後の昼下がりだったろうか。雨の日だったことだけは覚えている。

 戦局は既に敗戦となっていた。

 オレだけがそれに気づいていなかっただけだった。南の島に取り残された兵士のようだった。

 窓に打ちつけられる雨粒の音が、アホ、アホ、アホ……なんて言っているように聞こえた。は、話を盛り過ぎか。

 悲しかったし情けなかった。が、僅かな安堵もそこにはあった。女もオレもそういう趣味は持ち合わせていなかったと理解したからと、これであの失態がご破算になると勘違いしたからだ。

 女主催の裁判が執り行われ、ぐうの根もでないまま締結された講和条約は、()鍵の返還と女のアパートへの不可侵という、一方的ではあったものの不平等でもない形で幕を閉じた。

 今にして思う。女の処置は寛大だった。だが、当時のオレは悲しみのあまり盲目だった。

 今は感謝の念しかない……ってほどでもない。みんなに言いふらされて後ろ指を差されたことも、良き思い出……となるまでは、あと何年必要か分かろうはずもない。こればかりは、神のみぞ知るのかもしれない。

 ガラスにオレの顔が反射した。宗教なんぞこれっぽっちも信じていない口許が、皮肉げに傾いていたことに、この時気づいた。

 オレはあの日以来、頑なに酒を拒むようになっていた。もちろん『Xボンバーアイス』も食べていなかった。



 これがオレの告白の全貌である。

 ちなみに二度目は、社会人一年目のセミの鳴く季節。またしても女の部屋だった。

 情が深く頭のいい女だった。オレに√2の語呂合わせを教えてくれた。


── ひとよ ひとよに ひとでなし


 √2に皮肉な親近感がわいた。まるでオレのことだと思った。

 女はオレの許を去って久しい。どこにいるかも、電話番号も知らない。

 ふと思い、二つ折りの携帯に数字を打ち込んだことがあった。


── (ひと) () (ひと) () () (ひと) ……


 ここで指が止まった。次に打つ数字が思い浮かばなかったのだ。

 続く数字はおそらく7、4だろう。だが『で』をどの数字に当てはめていいのか分からない。

 オレは語呂を間違って記憶していたのではないかと疑った。そして似たような言葉を探る。


── ひとよ ひとよに ろくでなし


 ひらめいた言葉を数字に置き換え、ダイヤルを押す。


── (ひと) () (ひと) () () (ろく) ……


 再び指が止まる。またしても『で』だ。どうしてもオレの邪魔をしたいらしい。

 おかげで女とのコンタクトはついていない。

 いい大人だというのに、情けない。


 詳細は、いずれ話そうと思う。いずれ。

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