同窓会 ― 恋の波 第三話 ―
気になりだしたのは何時の頃だったのだろう。
彼女の一番古い記憶、あれは小学三年生のことだったかな。その時はもう彼女に胸の高鳴りを覚えていた。
町外れの廃屋でかくれんぼをしたあの時。隠れていたタンスの陰に偶然彼女が潜り込んできた。
「ドキドキするね!」
くっつきそうな彼女の笑顔がこっちを向いた。吐息が頬をかすめる。くすぐったい。
そう、確かにドキドキした。だけど彼女のドキドキとは、たぶん、違うんだろうな。
すぐ傍にいる遠い関係。それが彼女だった。
年に一度のクラス替え。その度に期待と不安が入り混じり、そしてたいていは残念な結果に終わった。
だけど中学ニ年生の時、念願がかなってしまった。クラスの名簿を見ていたら、彼女が笑顔で話しかけてきた。
「やっと同じクラスだね!」
ポンと肩を叩きながら、日常に溶け込んでしまいそうな他愛もない一言。今でも忘れずにいる。キミは、たぶん、覚えていないだろうな。
でも、いざそうなると都合がわるい。いつも彼女を目で追っていただけだった。そして、彼女はそれすらもなかった。
すぐ傍にいる遠い関係。それが一年続いた。
三年になった。当然、彼女の進路が気になった。聞きたかった。でも、聞けなかった。何食わぬ顔で過ごす日々が続いた。
ある日のこと、彼女に話しかけられた。面と向かって話すのは、久しぶりのことだった。
「進路さあ、どうするの?」
どう答えたかは覚えていない。覚えているのは彼女の明るい声と笑顔だけだった。
それ以来、彼女とは何の接点もなく、そして卒業した。本当に何もなかった。
高校生活はあっという間に始まった。だけど、そこに彼女の姿はもうなかった。
すぐ傍にいる遠い関係。それが、たぶん、ただの遠い関係になってしまった。
だけどある日、彼女の姿を見つけた。同じバスに乗っていた。その日から毎朝その時間のそのバスに乗った。そしていつも彼女はそこにいた。声を掛けることはしなかった。彼女、友達と楽しそうにしていたから。
また始まった、すぐ傍にいる遠い関係。それが、今までより少しだけ離れていた。だけど毎日彼女の姿を見て、たぶん、幸せだった。
高校を卒業した。そして今度こそ、彼女は姿を消すことになった。逆かな、姿を消したのは。地方都市の大学に進学したから。
彼女の進路は……分からなかった。
一年、二年と過ぎた。毎日が新鮮で充実していた。おかげで、彼女のことを考える時間が徐々に少なくなっていた。
すぐ傍にいる遠い関係。それが、遠のいていた。
そんなある日のこと、ポストに一通の往復はがきが入っていた。『◯◯中学校 第◯期卒業生 同窓会のご案内』と書かれた文面。一拍だけ鼓動が大きく打たれた。彼女の記憶が鮮明になった。つられて思いもふくれ上がった。会えるかもしれない。そう思った。会ってどうする。そうも思った。だけど、都合をつけて帰省することにした。
同窓会には、わざと少し遅刻した。そっと暖簾をくぐる。奥から聞こえる賑やかさに少し気後れした。
盛り上がりは最高潮だった。静かに登場した気弱な男のことなど、誰も気づいてはいなかった。帰ろうかな、そう思った時だった。
「遅いよ〜。ここ空いてるよ〜」
屈託のない笑顔が目に飛び込んできた。声の主は彼女だった。髪が茶色がかって、少し垢抜けていた。
彼女は自分の隣を指さしていた。緊張しながらそこに座った。
彼女は空のコップにビールをなみなみと注いでくれた。手馴れている感じがして、胸にトゲがちくり刺さった。
「かんぱいっ」
二人だけの祝杯の音頭は、彼女の小さな声だった。コップがチンと鳴った。
とりとめのない想い出話が続いた。彼女は何がおかしいのか終始ケタケタと笑っていた。それが、とても楽しかった。
会話に小さな“間”ができた。バツが悪い。一気にコップを傾けた。気づけば彼女はこっちをじっと見ていた。
「あのさぁ、高校の時、朝、いっつも一緒のバスだったよね〜。覚えてる?」
ドキッとした。ヤバイ、見透かされている、そう思った。
「何でだろうね〜。不思議だよね〜」
動揺して、困って、言葉が詰まった。とっさにビールを煽った。だけど、コップに残った一滴だけが口に零れただけだった。
「ぐ、偶然だろ?」
少し噛んでしまった。
彼女は折れ曲がったストローをくるくる回しながら、ニヤついていた。悪戯好きのネコを思わせる目つきだった。
「偶然じゃないかもだよね〜」
バ、バレていた? そんなはずは。その時どこからかお開きの合図の声がして、話はそこで終わった。助かった。
帰り際、なかなか帰られずにいた。ひとり隅でみんなの盛り上がる様子をボーっと眺めていた。べつに何かを期待していたわけではなかったけれど、なんとなく心の収まりがつかなかった。と、その時、彼女が遠くから声を掛けてきた。
「LINE、交換しない?」
彼女はスマホをふるふる振りながら、歩いてきた。口元は笑っているのに、なんとなく緊張しているような目つきが、印象に残った。
「ははっ、ごめん。ガラケー」
「じゃあ、メールでもいいや。教えてよ」
ドキドキした。すぐ傍にいる遠い関係だった彼女が、なんか近づいてきた。
「お礼にこれ、あげるね!」
そして、一通の可愛らしい封書が手渡された。手紙? なんで? 疑問に思い、その場で封を切ろうと指をかけた。
「ダメーッ! 帰ってから」
そしてくるり振り返り、そのまま雑踏に紛れてしまった。また、遠ざかってしまった。
家につき、すぐさま封書を開けた。指がもつれた。焦りすぎ。思わずひとり、苦笑いを浮かべた。
中には便箋が二枚、そこには可愛らし文字が綴られていた。
久しぶりだね。元気でしたか?
てれくさいので手紙にしました。
私が初めてキミを意識したのは小学校の時でした。
かくれんぼをしていた時に階段の下に隠れるあなたを見つけました。
私は、思い切ってそこにもぐり込みました。
さすがに、おぼえてないよね。
そう言えば中学二年の時、同じクラスになりましたね。
うれしかったんだ。だけどキミはそうでもなかったみたい。
ショックでした。
三年になって、また別々のクラスになりましたね。
おかげであまり話しできなかったし。
同じクラスだった時も、そんなに話しなかったけどね。
でも進路を聞いた時のことおぼえてますか?
そっけない態度で◯◯高ってひとこと。
私にそこはムリでした。だから、キミの近くの高校に行くことにしました。
ひょんなことからキミがバスで通ってることを知りました。
朝早く待ちぶせしたんだよ。
キミの姿を見つけた時、ドキッとしすぎて話しかけれませんでした。
キミも全然気づいてくれなかったし。
それから毎日同じバスに乗りました。ちょっとだけ幸せでした。
友達から、高校を卒業したら、キミは◯◯市の大学に行くことを聞きました。
ショックでした。とうとう離れ離れになっちゃうのかと思いました。
同窓会の通知がきた時、勇気を出すことに決めました。
そして、手紙をこうして書かせていただきました。
これが私の気持ちです。
迷惑なら、捨てて下さい。
迷惑じゃなくても、恥ずかしいから捨てて下さい。
そして今、ボクはメールを打っています。たぶん、すぐ傍にいる彼女に。
この作品は、とあるユーザー様の短篇集に寄稿したもので、自分が書いた初めての短編です。その方は残念ながら退会してしまったので、ここに載せることにしました。「第三話」とはその短篇集「恋の波」の第三話ってことで、特に深い意味はございません。書き上げた当時は、こっ恥ずかしくて読み返すことが出来ず、推敲もままならないまま投稿したのですが、この度、失笑できるくらいにまで冷静に読むことができました(苦笑)