Metal Spirit――ソニスフィアの軌跡―― 中篇
ソニスフィアで叩きつけられたMetal Spirit
ソニスフィアで試された僕らのMetal Spirit
僕らはその日まで自分の絶対的審美眼を信じてきた。
何があろうと、俺の中で○○がダントツナンバーワンなのは間違いない!
とか,
今までどのアイドルにも興味をもったことがない俺が……
とかとか,
○○ちゃんまじ○○ちゃん! という具合に。
4!4!METALはソニスフィアの数か月前にファーストアルバムを発表したのだが、ジャケットに使用されていた写真が海外で問題になっていた。
*アビイロードをメンバーの三人が歩いているビートルズをパロディしたもので、いつものキュートなルックスに赤いチュチュとニーハイ姿でまじめに青信号の横断歩道を渡っているだけの写真……ではなかった。
上半身裸だった。
児童ポルノにあたるとして議論を呼び、海外では販売に規制がかかっていた。
振り出した腕がちょうど胸の位置で写っているため胸は隠れているが、今までのステージ衣装を見ても肌の露出は少ないし、セクシーさを売りに出すアイドルではなかっただけに衝撃を呼んだ。
そして未だ誰ひとり、
「あいつら男じゃね? 」
などという輩はアンチですらいなかった。
むしろ12インチのLPレコードが飛ぶように売れた。
*【アビイロード】ビートルズのアルバムのジャケットで使用された横断歩道。
ビートルズが渡った横断歩道が観光名所になり世界遺産にまでなっている。
―――――――――――――――――
『ソニスフィアフェスティバル』本番。
メンバーの三人はステージ裏まで来ていた。
「きっと日本から五、六人は来てくれてるよ 」
すぅはあっけらかんとそう言って、いつもと変わらない表情をみせた。
先ほど三人は今一度お客を袖から確認してみたがやはりいなかったようだ。
すぅのそれを見たコアは不安げな表情で言った。
「すぅちゃん*キツネさんまだ来てないの? 」
どうやらコアにはすぅがポンコツに見えてしまっているらしい。
しかしユキは確信したように言った。
「最近のすぅちゃんはキツネさんがいなくても人間界を遥かに超えてる気がする 」
「? ? ? なにが? 」
すぅは聞いた。なにかを期待するように。
ユキはポツリと答えた。
「よく寝れるよね」
「……。」
すぅはコアの両肩を激しく揺さぶりながら言った。
「今お腹すいてるよね? 絶対にすいてるよね? 」
「すいてない。まったく。ぜんぜん。これっぽっちも 」
コアは冷たかった。
すぅは困った表情をして、
「すぅはなんか、なんか、なんかぁ」と言いはじめた。
何が言いたいのか二人にはまったく伝わらず、とりあえず三人は円陣を組んだ。
ソニスフィア用に作った英語の紙芝居が始まり、ステージ両サイドのスクリーンにはスターウォーズのオープニングを思わせる映像が流れる。
すぅの目が爛々と怪しげな光を帯び、鬼気迫るオーラを放つSU-METALになった。
「いつも通りのライブをすれば大丈夫! きっと分かってくれる人には分かってくれる。一人も百人も同じ。たとえ一人のお客さんでも全力を尽くそう! 」
スゥがリーダーらしく、やっと決めゼリフを放った。そこにはポンコツの欠片もない。
そしてカッコよく拳を二人の前へ差し出すと、二人の頬には紅の炎が浮かんだ。
スゥに応えるようにそれぞれの拳を上に重ね合せ、三人は元気いっぱいにシュプレヒコールを上げた。
「よんっ! よんっ! 」
*【キツネが来る、降りる】世にはメタルの神であるキツネ様が存在し、すぅにキツネの神が降臨/憑依すると、SU-METALになり、普段のポンコツ人間からは想像もできないオーラを発し伝説をつくる。
*【紙芝居】4!4!METALのライブにおいて曲間に挿入される紙芝居風のアニメーション映像。
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『4!4!METAL DEATH 』
いつものオープニング曲が始まった。
荘厳でシンフォニックなイントロから始まる、名刺がわりのキラーチューンだ。(途中まで*SE)
三人はいつもとは違ったお面をかぶり(いつもはキツネのお面だが今日は特別な意味を込めて変えていた)*フード付きマントタオルを羽織ってフードをかぶった。
祈りを捧げるように手を胸元で組み、舞台袖から後ろ足を引きずりながら一歩づつゆっくりとステージへ行進していく。
SEから狂暴な六連打のリフが流れる。それはまるで機関銃で撃たれているかのようだ。
ステージ中央に近づくとともに、少しづつ歓声が*イヤモニ越しに届いてきた。
たしかお客はいなかったはず……。
三人は、不思議そうにお面のわずかな隙間を横目で覗き込んだ。
『なんじゃこりゃ! 』
三人は驚いた。
そこには信じられない光景が広がっていた。
見渡す限りどこまでも会場を埋め尽くした約六万人の群衆が、ぽかーんと口を開けて待っている。
さきほど観客が見えなかったのは舞台袖の角度と観客側に設けられたフェンスの関係だった。
未だかつて見たことのなかった野獣を前に、ユキとコアの表情がお面の中でみるみる変わり青ざめていった。
スゥは、とても悪い顔をしていた。
いっちょ驚かせてやろうとばかりの悪い顔を。
いや、
この豚野郎ども! ひれ伏せさせてやる!
とかそんな感じかもしれない。悪い子だ。
まもなくSEが終わろうとしている。
三人はそれぞれの指定位置に進み楽器を手に取った。
スゥはベースでステージに向かって左、ユキはドラム、コアはギターで右のポジションにつき、まるで野獣に向かって挑発するかのように対峙した。
刺すような視線が一斉にメンバーに集まっている。
明らかに場違いなその風体が、観客の眼にはきわめて異様にうつった。
三人はそれぞれピカチュウ・アンパンマン・キティちゃんのお面をかぶり、鎧を模した袖なしの*ペプラムトップス×赤チュチュ×ニーハイの衣装を着ている。誰の目から見ても可憐な変態だ。
それは、ヘヴィメタルという祭典にはおよそ似つかわしくなかった。
*【SE】ライブでバンドがステージに入場する際にかかる曲のこと。また、ライブが始まるまで流している色んなバンドのBGMもライブのSEという。
*【フード付きマントタオル】4!4!METALに羽のはえた大きなロゴがありフードはスカル模様になっている。
*【イヤモニ】イヤーモニターというもので歌手が主に音のテンポなどを確認するため着用しているもの。
*【ペプラムトップス】ウエストで切り替えて裾広がりにしたフレアやひだの装飾を施したトップス。
――――――――
『ドサッ』
なんと、何者かがステージにキツネの死骸を投げ入れた!
それに呼応するかのように一斉に*ペットボトルシャワーがステージ一面を襲いだす!
「おい! 演奏前になんてことしやがるんだ! 」
メイトはヘイター(憎む人)に対し怒鳴った。
「うるせー! 二度とメタルなどと口にできないようにしてやる! 」
ヘイタ―は憤慨している。
会場中で罵声が飛び交った。
コアは右に左に走り周り、ユキはドラムの後ろで身をかがめた。
『かかってこいや――っ! 』
仁王立ちしたスゥは睨みつけるように聴衆に*シャウトした。
そして笑った。 ケラケラと。
スゥはまるで戦闘を楽しむかのような、怯むどころか逆に戦いに対する高揚感を露わにしている。
風が悪戯にスカートの裾をはらった。
瞬間、スゥは一気にピカチュウのお面を剥ぎ取り、六弦ベースの爆音と共にひらり宙に舞った。
あとの二人も同時にお面を剥ぎ、ユキはのっけから熱い攻撃ドラムで観客を撃ちまくり、コアは七弦ギターを豪快に歪ませた。
笑いかけていたヘイター達は、見事なデスラッシュサウンドに、はっと胸をつかれ足を伸ばして前屈みになった。
すでに会場前方ではいつもの楽しい*モッシュッシュが始まっ……、
いや、狂乱化したメイトとアンチによる天下分け目の大乱闘が始まっており、後方にまで広がっていた。
*【ペットボトルシャワー】ソニスフィアは観客が気に入らなければアーティストにペットボトルが投げ込まれることがある。シャワーのように大量のペットボトルが投げ込まれること。決してペットボトルに穴を開けたモノをいっているのではない。
*【シャウト】叫ぶこと。また,叫ぶように歌うこと。
*【 モッシュッシュ】よんメタ流の楽しく安全なモッシュのこと。
*【モッシュ】ライブ中に熱狂的な人が盛り上がって踊りすぎて巻き起こる激しいおしくらまんじゅう。
――――――――
ペットボトルシャワーはいっこうに止みそうにない。
スゥは得意の空手でペットボトルを次々と蹴り上げ粉砕していった。
辺りにただならぬ異臭が立ち込める……。
決してその不快な匂いの固まりはどこかに移動するということはないであろう。
コアはギターの側面で叩き返し応酬したが、ペットボトルがギターに当たるたびノイズ音がムンクの叫びのように悲鳴を発している。一流のバンドの音ではなかった。
いつもなら最初の演奏でクオリティの高さを認めさせるのだが、音の方向性はなんとなく示せてはいるものの、このままでは客はすぐに去っていくかのようにみえた。
これではいつものパフォーマンスができないと三人が困り果てたその時、ペットボトルが勢いよくユキの顔にめがけて飛んできた。
よける間がない!
「カキ――ン! 」
なんとユキの目の前でペットボトルが消えた。
と思ったら目の前に*ハチローが現れた!
「やぁ、久しぶり! あとは任せて! 」
ひげを生やしてよんメタTシャツを着ている。
ユキは目を丸くしてなにかを言っているハチローをじっ――とガン見した。
(ユキとコアは過去にCMでハチローと共演している。)
おそらくユキはハチローだと分かった瞬間、頭の中のトマトがぶしゃっと破裂し、思考がホニャララになりかけたが、慌てて気持ちを引き締めているのであろう。
ハチローはユキに優しくそう言うと、ペットボトルをどんどん打ち返していった。
元々ハチローはホバという男の計らいによってゲストとして招待されていたのだが、海外に長年住んでいる彼はこうなることを心配してバットを持参してきていた。流石ヒーローだ!
*【ハチロー】世界のスーパースターハチロー:鈴木八朗。
メジャーリーガー(外野手)である。
三人は聞かされていなかったサプライズにびっくりしたが、それ以上に観客は驚いたのか、ペットボトルシャワーや乱闘はおさまりだした。
これを機にメンバーは体勢を立て直し、スゥ・コアは特注のやや大きめに作られたトランポリンを使いさらに宙に高く舞った。トランポリンはちょうど三人の間に位置し、全体が魔法陣を模したデザインになっていてカオスな雰囲気をかもしだしている。そして、楽器をクロスさせ上下左右に振ったりと一糸乱れぬ超絶シンクロダンスを魅せた。
真骨頂の「DEATH連呼」では
「DEATH DEATH DEATH DEATH DEATH」
ユキの凄まじい*デスボイスが連呼する。カンニバルコープスも真っ青だ。
しかし、いつものことだが本人によるシャウトとは誰も気づいていない。
口パクと勘違いされてしまっている。
スゥ・コアはお立ち台に片足をかけ、*扇風機ヘドバンを始めた。
伝説の黒髪ポニーテールと二次元から飛び出してきたツインテールの魅惑は、屈強なメタルヘッズの心をを華麗に乱し、一瞬にして奪っていった。彼らは興奮して酔ったように赤くなり、目は血走って、じっとしていられない様子だ。
引き続きメンバーは、
「SU-METAL DEATH」
「YUKIMETAL DEATH」
「KOAMETAL DEATH 」
自分の名前の所で一人づつ叫び、楽器を天に掲げポーズを決めた。(ユキはクロスさせたステックを掲げた)
最後の、
「4!4!METAL DEATH 」
では三人同時に胸の前で腕をクロスし、親指を折り曲げた4の手で*メロイックサインをきめた。
観客は、迫力のサウンドと乱舞を目の当たりにして動揺している。
いつの間にか罵声が歓声へと変わり、今度は次々と*クラウドサーフが出現しだした。
サーファーのなかには、さっきまで憤慨していたヘイターや、メイト、そして青い長髪を逆立てたあの青年もいた。群衆の上を興奮をむきだしに泳いでいる。
彼はリュウグウノツカイなのかもしれない。
サーフで最前に降り立ったメイト達はセキュリティの手を払いのけ、次々とステージに這い上がりだした。
「すぅ様ぁ――っ! 」
なんと、そのメイト達は口々にスゥの名前を絶叫している。
セキュリティはもちろん許す訳にはいかない。
容赦なくメイト達は鷲づかみにされ地面へ放り投げられた。
まさかのメイトとセキュリティのバトルである。
メイト達が、まるで蟻ありの行列のように、上へ上へ一心によじのぼる。
その中でもステージに這い上がれた強者は次々にスゥの前で寝転がりだした。
スゥの眉間に電光が走る。
『邪魔をするヤツは即座に消え失せろ! 』
と、いわんばかりにスゥはそれを踏みつけ蹴落とした。
スゥの微笑が口角に浮かんでいる。悪い子だ。
メイトの着ているTシャツには大きな字で『すぅ様踏んで❤』と描かれてあった…。
初めて観る異様で衝撃的な光景に、多くの観衆は当惑していたが、一曲目が終わったあとには歓声と拍手が湧き起こった。
『ギミチョコ』
間髪を入れずに次の曲に移った。
4!4!METALを世界に知らしめた必殺ナンバーだ。
イントロの爆裂ビートが炸裂し、観客はいやがおうにも体が自然と反応する。
スゥ・コアは当て振りでないと不可能と思われるような振り付けのダンスを、なんなく楽器を自由に使いこなし、キュートに表現した。観客は初めて観る『蜜と毒』(ポップとメタルの狂った融合)に唯一無二の存在を確認せざるをえなかった。
「あたたたたたた ずっきゅん! 」
「わたたたたたた どっきゅん! 」
ユキ・コアがキュートな掛け声を曲に合わせ交互に放つ。観客は一斉に動揺し、なんじゃこりゃという表情をした。
たいていの人がYouTubeで鑑賞しているとココのかけ声で一度はパソコンをそっと閉じする…。しかし、バンドはあえてツッコミのトラップを仕掛けているようだ。
「チェケラチョコレート チョコレート チョ!チョ!チョ! いいかな? 」
遂にSU-METALの歌が始まった。
メタルにキャッチーなメロディーが乗り群衆が揺れる。
透き通る声で真っ直ぐに歌い上げるスゥの歌声は全くサウンドに埋もれることなく爆音の先頭を切っていた。
メタル以外の何ものでもないその歌声は、メタラーを納得させるのに十分過ぎるほどであった。大英帝国の群衆は偏見を取り去りバンドに敬意を示し熱い喝采を送った。
次々と大人の男が踊りだす。
最前付近の熱心なメイトは、これでもかと力いっぱい4!4!サインを掲げてフィストバンギングしている。
コアは満面の笑みでお立ち台に上がり、もっともっと踊れとばかりに得意のワカメダンスを披露しながらギターソロをかき鳴らし観客を煽った。
曲中にブレイクが入りユキがドラムから降りてきた。ベース音だけが鳴っている。
お立ち台に上がった三人は英語のコール&レスポンスでオーディエンスを煽り始めた。
「Are You Ready? 」
スゥが群衆に向けて言った。
頭上で手拍子をしていたユキ・コアが片手を耳にあてそれに呼応する。
「yeah! 」
同時に今まで地蔵だった観客の大半は愛と善意の手を掲げコールを返した。
「Come on! Sonisphere! Make some noise! 」
「 I can't hear you! 」
「らうだぁらうだぁ! 」
日本からやって来たわずか十五、六才の少女達が、六万の群衆を相手に、
「もっと声を出せ! 聞こえないよ! もっと大声で! 」
などと臆する事なく言っている。
かつて日本人が誰も想像しなかった、到達したことのない領域で楽しそうにはしゃぎ、しまいには
「ヤバいチョコレート チョコレート チョコレート チョッチョッチョ」
と、チョコ食べたいけど太っちゃう女の子の曲をメタラーにシンガロングさせてしまっていた。
曲はそれからCatch me if you can、メギツネとライブが進んでいく。
気づけばいつの間にか当初殴り合ってた野獣達は、共に肩を組み輪になって走り回っていた。
とてもメタルフェスでは見かけることのない沢山の笑顔がそこにあり、ヘビーなサウンドとダンス,カワイイの究極の融合体験に素直に身を任せる事ができた勇者は、まるで死から再生へ開放されるかのように感動を味わっているようだ。
残すところはラスト一曲となり三人は一度舞台裏にハケた。
「We want more ! We want more ! We want more ! 」
オーディエンスからはアンコールを求める手拍子が湧き上がった。
日本では「アンコール! 」だが、こちらのお国では「We want more ! 」である。
観客はライブが終わったと勘違いし大合唱していた。
後篇へつづく。
*【デスボイス】意識的、積極的に出す「ダミ声」「悪声」「がなり声」
*【扇風機ヘドバン】長髪の人が頭を回転させるように行うヘッドバンギング
*【ヘッドバンギング】バンドの演奏する曲に合わせて、激しく頭を上下に振る(場合によっては左右・頭を回転・八の字などに動かす)行為
*【メロイック・サイン】手の人差し指と小指を立てて中指と薬指をたたみ、そこへ親指を添えるサイン。 なお、4!4!METALは親指を折り曲げた形で「4!4!サイン」と呼んでいる。
*【クラウドサーフ】クラウド・サーフィングを行う者(クラウド・サーファー)は自分の身体を他の観客に委ね、これに協力する者は手で支えつつステージ方向に押し出すことで自分の頭上を通過させる。
前提としてある程度、人が密集している必要があるので、ステージ付近で行われることが多い。
最後はセキュリティのお兄さんに受け取られ外へハケる