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第5話 魔界の慣習




「あの……、何だかスミマセン……」

「何が、ですか?」

「お忙しいのに、私のお守りなんかさせてしまって」

「ああ、いいんですよ。貴女の気にする事ではありません」


 あれからニンブスさんの指揮のもと、私のお世話係だというメイドさんたちに服を着せてもらい(もちろん着替え中はニンブスさんには外してもらった)、その間に庭先に調えてもらっていたランチの席に着いた。

私は朝食をいただいていないけれど、もうお昼時みたいだ。


 部屋の窓を開け放つと見える庭は、まだ何の花も植えられていない。

この庭はクロノスが部屋と共に私に贈ったもの。

つまり私の好きにしていいらしい。


「貴女のおかげでうまく陛下にやる気を出してもらう事が出来たから、そのお礼です。……ああ、ですが陛下がああなってしまったのも、貴女のせいでしたね」

「重ね重ね、申し訳ありません……」


 お礼だと言いつつもニンブスさんは私のせいだとも言う。

一方の私は、忙しい人に時間を割かせてしまっている事に気が咎めて萎縮してしまっていた。


 それを言うなら昨日のクロノスはどうなんだという事にもなるけれど、あの時は今よりももっとずっと混乱していて、相手を思いやる余裕が無かった。


 昨夜は月明かりを眺めていたつもりが、いつの間にか眠ってしまっていた。

だけど、眠った事で少しだけ冷静に考えられるようになったみたいだ。


 食事を一緒にする相手が魔王様から宰相様に替わっても、こんな調子だから完全に気を抜けるわけではない。

それでも幾分か今の方がマシだと思えるのは、一挙一動を見守る熱視線と、必要以上に世話を焼かれない為だろう。


 現在大量の書類に目を通しているだろう魔王様ことクロノスは、何故かものすごく世話を焼きたがる。

あれこれ私に食べさようと勧めてくるし、手ずからカトラリーを差し出してきたりもする。


 出会った時からそうだったけれど、順序が滅茶苦茶だ。

初対面だった筈なのに、クロノスの中ではお付き合いをしている事になっているし、会った瞬間に……く、口づけまで……。

婚約していたサリエル様にだって、まだされた事が無かったのに。


「お口に合いませんか?」

「あ、いえ。その……魔王様がいないから、落ち着いて食べられるなぁと思って。あの人、やたらと手ずから食べさせたがるから」


 気付けば食事をする手が止まってしまっていたらしい。

美味しくないのかと問われ、昨夜の事を思い出していたと答えると、何故かニンブスさんは意外そうな顔をした。


「ほほう? ……なるほど。それが本当なら陛下はどこまでも本気、という事ですね」

「えっ? どうして?」

「どうしてとは?」

「どうして魔王様が本気という事になるの?」

「ああ、魔界の慣習をご存じないのですね。魔族の男性は……」

「セラフィ!」

「きゃっ……」


 問いかけて、逆に問い返されて。

きちんと発言の意図がわかるように言えば、ニンブスさんは鷹揚おうように頷いて解説を始めようとする。

気になる話に、思わず身を乗り出して耳をそば立てた私だったけれど、肝心な部分に差し掛かる前に突如として解説は中断された。

いや、中断させられたと言った方が正しいかもしれない。


 セラフィと私を呼ぶ声は勿論、クロノスのものだ。

突然虚空から現れた魔王に驚いて、短く悲鳴をあげてしまった私にクロノスはそそくさと駆け寄った。


「セラフィ、俺が居なくて寂しくは無かったか? この男に虐められてはいないか?」

「あ、あの……。いえ、特には何も……?」


 今まさに、貴方の噂話をしていましたとはさすがに言えない。

言ったら言ったで、クロノスは「離れている間も自分の事を思ってくれていた」だとか斜めな解釈をして喜びそうな気はするけれど。


「ははは、私は酷い言われようですねー。まるで悪者みたいではございませんかー」


 一方のニンブスさんは、突然の魔王の登場にも全く動じなかった。

そればかりか、きっちりと不平を溢している。


「愛し合う者同士の間を引き裂く輩。これを悪者と云わずしてどうする?」

「愛に障害はつきものですよ、陛下。それに私はただ、魔王としての務めを果たして下さいと言ったまでです。それにしてもまた、今日は随分と早かったですね」

「ああ、一刻も早く戻りたいが故にくだらぬ陳情書は全て速攻で叩き返したからな」

「左様でございますか。さすが情けも容赦も無いと評判の陛下ですね。非常に仕事熱心で、一昨日まで仕事が恋人だとばかり思っておりましたので、仕事を放り出して脱走された時はどうなる事と肝を冷やしました。ですが、結果的には終える事が出来たのでよしと致しましょう」


 何かものすごく不穏な単語がちらついたような気がするのは気のせいだろうか?


「仕事は終えてきた。さあ、その席を俺に明け渡せ」

「わかりましたよ。もっともらしく騒いでおられても、とどのつまりは陛下が彼女と片時も離れていたくないだけでしょう」

「当たり前だろう。それの何が悪い?」

「悪いとは申し上げません。魔族の男性らしいですね。だからといって転移までなさる必要はないと思いますが……」


 呆れ顔のニンブスさんを相手にクロノスは完全に開き直っていた。

さっきのいきなり部屋の中に現れたのはどうやら、転移魔法だったようだ。


「何が必要で、何が必要でないかは俺が決める。……そんな事よりもだ。セラフィ、やはりその色がよく似合うな」


 ニンブスさんを引き摺り立たせて腰掛けると、クロノスはそんな事を言った。


 その色というのは私の着ている服の色の事だ。

自分で選んだわけではなく、あれよあれよという間に着せられていたのだけれど、それでも褒められて悪い気はしない。


「そのお召し物は陛下ご自身がセラフィ様にと選定なさったのですよ」

「えっ、そうだったの?」

「いかにも。他の男が選んだものを君に着せるわけにはいかないからな」


 そう言われて自分を見下ろせば紺色が視界に入る。

クロノスの瞳と同じ青だ。

だから色を褒めたのね……。


「ちなみに、陛下は当然ご存じかと思いますが、古くからの慣習で魔族の男性が女性に服を送る行為には、それを着て乱れる貴女の姿が見たい、という意味があります」

「何なの、それ!?」

「ああ、やはりご存知ありませんでしたか」


 唐突に炸裂したニンブスさんの解説に私は目を見開く。

魔界の慣習なんて、元天使の私が知る訳ないでしょうと叫びたくなる衝動を必死で抑えた。

だというのに、ニンブスさんの解説はさらに続く。


「特に男性が自分の瞳や髪と同系統の色の服を贈った場合、自分の色に貴女を染めたい、と強い所有欲・独占欲を示します」

「なっ……」

「俺はいつだって君を独り占めしたいと思っているよ」


 それは知っていてやっているという宣言に他ならない。

古式ゆかしい魔界の慣習を魔王が知らないなど、最初から有り得ないけれど。


「ああ。それから、贈られたものをお召しになった時点で、女性は送り主の男性からの想いを受け入れたという事になります」

「ええっ!?」


 さらに追い打ちをかけるように解説するニンブスさんの言葉に、たまらず奇声を上げて立ち上がった。


 ガチャンと音がして、スープの水面がゆらゆらと揺れる。

頬が燃えるように熱い。


「つまり、俺とセラフィは相思相愛、というわけだ」

「でも、私はそんなの知らなくって……」


 にんまりと微笑むクロノスの言葉に、私はひたすら混乱した。


 こちらとしては出された服に袖を通しただけなのに。

あの時は確か、ただの着付けに侍女が三人もついていて、有無を言わせない雰囲気があった。


「ニンブスさん!」

「いかが致しましたか?」

「知っていたなら、どうして教えてくれなかったんですか!?」

「知っていたも何も、これは常識ですからね。あの時は、当然ご存じだろうと思って気にも留めておりませんでした」


 騙し討ちだと憤慨しながら、この服を私に着せるよう指示をしたニンブスさんをキッと睨みつければ、彼は肩を竦めながらも飄々と答える。


 がっくりと項垂れるしかなかった。

全部知っていて、そうさせたのはクロノスだ。


「ずるい……」

「すまない。だけどどうしても、その服を着た君の姿が見たかったんだ。こちらの慣習を先に知ってしまったら、奥ゆかしい君はきっと着てくれないだろう?」


 私が何か言うよりも先にクロノスは謝る。

その上で、どうしても着てほしかったと言われればこれ以上責める事など出来なかった。


「怒っている……のか?」

「いいえ、もう怒っていないわ」


 ゆるゆると首を振れば、クロノスの瞳に安堵の色が宿る。


「……座って。せっかくの食事が冷めてしまう」

「そうね」


 頷いて掛けると、クロノスはにこりと微笑みながら、私のスープの皿を自分の手元に引き寄せた。



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