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第1話 寄せられた想い




「セ……フィ。セ……」


 誰かの声がする。

低くて、優しげで、とても心地よい声。

あんまりにも心地よいものだから、ずっと聞いていたくて目を瞑ったままでいると口元を何かで塞がれた。


「んっ……」


 ふにふにとした柔らかな感触。

そして、とても間近に感じる誰かの気配。

それに、抱き締められている?


 心地よい声はいつの間にか止んでいた。


 ぱちりと目を開けると、インディゴブルーの双眸が至近距離から私を覗き込んでいた。

どういう事……?


「おはよう、セラフィ。やっと目覚めてくれたね。なかなか起きないから、どこか具合を悪くしたんじゃないかと心配した」

「ごめんなさ、い……?」


 青い瞳の彼が身体を起こすと、口元の感触も離れる。

心配したと言う彼に謝りながら、私は何かがおかしいと感じていた。


「本当に大丈夫? どこにも怪我をしていない?」

「大丈夫です……」


 腕に抱いていた私の身体にあちこち触れて、彼は怪我の有無を確認した。

その間に、寝起きでぼんやりとしていた思考のモヤが次第に晴れ、私は頭の中で違和感の正体の解明に乗り出す。


「本当にどこも悪くないみたいだな。セラフィ、君に何かあったら、俺は生きていけないよ」

「なっ……!」


 気付いたのは、再び彼に抱き寄せられた時の事だった。

腰と背中に腕を回され、密着するように強く抱き締められ、耳元で囁かれる言葉にぞくりとする。


 初対面の人。

名前も知らない人な筈なのに、彼はちょっと知っている人物だとかそんなレベルではなく、まるで恋人であるかのような振る舞いをする。


「貴方はいったい……!」



 誰なのか、とは言えなかった。

寄せられた唇に声が吸い込まれる。


 柔らかな感触。

さっきと同じ感触だ。


「ぷはっ……。いきなり何を!?」

「何をってキスだけど? 今のが人工呼吸だと思った?」


 何をするのかと真っ赤になって問えば、それがどうしたのかと彼はあっけらかんとして言う。


 ぺろりと上唇をなぞる赤い舌先に私の視線は釘付けだった。

ついさっきまで、そこには私の唇が触れていたのだと思うと、さらに頬が熱くなる。


「違う! そうじゃなくて……、聞きたいのはそんな事じゃなくて……」

「どうしてキスをしたのかって?」


 半狂乱になって騒ぐ私とは対称的に、彼はひどく冷静だった。

羞恥心に苛まれて上手く言えないでいる私の言葉を彼が継ぐ。

一瞬、インディゴブルーの瞳が細められたような気がした。


 こくん、と一つ頷く。

すると彼は口を開いた。


「そんなの簡単だよ。セラフィ、俺が君を愛しているからだ」

「なっ……」


 開いた口が塞がらないとはこの事だった。

初対面で、言うに事を欠いて愛しているとは何だろう。


「それはそんなに軽々しく口にしていい言葉じゃないわ」

「俺の言葉が、俺の想いが君には軽く思える?」

「ええ、これ以上無いくらいにね。だいたいその……口づけは恋人同士でするものよ」

「だったら、何も問題無い。俺たちは将来を誓い合った恋人同士なのだから」

「そんなの有り得ないわ」

「どうしてそう言い切れる?」

「だって、私たちは初対面だもの。私は貴方を知らない」

「だけど俺は知っている」

「嘘よ、そんな筈ないわ。だって貴方は私の名前さえ知らない」


 おかしな人だと思った。

天界を追放されるまで、私の恋人はサリエル様だった。

そして彼以前に恋人がいた記憶はない。


 最初はからかわれているのだろうかとも考えたけれど、彼の瞳は至って真剣だ。

否定の言葉を繰り返す私に、彼はひどく寂しそうな表情を浮かべる。

悲しそうな目をしながら、それでも私を知っているのだと彼は断言する。


 なんだってそんな傷つけられたような顔をするのか、理由が知りたかった。


「君の名はセラフィだ」

「いいえ、私はセラよ」

「違う、それはアイツが勝手につけた名前だ。君の本当の名前はセラフィなんだ」


 名前を理由に違うと述べるも、彼は頑なに譲らない。

これ以上は平行線だ。

そう考えて、一度議論を脇へ置いて他の話をする事にした。


「もういいわ。貴方が呼びたいように呼べばいい。それよりも、私は貴方の事が知りたいの」


 急転直下の運命で、天界を追放されてもっと落ち込むかと思っていた。

だけど自分よりもどこか困惑している者を見ていると、思いの外冷静でいられるみたいだ。


 彼を放っておけなくて、気付けはそんな台詞を口走っていた。


「それじゃあ、話ついでに食事にしよう。君もお腹がすいているだろう?」


 堕ちてしまってから、いったいどのくらいの時間が経っていたのだろうか?

問われた瞬間に自分の空腹具合を自覚した私は、こくりとまた一つ頷いた。




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