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プロローグ 婚約破棄



「本日この時を以て、私は大天使セラとの婚約を破棄する」



 何故こんな事になったのか。

幾ら自問を繰り返したところで、一向に答えは見いだせない。


 つい先ほどまで、幸せいっぱいの気分で幼い天使たちと一緒に式の日に頭上に飾る冠用の花を摘んでいた筈なのに――。


 頭の中をガンガンとハンマーで殴りつけられたような、ひどい頭痛がする。

自分との婚約破棄を告げる天使長の言葉を嘘だと思いたかった。


「そんな、きっと何かの間違いです。私がサリエル様以外の……人間の殿方を誘惑しただなんて……!」

「黙れ。穢らわしい声で私の名を口にするな。君の口からそのような見苦しい言い訳など聞きたくない。これ以上、幻滅させないでくれ」

「まあ、お可哀想に。サリエル様……」


 記憶の始まり、天使長サリエル様に導かれ、天使として生まれ落ちてからずっとサリエル様だけを想ってきた。


 婚礼の儀をどれ程心待ちにしていた事か。

広間に集まった多くの者たちに視線を注がれながらそれらを、胸の内を私は切々と語った。


 しかしその結果愛する方から向けられたのは拒絶の言葉、そして冷たい視線だった。

自分の方が傷つけられたような顔をするサリエル様を、傍に侍っていた大天使オリウィエル様が慰める。


 以前なら自分以外の者には触れさせもしなかったサリエル様が、肩に触れようとするオリウェル様の指先を受け入れた事で私はすべてを察した。


「私がいらなくなったのなら、始めからそう仰ってくれれば良かったのです。そうすれば、困らせたりしませんでしたのに……」

「何を言っている……? 兎に角だ、君には失望した。私はこの天界を統べる長だ。君には処罰を与えねばならない」


 愛しい方に侮蔑の視線と言葉を手向けられ、疎まれていったいこれ以上の罰に何があるというのだろうか?


 思い描いていた未来、夢に見ていた幸せを黒く塗り潰されてしまった今、全てがどうでも良かった。



「大天使セラ。そなたを此度の咎により、天界より永久に追放する」


 ワッとうねるような音が、私の耳を打つ。

集まった者たちが騒ぐのも無理はない。


 サリエル様に見初められ、サリエル様の花嫁になる為だけに天界に導かれた女が、天界を追われるのだ。


 私の側に仕えてくれていた天使の子供たちが、酷く動揺しているのがその表情から見て取れる。

今にも私の代わりにサリエル様の前に飛び出して、小さな身体で弁明の言葉を力の限り叫びそうなその子たちが愛しい。

だが、そんな事をさせるわけにはいかないのだ。


 この天界において、長の決定は絶対だ。

そこに反論すれば、あの可愛らしい子天使たちが、肩身の狭い思いをしなくてはならなくなる。

小さく首を振ると賢い子たちは、私の気持ちを汲んで黙っていてくれた。


 邪視を持ち、時に生き物の死を司るサリエル様には迷いが無い。

最後に彼の手を煩わせずに済んだのだと思うと、少しホッとした。



 告げられたタイムリミットは僅か一時間後。

身の回りの品を整理する時間も無い。


「これが最後なのだから、暇乞いの時間くらいは与えよう」

「寛大なお言葉、感謝致します」


 再び天宮の広間、明日婚礼の儀を挙げる筈だった場所へと呼び出された私は、泣いてすがりついてくる子天使たちの頭を一つひとつ、精一杯優しく撫でた。


「やっぱり行っちゃやだよぅ、セラ様!」

「ボクも一緒にいく!」

「いいえ、駄目よ。雲の下には怖~い魔王がいるんだから」

「セラ様と一緒なら怖くないもんっ」

「魔王なんか、ボクがやっつけてやるんだ!」

「ありがとう、嬉しいわ。だけど、気持ちだけで十分だよ」


 何度も何度も、ありがとうと口にした。

そしてごめんねと胸の中で呟いた。


「刻限だ」


 こんな時でもサリエル様の声は揺るぎ無い。

温度なんて最初から無かったかのように感じる。


 一歩一歩、階段を上っていく。

その先は、足下が崩れてなくなっている。

あと一歩踏み出せば堕ちて天使ではいられなくなる、そんな場所で私は歩みを止め、そして背後を振り返った。


「お世話になりました」


 こんな別れ方になるとは思ってもみなかったけれど、ここで受けた恩義や過ごした時間を無かった事にはしたくなくて、せめてもの思いで深々と頭を下げる。

そうして気が済むまで頭を下げ続けた後、パッと身体を起こして、そのままその反動を利用し、背中から宙へと身を踊らせた。



 風が髪を、身体を撫でる。

みるみる遠ざかっていく天界を見つめながら、翼を開こうとして自由がきかない事に気付く。


 あっと思ったその時には、羽根が一枚、また一枚と花が散るように宙を舞っていた。

その様を見て、今さらながらに天使でなくなる事がどういう事なのかを知る。


 宙を舞う白い羽根は光のようで幻想的だったけれど、とても見ていられなくて目を瞑った。


 自分が何処へ向かっているのか判らない。

けれど、地上に行く宛てなどあるわけもなく、この状況に為す術もない私はただ、癒しを求めて暫しの闇に身を委ねた。




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