2.帰れないなんて、世界は間違ってる。
連続更新。
ストックの消費と執筆スピードが同じなら理論上、無限に更新できるから大丈夫!(なお、作者には不可能な模様)
風呂からあがった俺は適当に体を拭いて、自室の椅子に腰かけた。
「ん……? おかしいな、スリープモードにしておいたはずなんだけどな」
俺の相棒でもあるパソコンは爛々と画面を光らせていた。部屋はカーテンを閉め切り、電気も必要最低限にしているため暗い。その中でパソコンだけが異様に輝いている。
でもたいして気にすることじゃないか。俺はパソコン本体とUSBプラグ端子で繫がった《ヘッドギア》を装着した。
この《ヘッドギア》と呼ばれる装置が俺をゲームの世界へと導いてくれるのだ。初期型のギアは高価で一部の金持ちしか買えない代物であったが、時間が経ち、改良されていくとともに価格もリーズナブルな(と言っても従来のゲーム機より値は張るが)ものになっていった。
俺は再び『ファーヴニル・オンライン』を起動させ、スタートボタンを押す。
あとは目を閉じるだけで電子の世界だ。
言葉で言い表せない感覚とともに俺は『ファーヴニル・オンライン』へログインした。
これが最後のログイン。そう覚悟を決めて。
「過疎ってんなー」
ログインしてからの第一声はそれであった。
流石はクソゲー。こんな早朝から熱心に攻略しているようなプレイヤーは少ないのだろう。それでも、全体のログイン者がいつも少ないわけではない。このゲームもただのクソではないのだ。有能な部分もある。……チャットとか。
俺はマイルームをでて、フィールドに転移する。
『ファーヴニル・オンライン』の見くびれないポイントでもある広大な狩り場。俺が転移したフィールドは草原であった。
最も多くのプレイヤーが訪れる基本的なフィールド。それがこの草原エリアだ。
ちなみに日本サーバでは季節や時間帯が現実世界とリンクしており、今は朝焼けが空を染めている。
温度や風までは感じられないが、ハイクオリティな映像美にはいつも舌を巻かせられる。
さて、最後のプレイだ。どうしようか……ボスにでも突撃するか?
いや、ギルドメンバーに別れを告げることにしよう。
俺はメニュー画面を開く。自分のアバターの目の前に青い半透明なウインドウが出現した。俺はそのパネルをタッチしてメンバーリストを見る。
ギルド《クイーンズ・アヴァロン》
今ログイン中なのは3人ほど。総勢20名に対して、現在3名。元々そこまで熱心なギルドじゃなかったししょうがない。全員が揃ったのは1年ぐらい前の話だし、別にログインしないことを咎められたりはしない。俺もそんな軽さからこのギルドに在籍していた。
俺は活動中のメンバーとギルド専用のチャットにメッセージを残してメニュー画面を閉じた。
なんとなく寂しいというか空しい別れである。
しかし、俺はこのゲームの大半をソロプレイで攻略してきたのだ。一人は慣れている。決してボッチではない……多分。
俺は自分のステータスに目を走らせる。
シャル
レベル:468
タイプ:剣士
総プレイ時間:5360時間
よくこんなにやったもんだと思う。この時間を就活に当てていれば……なんてことは考えない。
もう俺は十分に楽しんだ。可能なことは全て攻略した。本命の装備品も鍛えられた。仲間にも出逢えた。
名残惜しさはないこともないが、これでいい。
最後に見るこの、見慣れた朝焼けも今はいつもより綺麗に思えた。
俺はメニューのタッチパネルを再び操作してログアウトしようとする。
―—が。
俺は視界の端にあるはずのないものを見つけた。
「ゲートがなんでここに?」
ゲート。フィールドからフィールドへの移動に使われる転移装置である。その様は空間にぽっかりと空いた穴。その中は虹色の光が渦を巻いている。
草原のゲートは場所が決まっている。
俺がいる近くにゲートは開かないはずだった。しかし、今すぐそばでゲートが開いている。どういうことだ。アップデートでもされたのか。あるいはバグか。
俺は少し興味が湧いた。何処に転移させられるかわからないが、別にマイルームにいつでも帰還できるので問題ない。それに俺ほどのレベルなら簡単にやられはしない。
そう思い、俺はゲートに飛び込んだ。
いつもより光が強い気がしたが、気のせいだろう。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
知らない天井だ。
俺はどこぞのアニメみたく言ってみたかったが、見えたのは知っている天井だった。
よくわからんうちに俺はゲーム内のマイルームで寝ていた。どうやらあのゲートによって強制的にマイルームへ転移させられたらしい。
やっぱりただのバグか。
そう考えて俺は息を吐く。
可愛らしい溜め息が漏れた。
…………んん?
ゲームで……それもプレイヤーの意思で声が出るだと?
そんな馬鹿な。しかもこの声はボイスチャットなどではなく、アバターとして設定されたボイスの声音だ。
基本的に『ファーヴニル・オンライン』においての会話はチャットで行う。ボイスチャットという手もあるが、あまり性能がよろしくないため普通のチャットの方が主流だ。
なので、意思のままにアバターで喋るなんて機能はない。
簡単な定型文を音声にすることは可能だが、プレイヤーの意思に連動して声を出すなどありえない。
俺は意図的に口を動かすイメージをしてみる。
「あっ……あれ? 普通に喋れる……」
何が起きているんだ。
とりあえずメニュー画面で確認を…
って、メニューがおかしい!? フレンドリストやグローバルチャット、ギルドページの欄が消えている。
バグなのか? じゃあGMコールは…………機能していない。
俺の背中を冷たい汗がつたっていく。
これはつまり、だ。
―—―—ゲームからログアウトできない。
「馬鹿な……こんなことが」
どっかのゲームキャラの如く「想定の範囲内だよぉ!」と叫びたいが今はボケるほどの余裕もない。ツッコんでくれる人もいない。
俺は体温が下がっていくのを感じる。
いや、このことがそもそもおかしい。何故、アバターの体で温度を感じる?
疑問が山積みになる中、頭の中で軽快な電子音が鳴る。
「メッセージか」
何故かはわからないが、自動的にメッセージボックスのウインドウが開いた。
【ログイン成功のお知らせ】
プレイヤー名:《シャル》様のプレミアムアカウントは正常に機能しました。
どうぞ、『ファーヴニル・ワールズ:closedβ』をお楽しみください。
プレイヤー様が現在おられます場所は弊社のゲーム『ファーヴニル・オンライン』と似通った異世界です。リスポーンは不可能なため無茶な行動をお控えください。
プレイヤー様がログイン時の状態のアバターが肉体に適用されます。
また誠に勝手ながら、ログアウト権限はレベルが100に到達した後、獲得可能となります。
……は?
異世界転生ってやつなのかこれ。
俺も何度かそういった話は聞いたことがある。勿論、物語としてだが。
しかしそんなことが可能なのか? 運営にそこまでの技術は……いや、送り主が運営じゃない。
メッセージの送信主は『神様』となっている。
馬鹿にしているのかとキレていい話だが、俺は自分でもおかしいぐらい冷静だった。
「とりあえず問題は……この体だな」
声も普段の低いものではなくなっている。可愛らしい女の子の声だ。
俺は自分の姿を見るため、マイルームに設置されている鏡の前に立つ。
俺の姿は自分のアバタ―と同じであった。
低めの背に、金髪のツインテールが肩の下まで伸び、顔は小さくて目は碧に澄みきっている。
完全に美少女。なお中身は24男フリーター(休業中)
俺は『ファーヴニル・オンライン』では、女アバターを操作していたのだ。課金に課金を重ねて俺好みにカスタマイズした自作アバター。
ちなみにギルド『クイーンズ・アヴァロン』の加入条件は女アバターであることだった。
『シャル』。それがゲームでの俺の姿。
そして俺の新しい肉体。
俺は即座に行動を移した。
まずは確認だ。
今の俺は初期装備らしい毛皮で編まれた軽い防具を身に着けている。一旦それを外して肌を露出させた。
おおっ! 胸がある。
とても柔らかな心地いい感触。
どれぐらいあるんだろ、Cぐらいか? 『ファーヴニル・オンライン』では確か基本となるアバターデザインに応じて胸のサイズが決まったはず。なら、女の子Type-Aをベースにした俺のアバターは中乳クラスである。
謎の感動を覚えた俺は色々と変態なことを試そうかと考えたが、やめた。今は状況の確認が先だ。
俺はとりあえず外にでることにした。
マイルームはこの世界では『ファーヴニル・オンライン』と完全に同じではなく、木組みの簡素な小屋になっている。インテリア用アイテムとかも消え去っていた。暇つぶしに集めたアイテムだから別に気にしないけど。
外は意外と暑いようだ。目を開けて、俺は驚愕した。
密林だった。
俺はゆっくり扉を閉めた。
よし、出るのは明日にしよう。
一日に2話ずつ更新できれば……
大変そうだなぁ(遠い目)