1.そのゲーマー、変人につき。
新作です
不定期更新です。
都市伝説、そういう類のものは確かに存在する。
日々、何処かで噂される話の数々にこんなものがある。
『異世界転生』
平凡な人間が突然、チート能力を与えられて異世界に送られるという噂。
そんな妄想じみた話は今日も囁かれ、あるサイトでは人気小説になっていたりもする。
そう、噂話。都市伝説。
あったらいいなぁ、という願望と妄想で創られた虚像に過ぎない。
この男もそう思っていた。
――この時までは。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
「彼女が欲しい……」
散らかった部屋で呟く男が一人。
俺の名は白木 秋。
歳は24。職業は現在、フリーターを休業中。趣味はゲーム。ついでに言うと童貞。
はぁー、と溜め息を吐いて俺はデスクの椅子にもたれかかる。顔は別に悪い方じゃないのに、人生24年間で一度も付き合ったことがない。
まぁ俺が悪いのも事実だ。
かれこれ自宅を警備して8年目になる。
というか元々俺は学校にもろくに通わなかったのだから女の子も寄ってこないのは当たり前だ。ラノベなら可愛い幼馴染がいて、その娘が家を訪ねてくれるのが定石だが、生憎、俺にそんな幼馴染は存在しない。現実は非情である。
「ふぁぁ~ねむ……」
今日も徹夜をしてしまった。
よく考えればこれで3日連続だ。どうりで睡魔に襲われっぱなしなはずだ。
何故、こんな生活をしているのかというのも俺がゲーム大好きだからだ。
遡ること10数年、中学生のガキだった俺は一般男子らしくゲームにはまった。 夏休みをゲーム攻略に費やし、気付けばプレイ時間が2000時間を超えていたのはいい思い出だ。そんな感じで俺がゲームに生活を費やすのにあまり時間はかからなかった。
そして現在に至る。
簡単に言えば俺はただのゲーマーだ。
ただ、俺はゲーマーの中でも少し変わった趣向を持っている。
無類のクソゲー好き。
ゲームにも色々と括りがある。ネットなんかでよく言われるのは『神ゲー』と『クソゲー』。
これはそのゲームの評価を表す言葉で、『神ゲー』は誰が遊んでも面白いと言われる名作。
『クソゲー』はその逆で、あまりにもつまらないゲームがそう呼ばれる。
例を挙げるならば『デ○クリム○ン』。伝説のクソゲーとして有名。俺はこのソフトを3本持っていたりする。
……とまぁ、基本的には面白くないはずのクソゲーを俺は何故か愛してしまう。そして熱中してやりこむという、マゾ的なまでの俺の趣味。
先程までプレイしていたのもクソゲー。
その名は『ファーヴニル・オンライン』。
名前の通りMMOというジャンルに属するオンラインゲームだ。所謂、ネトゲ。廃人を生産していく罪深きゲームの一種だ。
この『ファーヴニル・オンライン』の魅力はなんと言ってもアクションだろう。
VR技術を利用しているこのゲームはまるで実際に体を動かすような感覚で華麗なアクションができる。最近になってますます普及が進んでいるVR系のゲームでもこれは頭一つ抜けている。爽快感や違和感のなさが段違いなのだ。
そしてもう一つ、デザインの秀逸さ。
この『ファーヴニル・オンライン』では自分の分身であるアバターを作成してプレイするのだが、その精巧さと美麗さはトップレベルだ。他にも武器デザイン、モンスター、NPCに世界観まで非常にハイレベルな出来栄え。
実際、そのクオリティに惹かれてこのゲームを始めるプレイヤーは多い。
では何故、『ファーヴニル・オンライン』がクソゲー呼ばわりされるのか。
それはパワーバランスがガバガバだからだ。
プレイヤーは多彩な装備を選べるのだが、後半になるにつれて、それらのほとんどが産廃レベルに化す。
さらにゲームが進んでいけばプレイヤーは多くのスキルを習得できるのだが……あまりにも役に立つスキルと立たないスキルの差が激しすぎるのだ。
例えば『近接強化』というスキルはレベルが上がるごとに近接武器による攻撃が飛躍的に向上していく。極めれば元々の攻撃力の2倍のポテンシャルを発揮することも可能なほどだ。
しかし『クリティカルアップ』というスキルは攻撃のクルティカル率を上昇させるが、それなりに鍛えても実質値は5%も上がらないというのだ。
このガバガバな調整具合はモンスターも同じ。
属性や武器相性によっては格下の敵にさえ倒されるという難易度。武器、スキルのガバガバさも相まって育成を間違えると攻略不可能。対処策はデータ削除からのやり直し。
強くてニューゲーム? そんなものはない。
ネットでは「近年稀にみるクソゲー」だの「マゾヒストの巣窟」、「VRゲーの闇」、「すまんがファーヴニルはNG」などと最早ネタにさえされる始末。
グラフィックやゲーム性は最高峰なのに他の肝心な部分がダメダメで課金必至なんていう残念極まりないゲーム。それが『ファーヴニル・オンライン』だ。
……まぁ、そんなクソゲーを嬉々としてプレイしているのが俺なんだけども。
「……シャワー浴びてくるか」
眠気覚ましも兼ねて浴室へと向かう。時計の針は午前4時。こんな生活をしていたら流石に咎められそうだが、俺は一人暮らしなのでそんな心配はいらない。
熱めのシャワーを浴びながら考える。
俺はいつまでこんな生活をするのだろうか。
働いたら負け、というのを座右の銘にするほど働きたくないと思っているけど、金は稼がなければいけない。幸い、実家が金持ちなので生活には余裕があるが貯蓄は無限じゃない。親に迷惑かけっぱなしなのも申し訳ない。
しかしこんな男を雇ってくれる会社などそうそうない。
それに、だ。
多分俺がゲームをやめない限り、この生活は変わらない。
人生について考えると頭が痛くなるが、俺ももう24歳だ。決心をしなくてはいけない。
――よし、『ファーヴニル・オンライン』引退しよう。
俺は懲りずに続けている愛しのクソゲーを辞める決意を密かにした。
♰ ♰ ♰ ♰ ♰
人のいなくなった部屋で機械音だけが妙に鳴り響いていた。
据え置きのパソコンがスリープ状態にも関わらずヴゥゥゥゥゥン、と音を立ててフル稼働し始める。画面に光が点り、そこに文字列が綴られていく。
『おめでとうございます! プレイヤー名:《シャル》様はプレミアムアカウントに選ばれました。次回ログイン時に自動的に機能が解除されます。
引き続き弊社の商品をお楽しみください。
そして、ようこそ―—―—『ファーヴニル・ワールズ:closedβ』へ』
文体を変えて、よりライトな感じにすることを意識してみました。読みにくかったら感想やメッセージで言ってください。
感想は一言でも辛口でも構いません。