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追いかけた男

作者: ロクナミ

バイクを出せと言われ、しぶしぶ書いた話です。


 はるか上空を飛行するヘリコプターを、僕はひたすら追いかけていた。父のお下がりのバイクでかれこれ何時間走行しているだろう。日はすっかり傾き、景色は黄金色に染まっていた。あたりに響くのはヘリのプロペラとバイクのエンジン音だけだ。

 風を切ることに快感を覚えたのは小学校の時だ。自転車にまたがり、がむしゃらに漕いだことを覚えている。もっと早く。もっと早く。そう頭で唱えながらひたすら走っていた。友人で結成していた自転車暴走族は、今もどこかで速さを求めているのだろうか。正直組織を拡大し続けていた友人の行動には心底むかついたが。

 その時から僕はまるで変わっていない。ただまたがるものが少しハイテクになっただけだ。ヘリコプターを追いかけ、風になり、心臓を高鳴らせている。人生で最高の瞬間だと思った。だが、そんな時間もすぐに終わりを告げた。ヘリは峠を越え、プロペラ音とともに姿を消した。気がつけばあたりに民家はない。ずいぶんと遠くに来てしまったようだ。

 峠のむき出しの道を見上げてみて、僕は走りたいという衝動に駆られ、いつの間にか再びエンジンをふかし、登山道へと向かった。

 上り坂は急なこう配となっており、かなりの上級者向きのコースと言える。ここでスピードを出すのはとても困難だろう。そう思っていた時だった。

 稲妻のようなエンジン音が下から聞こえた。

 ヘルメット越しでもわかるほどのスピードが出ているのがわかる音だ。

 振り返る。向かってきていたのは巨大なハーレーだった。緑色の稲妻のような装飾が施されており、上下ともに黒いジャケットとズボンで覆われていた。さらに黒のフルフェイスヘルメットときたもんだ。全身黒づくめでこちらへ距離を詰めてくる様は、悪魔と呼んでも過言ではなかった。

 後ろを向いている暇はない。あんな化け物と遭遇したんだ。僕にもプライドがある。負けるわけにはいかない。そう思いアクセルに力を入れる。だがハーレーは引き離されるどころか、エンジン音はさらに近くへと迫ってきていた。まずい。抜かれる。ハーレーはまるで光のような速さで僕を追い抜き、左の脇道へとそれていった。

 僕は後を追う。明らかに正規ルートから外れていた。道はがたがたの悪路となり、上は鬱蒼とした木々に覆われている。闇にのまれてしまいそうだった。ハーレーと距離を詰めるため、さらにアクセルに力を入れる。速度メーターを見る暇はなかった。

 少し距離が近づいたあたりで、ハーレーはちらりとこちらを向いた。フルフェイス越しでもわかるその余裕に、僅かな苛立ちを覚えた。

 木々のトンネルを抜けたところで、そこは高い崖へとなっていた。ぼんやりとした霧が崖沿いの道を覆っている。その幻想的な様は、異次元のようで、空間も少しだけ歪んで見えた。頭も少しだけくらくらする。まともな意識を保てない。

 この場所はおかしい。そう直感した。

 それにも関らず、ハーレーはぐにゃぐにゃとしたコーナーを、ほぼノーブレーキで踊るように走っていた。僕の意識は途切れ欠けていた。それと同時に好奇心がその朦朧とした意識に対抗しようとする。

 まずい。

 僕の僅かに残った防衛本能で、ブレーキへと足をかける。スピードはゆっくりと落ちる中、僕の意識は途切れた。

 目が覚めたとき、霧はすっかり晴れていて、僕はさっきまでいた道路に横たわっていた。頭が痛い。まるで強力な風邪薬を飲んだ後のようだ。僕はバイクの存在を確認しようと立ちあがる。

 バイクはあった。だが、ヘッドライトが消滅していた。まるで切り取られたかのように、きれいさっぱりとだ。

 そして僕のヘルメットも同時に消えていた。

 そして額には、ハリーポッターのようなギザギザの傷跡が残った。



 翌日、友人の増田に学校でそのことを話すと、缶コーヒーを噴き出した。「お前、神隠しの峠に行ったのか!」

「神隠し?」

「巷じゃ有名なんだぜ? お前は知らないのか」

「いや、知らない」

「そうか、あそこは昔から気味の悪いなうわさがあるんだよ」

 増田は空になった缶コーヒーをごみ箱に放り込んだ。

「えー、なんだそれ、胡散臭いなあ」

「でもお前、現に異常なことが二つも起きただろ?」

「いや、二つじゃない」

 ヘッドライトにヘルメット。それと、あのハーレー。「三つだ」

「そのハーレーが不吉な話の頂点さ」

「どういうことだ?」

「お前が見たハーレーはな、緑の稲妻って呼ばれてる」

 かなりダサいニックネームのやつに翻弄されていたようだ。まあ、あの轟音のようなエンジンに、あのハーレーの装飾を考えたら、妥当なのかもしれないが。

「ひどいセンスだな」

「まあ誰が呼び出したかは知らないけどな。神隠しの峠に近付いたやつは、たまにその緑の稲妻と遭遇する。そして好奇心にやられたやつは、そいつを追いかけるんだ。追いかけたやつは、だいたいやつのテクに負ける。そして、いつの間にか意識を失って横たわっているんだ」

「僕と同じじゃないか」

「そう、その通り。そんでもって、バイクの一部がまるで食いちぎられたみたいになくなってたりするんだ」

「僕のヘッドライトやヘルメットみたいに?」

「そういうこと。だけど、それはまだいい」

「どういうことだ?」

「神隠し、って呼ばれている所以はな、消えるのがバイクの一部じゃなくて」

 僕の背筋がぞわぞわとした。怪談話としてよくあるならば、そのあとは決まっている。

「人、ってことか?」

「察しがいいな。そういうことだ。現にあそこは何人かが行方不明になっている。跡形もなく、消えちまってるんだ」

 クラスの喧騒が妙に遠くに聞こえた。手に持った缶コーヒーは、とうに熱を失っていた。じわりと背中に汗がにじむ。僕は、とんでもない現場に遭遇してしまったようだ。

「まあもう一つ変なこともあるんだよな」

「うん」

「たまにあそこでは頭のおかしいやつらが出てくるんだ」

「出てくる?」

「文字通りの意味さ。急に出現する。言葉を失ってるもの、意味のわからない言葉を言い続けるもの。どちらも身元が分からないから、精神病院に収容されるって話だ」

 聞けば聞くほど気味が悪い。まるで怪談のような話だ。

「運がよかったな、お前」

「だな」

 心の底からそう思い、肩を撫で下ろす。

「で、どうだったんだよ」

「なにが?」

「緑の稲妻だよ」

 僕はあの時の興奮を思い出す。まるで獣と出くわしたかのような激しい動悸と焦燥感。それは僕の心に、思い切り火をつけた。

「伝説のライダー、って感じだったな」

「そいつはいい」

「なにがだ?」

「まあいい、それよりバイク、どうするんだ?」

「確かにそうだバイクを買いなおさなきゃならない。親父のお下がりって言っても、結構気に入っていたのに」

 そう言うと増田は、待っていましたというように、にやりと笑った。

「増田、どうして笑ってるんだ?」

「ちょうど俺もバイクを変えたいと思っていたところなんだ、お前もコンビニのバイト代がそこそこ貯まっていたはずだろ?」

「まあ、確かにな」

「よし、放課後買いに行くか」

 増田のその表情は、まるで小学校のころに悪だくみをしていたころにそっくりだった。

 放課後になり、小学校のころ自転車を買っていた店、サイクランド合田にやってきた。

「おお、お前さんたちよくきたね」

 店長の親父に、無愛想な店員が出迎えてくれる。

「親父、今日はバイクを買いに来たんだ」

 増田が明るくそう言う。無言の店員にはできるだけ目を合わさないように、バイクを陳列している奥のスペースに視線を送っていた。

「おお、好きなのを選べ」

 親父はにこにこと、わが子を迎えるようにを歓迎した。

「おい、そこどいてやれ」

 親父は無愛想な店員へそう言った。店員は帽子を深くかぶったまま、黙って従い、親父の横に立った。帽子の下から僕たちがじっと見られているようで、なんだか不気味だった。

「相変わらず不気味な奴だな」

 増田の小声での言葉に、小さくうなずいた。

「ところで増田は何買うか決めているのか?」

 店の奥へと歩みを進める増田に尋ねる。

「FZR250Rだ」

 増田はそう言って、横にある赤いラインのバイクを指差した。FZR250Rは、ほんの少し古いバイクで、燃費もそんなによくない。

「そんなんでいいのか?」

「ああ、走行性能はそんなにわるくないし、それになにより」

 増田は赤いラインをそっと指でなぞる。まるで小学校のころにロードバイクを調子に乗って自慢していたころにそっくりだ。

「かっこいいだろ?」

 それについては否定しなかった。僕もそいつのデザインは結構気に入っていた。

「そうだな」

「山西、俺たちの自転車暴走族、天邪鬼の誓い、覚えているか?」

 自転車暴走族、天邪鬼。懐かしい。ただただ速さを追い求めていた僕たち。そこには揺るがない一つの誓いがあった。

「自分より強い奴を見つけたら、まずはそいつをぶちのめせ」

「ああ、よく覚えているじゃないか」

 増田はこぶしを僕の肩へぽんとあてた。

「山西、俺の今考えていること、わかるか?」

「ああ」

 わかる。増田は、僕が神隠しの峠に近付いて、異常体験をしたことなんてどうでもいいんだ。緑の稲妻という、伝説の男。そいつと挑んだこと。そいつを目撃したこと。そのことなんだ。

「僕たちは、あの緑の稲妻に勝つ」

「ああ、伝説を終わらせてやろう。そして、伝説を新しく作るんだ」

 僕は深く頷き、増田と固い握手を交わした。

「天邪鬼、復活だな」

「その名前恥ずかしいからやめないか?」

 小学校のころはかっこいいとも思えたが、今となってはガキっぽさが半端ない。間違っても自己紹介には使いたくない。

「固いこと言うなよ。それで山西はどれにするんだ?」

「そうだなあ」

 いくつかの候補はあったし、その候補のバイクはこの店にある程度そろっていた。そんな中で一つの赤い光が目に入る。HONDAのCBR250R。僕の目はそのボディにくぎ付けになった。

「いいじゃねえか」

 増田が後ろから声をかけてきた。

「ハンドルの振動が若干強いが、峠を責めるにはいい選択だ」

「やっぱりそう思うか?」

「ああ」

 僕も増田も、こつこつバイト代をためていただけあって、六十万は口座にあった。小さいころからのお年玉もそこに含まれているのだ。かなりの大きな買い物になる。

「よし、これで、すいませーん」

 新しい僕たちの相棒。こいつらとともに、僕らは走りを極めることにした。僕らが買い物する様を、あの帽子の男は、無言でじっと睨んでいた。


 それから僕らは、ひたすらに走りを追求した。動画でうまいライダーのテクを真似ながら、神隠しの峠へのシミュレートのために、いくつもの山を越えた。学校が終わるとバイクにまたがり、バイトの後も同じであった。

 僕も増田も、ドリフトの技術が上がり、ゆるいカーブへの進入ドリフトはほとんどマスターしていた。三速で進みながら、ブレーキをかける。そして一気にギアを一速に落とす。クラッチをつなぎながらスライドを発生させる。上半身は傾けず、できる限り垂直になることを意識した。そのまま車体を傾け、コーナーへと進入する。ハンドルへ来る振動は、もはや気にならなかった。

 パワードリフトの練習も初めて見た。

 人気のない広い駐車場へやってきて、スプレー缶を真中へ設置して、その周りを回った。

 三十五キロほどのスピードで、コーナリングに入る。そして横へのGが最大にかかったと思った時、アクセルを少し多めに踏み込む。そこのリアへカウンターをあて、ドリフト状態を維持した。

 自分のバイクの限界を探しているみたいで、胸が躍った。それと同時に、あいつに、緑の稲妻に挑む日が、着々と近づいているのではと感じた。

「よし、今日も攻めるぞ」

 増田が放課後僕に声をかけてきた。僕に断る理由はなかった。

 今日も峠を責めながら、練習した進入ドリフトを披露する。ギアを落とす感覚が心地よかった。だが今日は客がいた。柄の悪い黒いボディに、目立つ大きなヘッドライト。カワサキのゼファーと呼ばれるものだ。僕らが走っているときに、目の前にそいつらは立ちはだかった。数は四台。小さな族のような雰囲気を醸し出していた。

 リーダー格のような男が、フルフェイスのヘルメットを脱いだ。

「お前らか、最近俺らの縄張りで遊んでいるガキってのは」

 いつの間にか僕らは有名になっていたようだ。それもそうだ、あんなにも派手にドリフト恩を鳴らしていれば、嫌でも話題に上がる。

「この時を待っていたぜ」

 増田は独り言のようにそう言った。

「なんだって?」

 リーダー格の男は道につばを吐き、増田をキッと睨んだ。

「お前らの縄張りなのか? ここは」

「そうだと言ったら?」

「簡単な話だ」

 増田はバイクのエンジンをブルンと噴かした。

「おい、増田」

 面倒事は勘弁してほしかった。確かに虫の好かないやつらだが、今こんなやつらと喧嘩をしても、何もいいことはない。

「なんだ山西、怖いのか?」

「いや、そういう問題じゃない」

「目の前の敵はすべてぶちのめす、そうだろ?」

 ……掟が変わっている。強い相手限定のはずなのだが。とりあえずしぶしぶヘルメットをかぶった。

「へっ、度胸だけは一丁前だな」

「俺たちにはもっとでっかい目標があるんだ。お前たちなんて小石程度さ」

 増田の安っぽい言葉に、男は眉間にしわを寄せた。

「よし、そこまで言うんなら、いいだろう」

 ルールは単純だった。先に頂上へ到達した方の勝ち。この峠は高低差も激しく、あまりガンガン飛ばすことは、素人には難しい。

 僕らでも、まだ本気でこの峠を攻略したことはなかった。

「さあ、始めようぜ」

 だが、それは何の言い訳にもならなかった。

 ゼファーに対して僕のCBR、そして増田のFZRは出力では勝ち目はない。だが僕らのドリフトのテクは、コーナーで大きく差を付けた。もはや勝負より、速さを追い求めていることが心地よかった。

 勝負はあっという間だった。やつらはただ音を激しく鳴らして周りに迷惑をかけるだけの、小さな走り屋だった。

「くそ、お前ら、何もんだ」

 頂上の駐車場で、リーダー格の男が汗を流しながら尋ねてきた。

「天邪鬼」

 増田はそう即答した。頼むから恥ずかしいからやめてほしい。

「天邪鬼、それがお前らのチーム名か」

「ああ、その通りだ」

 おい、やめてくれ。僕は同意した覚えはない。

「じゃあな、俺たちは追いかけなければいけないものがあるんだ」

「もう恥ずかしいからしゃべるなよお前」

 僕の小声での突っ込みを増田は無視して、そのまま走り去ろうとした。

「おい、待ってくれ!」

 リーダー格の男が声をかけた。

「なんだ、まだ何か用か?」

 増田が気だるげにそう尋ねる。

「俺たちを、あんたたちの、天邪鬼の仲間にしてくれ!」

 ……僕は自転車暴走族だったころを思い出した。

 そう言えば全く同じパターンだった。後輪ブレーキでのドリフト練習を二人でしていたら、隣の小学校のやつらが絡んできて、それでこんな感じになったんだ。

 そして、そこから増田の奴は、組織を拡大していった。隣の小学校から、隣の隣の小学校まで、走りをひたすらに極めていた。

 今思えば奇妙な光景だった。

 そして、今。またあの行いが繰り返されようとしている。

「おい、増田」

「なんだよ山西」

「僕たちの目的はなんだ?」

「緑の稲妻を倒すことだろ?」

「よし、わかっているな。なら」

「ああ、当然さ」

 増田は男たちのほうへ近づいて行った。そうだ。断るに決まっている。小学校の頃のことを、あいつも忘れたわけじゃあるまい。解散の原因となった事件のことをだ。しかも、ただ大勢がつるんで固まるなんて、そんな子供みたいなこと

「よし、仲間に入れてやる」

 全然わかっていなかった。

 まさかここから小学校の頃のような流れになるとは思っていなかった。

 僕たちの走りの練習に、この男たちはついてきた。ドリフトのテクも、僕たちから必死で学びとっていた。いやその姿勢はすばらしいものなのだけれど。

「兄貴! ジュース買ってきました!」

「兄貴! 汗がひどいですよ! タオルをお使いください!」

「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」


 数か月の時が流れた。山のふもとの廃倉庫。そこに僕と増田はいた。そして

「「「おつかれさまです!」」」

 三十人にもわたる愉快な仲間たちがそこには集結していた。

「よし、お前ら! 今日も行くぜ!」

 増田はすっかりリーダーになってしまい、僕は参謀のようになってしまっていた。

「兄貴! 俺のコーナリング見てくださいよ! 以前とは比べ物になってませんから!」「いやいや兄貴! 俺の方が」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」「兄貴!」

「いやもういいよ!」

 僕は解散後に増田にそう告げた。

「何がだ?」

「僕らはさ、自分たちの技術を磨くためにバイクに乗っていた。そしてあの緑の稲妻に挑んでも恥ずかしくないほどの腕を手に入れる。そうだっただろ?」

「ああ、その通りだ」

「志を持つ人間が多すぎる」

「そうか? 大勢のほうが楽しいじゃねえか」

「もうちょっとした暴走族だよ。僕らってさ、そういうんじゃないだろ?」

 そうだ、今日こそガツンと言ってやるんだ。

「それに、あいつらは緑の稲妻に勝つなんて目標、持ってないじゃないか!」

「だって恥ずかしいだろ、緑の稲妻倒そうぜなんて」

「それお前が言っちゃだめだろ」

 緑の稲妻という、あるかどうかもあやふやな伝説を言うのは確かに恥ずかしいけれども。それでも僕の目標はそこからぶれているつもりはない。だが、こいつは違う。

「目的が違ってきるじゃん、お前」

「組織を拡大して、緑の稲妻を倒す、そう約束しただろ?」

 また目的が改ざんされていた。

「それに、一番言いたかったことがある」

「なんだ?」

「小学校の頃のこと、忘れたわけじゃないだろうな」

 その言葉に、増田はしばらく黙りこんだ。その表情は、取り調べ中の犯罪者を思わせた。

「もういい」

 これ以上こいつのわがままに付き合っていられない。僕はヘルメットを持ち、バイクへとまたがった。

「おい、どこ行くんだよ」

「お前とはもうこれっきりだ」

「おい!」

 増田の言葉を無視して僕はエンジンをかけ、倉庫を後にした。

 あいつと二人で走ることが好きだったのに。あいつはいつも飛躍した方向へと進んでいく。それが気に食わなかった。今まであった空間が、どんどん変化していく。それが気持ち悪かった。

 向上心の方向性が変わることほど気持ち悪いものはない。僕はそう思っている。一緒に追いかけたかったものが、ずれてしまったのだ。あいつとあれ以上いるのは苦痛だ。

「速さの代償」

 それを僕は、小学校のころに思い知った。だから速さの追及に、大勢を巻き込みたくないと思っていたのだ。それなのに、あいつってやつは。

 三か月の修行。その時間を僕は無駄にした覚えはない。あいつが組織の統率にあたっていた時間、僕は日々研究を重ねていた。

 そして今日だ。僕はあいつに。緑の稲妻に挑みに行く。

 峠まではここから十分ほどの距離にあった。ヘリコプターをひたすら追いかけていたあの日を思い出す。けれど、今はあの時の心境とは全く違う。胸は張り裂けんばかりに騒いでいた。峠に到着したときには、あの人同じような霧が立ち込めていた。山道を登る。視界はあの日の数倍は格段に悪かった。こんな日は中止した方がいいに決まっている。だが僕は、今日しかないと思った。

 走っていると、また轟音のようなエンジン音が聞こえた。振り返るとそこには












「兄貴、山西さん、どこに行っちまったんですかね」

「さあな」

 山西がいなくなって、もう二週間が経とうとしていた。あれから組織は拡大し続けている。もはや県の勢力にすらなりつつあった。それは俺としては十分うれしいし、天邪鬼復活としては大成功とも言える。だけれど。

「物足りねえなあ」

「なにがですか?」

「相棒がいねえっていうのは、どうにもな」

 山西がいなくなって、当然みんなで捜索にあたった。もちろんあの緑の稲妻が出る峠もだ。だが見つからなかった。あいつを最後に見たのも深夜だったためか、目撃情報もほとんどない。まさに手詰まりとなった。

 それから俺は、あいつのことを忘れるため、組織をひたすらに育て続けた。けれど、心にあいた穴は埋まらない。それどころか広がるばかりで、ふと思い出したとき、虚しさに襲われた。

「まあいい、とりあえず今日も走りに」

「兄貴!」

 俺が号令をかけようとしたとき、倉庫に遅刻してきた穴吹(通称パンサー)が息を切らせて入ってきた。

「どうしたパンサー」

「ダガーが、ダガーのやつが!」

 ダガーとは、幹部の一人の田中のことだ。

「ダガーがどうかしたのか?」

「サツに連れて行かれた!」

 パンサーの話はこうだった。ダガーは遅刻寸前の集会に遅れないために、バイクで制限速度をかなりオーバーしてしまっていたらしい。それで捕まったのならまだいい。だが、原因は他にあった。

「人を、跳ね飛ばしたんだ」

 小学校のころ、天邪鬼はある日突然解散した。

 自転車でメンバーの一人が、子供を轢いた。それから、自然とメンバーが集まることはなくなった。

 速さを大勢で追及するということは、そういうリスクが伴う。一人の失態で、失敗で、罪で、メンバー全員のモチベーションや、志が失われてしまう。

 山西も、同じことを繰り返したくないという気持ちはあったんだろう。だから、あそこまで反対していたんだ。

 それを承知で組織を俺は、拡大していた。

 それから組織は解散した。俺は、また独りになった。

 一人でぼんやりと峠を攻める。初めこそ気晴らしにはなったが、今となっては胸の傷を抉るだけだった。

「……山西」

 コーヒーを飲みながら、駐車場でぼんやりと夜空に浮かぶ月を見ていた。学校にも来ておらず、家にも帰っていない。行方不明の扱いだった。いったい、どこに行ったんだ。

「隣、いいかい?」

 聞き覚えのあるしゃがれた声だった。

「親父」

 そのたくましいひげは忘れない。自転車屋の親父だった。

「なんだよ、急に」

「いや、わしもたまには走りたくなるんじゃよ」

 親父はポンと横に止めてあるカブバイクを触った。

「あんたは、相棒がどこに行ったか、知らねえか?」

 親父はジャケットから煙草を取り出し、火をつけた。

「吸うか?」

「いいよ、未成年だ」

 そう言うと親父は煙草を吸い始めた。そして白い煙を吐き、夜空へと浮かび上がる。

「なぜ、また組織を作ろうなんて思ったんじゃ?」

「なんでって」

 しばらく考えてから、俺はまとまった自分の考えを告げた。

「過ちを繰り返さないっていうのはさ、もうそれをしないってことじゃないと思うんだ。たとえばさ、野球少年が怪我をしたからもう野球をしないっていうのはおかしな話じゃないか? 今度はさ、組織をまた作れるチャンスだって思ったんだよ。今度はきちんと統率を取って、山西にグウの音も言わさないようなさ、立派な組織を作り上げたかったんだ。そして、みんなで最高のライダーを、目指したかったんだ」

 親父は、黙って俺の話を聞き続けた。煙草の煙を吐きながら、じっくりと俺の話をかみしめているようだった。

 そしてようやく親父は口を開いた。

「お前さん、今、山西君は何をしていると思う?」

「何をって……想像もできねえよ」

「じゃあ、お前さんに彼を見つけることはできんよ」

「知っているのか」

「いいや、なにも」

 親父のその雰囲気は、嘘とも本当ともわからないような曖昧な態度で、もどかしかった。

「じゃあ、俺はどうしたらいいんだ?」

「お前さん、バイクの練習はまだ続けているのか?」

「あ、ああ、もちろん」

「じゃあ、それの倍やってみなさい」

 そう言って親父は煙草を携帯灰皿へしまい、バイクで駐車場を後にした。

「夜更かしするんじゃないぞ!」

「子供じゃねえよ!」

 バイクの練習を倍する。それに何の意味が……

 山西は、まだバイクをどこかで続けているとしたら? 走りを極めるために組織からぬけたのだとしたら?

 なら? 答えは出た。

 走りを極めていたら、あいつに会える。

 そう信じてみることにした。

 俺はその日から、来る日も来る日もバイクにまたがり、走り続けた。それは見えない何かを追いかけるようで、途方もない修業だった。学校もさぼりがちになりながらも、俺は走り続けた。

 雨の日も、風の日も。俺は走った。

 たまに他の暴走族に絡まれることもあった。そのたびに俺は、無言で自分の走りを見せる。しまいには誰も俺には寄り付かなくなった。鬼のライダー。そんな通り名まで付けられていたようだ。緑の稲妻のほうがいいセンスしていると思う。

 そんな中、山西の情報を俺は少しずつ集めようとしたが、収穫はなかった。

 心当たりがたくさんある中、俺は一つの手掛かりがあったことに気がついた。

 緑の稲妻。

 あいつに勝負を挑んだとするのなら、何かしらの手掛かりを、あいつが持っているかもしれない。会えるかどうかの自信はないが、何もしないよりはましだろう。

 俺は神隠しの峠へと向かった。

 霧はいつもよりは薄く、昇りやすそうだった。そのまま峠を登る。緑の稲妻らしき気配は感じない。はずれか。そう思った時だった。

「あうあおえいうああああああ」

 聞こえたのは奇声だった。獣のようにも聞こえたが、声質は人間のものだ。

「誰かいるのか!」

「あうえいあおあいううえ」

 だめだ、まともな返事は期待できそうにない。事故にでもあったのだろうか。バイクを止め、声がした茂みへと向かう。男が一人倒れていた。だがその男には右腕がなかった。

「お、おいあんた!」

「あうえうううあうあうあうあうあうえうる」

 焦点は定まっておらず、まともな精神は保っているようには見せない。携帯を取り出し、救急車を呼んだ。

「もう安心しろ、何があったかしらないけど」

 男は目を開けたまま気絶していた。いったいどんな事態になったらこんなことになるのか。とりあえず身元を見ておくか。男の体をまさぐり、携帯と財布を取り出した。携帯はショートしているらしく、何も反応しない。というか見たことのない型だ。最新のものだろうか。

 財布の中には小銭と免許証が入っていた。免許証の名前を確認した後、俺は奇妙な一文を見た。

 ……どういうことだろう。その奇妙な一文を三度ほど読み返した矢先、手に持った免許証は灰のように粉々になった。

 まさかとは思った。ここは神隠しの峠ではない。

 行方不明になった人間。そして突如出現する奇人たち。

 一つ一つの点が、線で結ばれた。

 そして、一つの結論が出た。

 雨がぽつりぽつりと振りながら、救急車が到着したころには、土砂降りになっていた。

 翌日。俺はまたこの峠にやってきた。霧は昨日より濃い。走るのには少し危険だが、俺は一刻も早く真実を確かめたかった。地面はだいぶぬかるんでいて地盤も緩い。あたりには大小さまざまな岩や砂が転がっていて、土砂崩れを予兆させた。

 峠を走っているとき、聞こえたのは噂の爆音だった。俺もきくのは初めてだ。こいつだと直感する。エンジンを緩めることなく、コースを走る。もしも俺の推理が正しいのであれば、この先の崖が重要な場所となる。

 緑の稲妻の音が少しずつ近づいてきた。そして、ついに俺を抜いた。ハーレーで俺を挑発するようにウィリーを見せつけてきた。

 やはりタダものじゃない。そのまま緑の稲妻は脇道へとそれる。俺は追いかけた。霧が濃くなり、視界が悪くなる。一瞬躊躇したが、道の長さやカーブの角度はすべて把握している。このまま俺は進み続けた。

 緑の稲妻に少しずつ近づくと、視界が広がった。森の奥の崖にたどり着いたようだ。緑の稲妻はすぐそこにいた。今度こそと思いながら、エンジンを強める。距離は少しずつつまっていった。その時、俺の頭に霧のようなもやがかかる。意識が途切れてしまいそうになった。なるほど、こういうことか。

 俺はインコースを攻めながら、自分の頭を左右にぶるんと振り、意識を何とか保った。ただ、やつを抜くことだけを考えていた。

 そして、やつは俺の様子に気がついたらしく、スピードを上げた。その時だった。ゴロンと岩が転がるような音がした。そういえば昨日はずっと雨が降っていた。地盤は緩んでいた。それはまるで土砂崩れの予兆のように。緑の稲妻の目の前に、バスケットボールサイズの岩が降ってきた。緑の稲妻が怯んでスピードを緩めた隙に、俺はやつの前に回り込み、車体を横に向け、やつの前に立ちふさがった。やつもブレーキをかけ、お互いに道路へとどまった。何も言わずに、じっと俺たちは見つめあっていた。ヘルメット越しの緑の稲妻は、今どんな顔をしているのだろう。

 そして、これは、俺の勝ちでいいのだろうか。

「……わ、わたしは」

 かすれた声で、稲妻はしゃべり始めた。

「ず、ずっと、探して、い、た、とも、だ、ちを」

 稲妻はたどたどしく、しゃべり続ける。どうもうまくしゃべれないようだ。

「ででで、でも、お、ぼ、えてい、ることは、な、にも、なくて……いっこ、だけ、おぼえて、いた」

 一個だけ。緑の稲妻は、自分のまたがるハーレーに手を置いた。

「バ、イク……こい、つだけが、手掛かり、だった」

 緑の稲妻は、ゆっくりとヘルメットを脱いだ。

「ずい、ぶん前に、うちに、きてくれたね」

 ヘルメットの下の素顔は、サイクランド合田の、あの不気味な店員だった。ぎょろりとした瞳が、微かな光を携えながら、俺の目を見た。

「ずっと、さがし、てた。おい、かけてた。どこ、にいるかも、わか、らない、わた、しの、友達を」

 長く伸びた前髪を、そっと男はよけた。そこには山西の額に刻まれていた傷跡と、全く同じものがあった。

「そうか」

 俺はバイクから降りて、朦朧とした意識が覚醒するのを感じた。霧は少しずつ薄まって行き、ふもとの景色をほんのりうつし始めていた。

 昨日見つけたあの男。あの男の免許証には、こんな一文があった。

 発行日 平成四十五年。

 今よりはるか先の時代で発行されたものだった。

「なあ、あんた。友達を追いかけていたのか」

「そ、そう。な、名前も、なにも、わか、らない、けど」

「そうか」

 俺もヘルメットを脱ぎ、男を見た。

「俺もさ、探していたんだ。追いかけて、ここに来たんだ。なあ、これも何かの縁だ。よかったら、俺と一緒に走らないか?」

 その男の瞳は、まるで少年のようにきらきらと輝いていた。

 難しいことはよくわからない。けれど、お互い追いかけていたものを見つけたのだから、よかったんじゃないだろうか




                         おわり

個人的に一番つまらない話です。

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