甘雨
久しぶりの恵みの雨に湧く神坂のおやつ時。
特に、水抜きを始めた田んぼにいた蛙たちは、今日は昼間から張りきって鳴いている。
前方の山々は今日はその三分の一ほどが雲に隠れて見えていない。
雨雲は夕立のような立体感はなく、ただ山々にスッと布で被せたように平たく、柔らかな灰色をしている。
菜実と緋美はそんな山々を見ながら縁側でおやつのトウモロコシを食べていた。
茹でたトウモロコシは、ひときわ甘く、横に持って熱々を齧れば、こぼれんばかりに汁が溢れ出てくる。菜実はそのまま、緋美は塩を振って無言で食べ進める。
昔ながらの鎖樋から滴る雨水がトプトプと、土に窪みを作ってゆく音が聴こえている。
そこへ昼寝から覚めたのか玉恵がやってきた。
「緋ちゃん、菜っちゃん、濡れたら床が腐るで。窓閉めなきゃいけんよぉ」
「だっておばあちゃん、この家クーラーないんだもの。閉めたら暑いでしょ?」
「扇風機があるよぉ。」
「窓開けたほうがよっぽど涼しいよ。おばあちゃんの小さい頃は扇風機なくても閉めてたの?」
菜実はそこで少し苦い顔をした。隣で緋美が少し睨んでいる。
「そうさねぇ、おばぁの小さい頃は雑巾を窓辺に敷き詰めて、それで窓を開けてたねぇ。」
おばぁの小さい頃は、という単語は本田家では要注意である。すぐに玉恵の昔話が始まってしまうからだ。
「おばぁの小さい頃はねぇ、どこの家も夏の雨の日はそうしていてねぇ…降った雨はずうっと細い川みたいになって藤見原のほうまで流れていってねぇ…神坂では雨は良いもんを流してしまうから縁起が悪いんだけどねぇ、それがまた藤見原の祠の方に流れて行くもんだから…」
「あーあー…おばあちゃん。あ、そうそう!今度藤見原にショッピングモール作るみたいだね?」
緋美が話題を変えようと、新しい地域計画を口する。
しかし、それを聞いた玉恵は片眉をつりあげた。
「どぉして藤見原なんだろぉねぇ…!」
玉恵は少し怒ってるような口ぶりだ。
「さぁ?でもあの辺って、畑も田んぼもないただの雑木林でしょう?埋め立てる必要なくて木を切るだけでいいし、楽なんじゃない?」
緋美だって、噂として知っているだけなので
詳しいことは分からない。
「藤見原に畑も田んぼもないのはねぇ、あすこが魔を封じている場所だからよぉ!」
玉恵が雨音に負けじと言い放った。
今更ですが、ここで出てくる地名は実際あったりするようですが、全くの無関係です。
完全なるフィクションです!ご理解くださいm(_ _)m
あと、余談なのですが、トウモロコシのアイスを食べたことがあります。
砂糖は入っていたのでしょうが、本当に甘くて美味しかったです!