真姫 4
ひぐらしの声が村中にこだます夕暮れ時。
傾きかけた日差しは、それでもなおじりじりと熱の視線を送ってくる。
真姫は大きな荷物を抱えて玄関前に立っていた。庭先の砂利地には車が止まっている。 「帰りは荷物多いから、駅までは送っていきますよ」
と、香代が車の後ろを開けた。
「ねぇお母さん、わたしも乗ってく。」
菜実が言い、あたしも、と緋美も庭先に降りてきた。
それと同時に外に出ていた玉恵が、まだ土のついたままの野菜をどっさり抱えて帰ってきた。縁側から「よっこらせ」と言いながら家の中へ消えていき、すぐに新聞紙を持って戻ってきた。
その新聞紙に素早く野菜を包んでゆく。
真姫は急いで車に荷物を積み、玉恵の横に座る。その真姫の隣な菜実が座り、反対側に緋美が座った。
「それどうやって包んでるの?」
「適当よぉ。真姫ちゃんもやるけぇ?」
「うん、やる」
別にやりたかったわけではないが、なんとなくの手持ち無沙汰から真姫は新聞紙と野菜を手に取る。掴んだ野菜はとうもろこしだった。粒は大きく、つやつやとまるで真珠のように輝いている。取りたての鮮度に真姫は驚いた。
いつの間にか菜実がビニール袋を持ってきていて、トマトやキュウリを詰めていた。
「そのトマト、いつもここでしか見ない」
菜実の詰めていたトマトを見て真姫が言う。
色は真っ赤というよりは少し朱色をしている。形は球体ではなく楕円…人のあごがちょっと伸びたようなマヌケな形に真姫はクスリと笑いを漏らす。
「これね、あいこって言うのよ。スーパーとかでも売ってると思うけど…」
緋美がひとつ、トマトを放り上げながら説明する。
「へぇ。これ甘くて好きなの。」
「うちじゃあ育ててないけど、黄色のヤツもあるんよぉ」
自慢の野菜を褒められて、玉恵が嬉しそうに言った。
最後のとうもろこしを掴んだ途端、葉の間からクモが這い出てきた。
「きゃぁっ」と叫んで真姫はとうもろこしを隣の菜実にパスする。菜実は笑いながらクモを弾き飛ばした。
真姫は少し顔を引きつらせつつそれを見ていた。
「真姫、終わったわね。そろそろ出るわよ。家に着くの遅くなっちゃう。あら、なんで真姫と緋美ちゃん、同じ表情してるのよ」
クスクスと笑いながら清美が真姫を呼びに来た。
真姫は返事をしながら縁側を降りた。それに菜実、緋美が続く。
西陽に山は影のように黒く染まってゆく。その山からタァーン、と銃声が響いた。夜に村へと降りてくる動物たちへの威嚇射撃だ。
これからも続く神坂の日々に真姫はいない。変わることしかできない街に帰らなくてはならない。そのことが悲しくて真姫は泣きそうになる。いつ来ても、いつまでも、変わらないような気がする神坂でも緋美が高校生になったように、蛍が減っていっているように、確実にここも変わっているのだ。真姫も来年中学生なる。もしかしたらしばらくここへは来れなくなるかもしれない。また次来た時も神坂は神坂であってくれるだろうか。
涼しくなり始めた風に揺れる風鈴の音も、木々の触れ合う音も、風の匂いもこの景色も…忘れないように体すべてに取り込むように、真姫は深呼吸して車に乗り込んだ。