菜実 4
7月も終わりのとある午後。
チリチリと鳴る風鈴の音を聞きながらり菜実は座卓で、ここ2、3日溜め込んだ宿題を片付けていた。
しかし、昼食の後はどうしても眠くなってしまうのが人の性。やり始めてから30分、早くも菜実は、うつらうつらと船を漕ぎ始めていた。
と、そこにジリリリリという、けたたましい電話機の音が鳴り、菜実はガバリと顔を上げた。
本田家の電話機の音は、歳のせいで耳の遠い玉恵のために大きめに設定してある。
電話に出たのは香代らしかった。
ときおり廊下から、「まぁ!」とか「そうなんですか」という声が聞こえてくる。随分親しい間柄のようだ。
ほどなくして、電話は香代の
「それじゃその日に。ええ、菜実も緋美も喜ぶと思います」
という声とともに切れた。
香代が座卓へと向かってきた。
「菜実、来週からね、真姫ちゃんが来ることになったわよ。」
「本当?やったぁ!」
真姫というのは東京に住んでいる菜実たちの従姉妹だ。歳は菜実の2つ上の小学6年生なのだがお洒落で、神坂に来る時にはいつも東京で流行っている小物なんかを持って来てくれる。毎年増えてゆくそれらは、菜実たちの宝物になっている。
「ね、お母さん。真姫ちゃん来たらお寿司食べ行こうね。あと花火も!」
菜実が早くもそわそわしながら言った。
「ま、そりゃ1度くらいはね」
と香代が呆れていると、緋美が階段を降りてきた。
「なぁに母さん、さっきの電話。もしかして真姫ちゃん?」
「あんた良く分かったわね。そう、来週ね。あんた来週は学校あったっけ?」
緋美は、「あー、どうだっけ。たしか…」
と言いながら壁掛けのカレンダーの前に行く。
「あちゃ、午後からあるや。残念。でもじゃぁ早く帰るようにするから」
「あんたそれ本当ね?最近いつも帰りが遅いんだから。本当にいつも真っ直ぐ帰ってきてる?」
「嫌ね、母さん。終わりが遅いのよ」
菜実はニヤリと緋美を見る。部活帰りに駅前のファミリーレストランで友達と喋っていたと、菜実は友達から聞いたことがあった。
「菜っちゃんも緋ちゃんも、真姫ちゃん来る前によく宿題をやっとくんよぉ。真姫ちゃん来たら目一杯遊ぶんだろうからねぇ」
と、いつからいたのか昼寝をしていたはずの玉恵が後ろから言った。
朝早くから畑仕事をする玉恵にとっては昼寝は大事な休息の時間だ。それはどこの家の老人たちにも言えることで、皆が昼寝をしているのか、神坂の午後は非常に静かだ。
玉恵のその一言を聞いて、菜実は座卓に緋美は部屋に、それぞれそそくさと戻っていくのだった。