菜実 3
緋美が出て行き一段落ついた家は、急に静寂に包まれて、外の音がゆるゆると、吹く風に乗って入ってきた。
ジャキジャキと響くアブラゼミの声に、ときおり一際大きくミンミンゼミの鳴き声が混ざる。サワサワと森の木々の揺れる音と共に、ピィと鳴く何かの鳥の声が、夏の昼間の穏やかさを際立たせる。
小さくも透き通った風鈴の音が静かに時の過ぎるのを知らせてくれる。
「本っ当に、ああいう騒がしい所は緋美も菜実もそっくりだわ!」
昼食を終えて、一息ついた香代がわざとらしくそう言ったのが聞こえたが、菜実は知らんぷりでゴロリと縁側に寝そべった。
すると、その下から小さな何かの喋り声が聞こえたような気がして菜実はがバリと身を起こした。
ふいと横を向くと、隣で茶をすすっていた玉恵と目があう。耳の遠い玉恵に声が聞こえたかどうかは分からないが、玉恵は
「菜っちゃん、シィー。」
と、ニヤリと笑いながら言った。
二人は無言で頷きあい、縁側にはいつくばるようにしながらそっと下を覗き込んだ。
顔を動かして暗い隙間をキョロキョロと見回すと、右の奥でちかっと何かが光ったような気がした。
よく目を凝らして見てみると、それは鳥のようだったが、頭にお内裏様のようなえぼしをつけていた。
それが一瞬見えた後はすぐに何も見えなくなってしまったので、仕方なく菜実は体を起こした。
玉恵を起こすのを手伝っていると、台所にいた香代が戻ってきた。
「あれ!菜実、いったい何してたんだい?それにお義母さんまで…」
と、びっくりした声で訪ねてきたが、菜実は澄まし顔で
「お母さんには教えてあげなーい」
と言うと、玉恵はスカスカの歯をみせながら
「んだねぇ、菜っちゃんとおばぁの秘密だぁ」
と、笑った。
そうしていると、庭先から誰かがやってくるのが見えた。
神坂の家はほとんどが一軒家で、大きな庭を持っている。家と道、あるいは家と家の間に柵はなく、ご近所さんが自分のうちの庭先を道代わりに通ってゆくことは日常である。
「菜実ー、早く行こうー!」
そう呼んだのは遊びに行く予定をしていた幼馴染の美陽だった。
うん、と大きく返事をして、縁側に用意してあったサンダルをつっかけて縁側から庭に出る。
まだまだ長い、夏の午後。