菜実 2
菜実が階下へ戻ってみると、ちょうど香代が座卓に蕎麦を並べているところだった。
「えー、またお蕎麦?あたしもう飽きちゃった。」
「仕方ないでしょ。お中元なんだから。7月中はとうぶんこれよ。」
そういって今度は茗荷の乗った冷奴を並べてゆく。
「そぉは言っても、菜っちゃんは香代さんのお蕎麦好きでねぇか。」
祖母の玉恵が、縁側からよっこらしょと入ってきた。
「あらお義母さん、ちょうど良かった。今ご飯できましたよ。菜実、あんた緋美呼んで来て。もう食べるから。」
はいともふいとも聞こえる声で菜実はまた階段を登った。
「ねぇ、本当に見たんだってば。青っぽい着物だったかな?ちょっと太っててお腹でてたの!」
蕎麦をぞぞとすすりながら菜実は言った。
本田家の蕎麦つゆは香代の特製だ。神坂の家はそれぞれが昔ながらの、その家の味を持っている。本田家のつゆは鰹だしに昆布だしを少し足し、砂糖を使った少しとろみのついた甘めだ。そこに、村特産の山葵をお好みで入れて食べる。菜実はこの味がとても好きだ。
「あんたまたその話なの⁈いい加減にしなさいよ?」
あきれるよりも香代は少し怒っているようだった。香代はこの手の話が苦手らしい。昔からそんな反応を示す。
「バカね、菜実は。堺さんとこの通りはさ、瀬戸物屋の青い看板があるじゃない?きっとそれと間違えたのよ。」
フォローするように姉、緋美が言う。
「違うよ、そこはもう過ぎた所だった。
あれそういえば、お姉ちゃんなんで夏休みなのに制服着てるの?」
「午後から部活なのよ。お気楽小学生な菜実と違って高校生は忙しいのよー。あんたは今日も家でごろごろ?」
街の高校へ通う緋美は移動時間の関係で入学してから時間に追われるようになった。
「違うよ、今日は美陽と西の森まで行くの」
「あっそー。また変な虫捕まえてこないでよ?もう化け物見たって話も飽きたしね。」
ご馳走様、と緋美が席を立った。
「でも緋ちゃんだって小さい頃は、『赤いお目々の白くておっきなキツネみたいのがいるー』ってわぁわぁ言ってたんよぉ?」
と、からかうように玉恵が言った。
「うそよ、おばあちゃん。私そんなこと言ってないわ。」
「言ってただよぉ。それにおばぁも、小さい頃はそんな化け物、たくさん見てきたよぉ。」
と言って、玉恵はニヤリと笑った。
「え、本当?おばあちゃん!あたしその話聞きたいな!」
菜実がそれに食いつく。
緋美がふと時計を見るとバスの時刻が迫っていた。
「えっ、やだもうこんな時間⁈私行かなきゃ。あっ、いけない。友達に借りてた漫画返さなきゃ!」
そうしてドタバタと行ったり来たりしてようやく、じゃあ行ってきまぁす、と出て行った。