菜実 1
ひまわりの咲く季節。
手に持つボウルのヒンヤリとした感覚が気持ち良い。
その中でプルリと揺れる豆腐が面白かった。
こぼさないように気をつけながら少女は通りを一気に駆け抜けた。
「お母さんお母さん!大変っ!堺さんとこの通りにね、着物着たすごい大きな歩くネズミがいたの!」
開けっ放しのドアから少女、もとい菜実はドタバタと家の中へ入る。夏の日差しと真昼の熱気とを背負って汗だくになっていた体に、縁側から入る風が心地良い。
菜実の暮らす、本田家にはクーラーがない。それ以前に、本田家のある神坂村は役場くらいにしかクーラーのある場所が存在しない。
神坂村は山深い所にある小さな村だ。元はマタギたちの仮屋が立ち並んでいた場所だったと、菜実は学校で教わった。
「菜実、化け物だか何だか知らないけどおバカなこと言ってないで、早くそのお豆腐持って来て。」
「本当のことだもん。」
母、香代に豆腐を手渡しながら菜実は少しむくれる。
「はいはい。分かったからその汗だくの服、早く着替えてらっしゃいよ。そうしたらお昼にしましょ。」
はぁい、とこもった声をあげながら、着替えの為に菜実は2階へと上がっていった。