第7話
「どうしたの?」
出来上がったピザをテーブルに置き梓の隣に座る蒼空。そんな蒼空を梓は呆れたような顔で見ている。
「どうしたの? じゃなくて少しはこっちの話しにも興味持ったらどうなの?」
「今日は真にお礼の為にきてるだけだから」
「本当にマイペースというかなんと言うか……」
「それは自覚してる」
本当に自覚しているのだろう、その表情は真顔から揺るぐことはない。
そんな蒼空を見ている梓は溜息を一つ吐き諦めの表情である。
「まあ、いっか。それでこそ蒼空って感じだし……」
「そうね」
梓と蒼空の話しに聞くだけだった三人は苦笑いを浮かべるしかなかった。
この中では一番付き合いが長い梓が言うのだからその通りなのだろう。
「それで話しを戻すけど、何処で働いているの?」
自分で話しを脱線させて自分で戻すなんて忙しい限りだ。真はそんな顔をしている。それでも質問には答えないと一瞬で真面目な顔に戻し答える。
「働いているところはCOULEURってところで働いています」
「えっ!?」
「本当に!?」
七海と梓は不意打ちにあったような驚愕の表情を浮かべている。
二人がそんな顔になるのは仕方がない。
真が働いているクルールは俗にいうクラブである。それもいろんな意味で有名なところなのだ。
何が有名なのかというと、第一に、建物がかなりの大きさがあり三階建ての建物に収容人数は二千人がすっぽり入れるほどの大きさがある。
第二に、入場料の高さである。普通は安いところでは千円前後、高くても五千円も取られるところなどは数は少ないほうなのだが、クルールでは男性八千円、女性は六千円とかなり高額ななのだ。
実際のところ週末しか営業していないのだがほぼ満員に近い人数が毎週末集まっている。
第三に、まことしやかに囁かれている噂である。これがクルールを有名にしている一番のところではあるのだが、噂の内容としては他愛もない噂であるが若者にとっては希望の光に満ち溢れている噂である。
早い話がクルールでとあることをすると簡単に彼氏、彼女が作れるというものだ。そんな噂があるのだから若者は高い入場料を払ってでも行くのだからたかが噂などと馬鹿にはできないところだ。
そんな場所なので彼氏、彼女のいない者にとっては知らないはずがない場所なのである。
しかし、あることというのがあまり知られていないのも事実としてはなく、噂として広まってしまったのは致し方ないところだ。
そんな噂を信じているのであろう七海と梓の目は今日一番の輝きを帯びている。
「クルールってあのクルール?」
「ねえねえ、あの噂って本当なの?」
テーブルがなければすぐにでも真に迫ってきそうな勢いで七海と梓は興奮気味に真に尋ねている。それをすぐに感じ取った真は顔が引きっており呆れた笑みをするしかなかった。
そんな勢いに真は答える事ができない状況だったようで、真の代わりに慧が答えを示す。
「噂に関しては真は知らないよ」
「何で慧がそんなこと言い切れるのさ?」
「何でって……真が働いてるのほとんど入口のところばかりだから中の事なんてほとんどわからないんだよ」
「そうなの? 本当は知ってるんじゃないの?」
「……いや、知らないですよ」
「そうなんだ……」
疑り深い七海は再度真に問い直すが今度は何とか復活した真から答えに心から落ち込んでいるようだ。
この話しは真が働いていることを教えると大抵は同じような反応と落ち込みを見るのだが、ここまでのは初めて見るので真の罪悪感に捕らわれそうになる。
実際、本当は知っているのだがそのことを含めての口止めなので仕方ないところなのである。
「落ち込みすぎだろ七海」
「慧には私の切実さがわからないのよ!!」
「そうだろうなー」
勝ち誇った様子で七海を見ている慧。
今までの慧の人生としては順風満帆と言っても間違いはない。中学からであるがほとんどといっても過言ではないくらい彼女がいなかった時期はない。
ただし、期間が短いというところはあるのだが、それでもいなくなれば次といった感じでいつの間にかできているのだから不思議でならない。
実際、話しだけを聞くだけでは何もしなくてもできているように聞こえるが、それは違う。影ながらしっかりと頑張るところは頑張っている結果。慧の名誉の為に付け加えておこう。
しかし、他人から見ればいつの間にかできているのだからそう見られても仕方がないところではある。
「何かムカつく……」
慧の勝ち誇った顔を見てあからさまに嫌そうな顔で愚痴をこぼす七海。
とはいえ、事実は覆ることはないし、文句を言ったとしても負けるのは目に見えているのでこれ以上の反抗は諦めたようだ。
「それはしょうがないだろう」
「それはわかってるけど……そんな顔する必要ないでしょう」
「いや、なんとなく嬉しくてなぁ」
「……」
苦笑いを浮かべるしかない慧。梓も呆れた顔で見ている。
沈黙が続きなんとなく物憂げな雰囲気が流れる中、ここに空気が読まない人がいる。
「クルールって何?」
それは蒼空だ。本当に知らないのであろう首を傾げ真顔で全員に顔を向ける。
そんな蒼空の質問に全員意外そうな顔をしている。
それもそのはず、この街に住んでいるのであればクルールを知らないはずはないほどの有名な場所なのだ。
噂だけの有名性ではなく、その建物が建っている立地も有名な場所で、街の要所がかたまっていあり、交通の要所でもあるところなのだ。
全国的にも有名でありたびたびテレビなどでも取り上げられるほど。
そんなクルールを知らない蒼空を見る目が意外なのも納得するところであろう。
「もしかして知らないの蒼空!?」
「……そうだけどなんかまずかったの?」
梓の勢いに多少の後ずさりをしたものの顔の表情はあまり
変化はなかった。
「まずくはないけど……本当に知らないの?」
「うん」
「……」
完全に呆れて言葉も出なくなる梓。他の三人も呆れ顔になっていた。
そんな中で一番に立ち直った慧が蒼空に簡単ではあるが説明をすることになった。
その説明をものめずらしそうに聞いている蒼空。内容を聞くたびに興味が湧いてきたのだろうかかなり真剣に耳を傾けている。
まるで無邪気な子供のように目を輝かせているが、顔は真顔
だったりする。
その様子を見ていた真、七海と梓は微笑ましそうに眺めている。
そろそろ説明が終りそうなところで説明をしている慧に疑問を投げかけてきた。
「なんとなくわかってきたけど……そんなところに行って
何が楽しいの?」
「……」
蒼空の意外な質問に言葉が出てこなくなる慧。
まあ、こればかりは価値観の違いなのですぐには答えられないであろう。
世の中の誰もが同じものに対して喜んだり悲しんだりするわけではなく人それぞれであり、それが個性として繋がる。
共感できないものがあっても不思議ではないであろう。
しかし、それを説明するとなると簡単にしようと思えばすぐにできるが、それをしてしまうと目を輝かせて聞いていた蒼空の興味がなくなるのを恐れた。
なぜかというと、それは真の為である。
実のところ今日、真の家に行くのはやめようと思っていたのだが、半分は本当に大丈夫なのか心配して、そしてもう一つは蒼空に興味を持ったからである。
興味といっても恋愛とかも興味ではなく、人として興味を持ったのだ。
なぜかというと、いつもの状況とは違い真の様子がおかしかったということに他ならない。
話しを聞いた限りではあるが、家に、それも二人っきりになるような状況を承認してしまうなど今までの真ならありえないことで、なおかつそのことに対して真自身があまり嫌そうにしていないというのが信じられなかった。
実際、慧のが見た限り忌避している様子は感じられず、どちらかと言うと好印象を持っているように見えていた。
これならば、真の母親に頼まれていたことを叶えられるのではないかと期待しており、その対象である蒼空を軽んじるのは今の
慧にはできないことだ。
思案顔でうなっている慧を尻目に、蒼空は今か今かと待ち侘びている。そんなところに意外なところから蒼空に回答をもたらす。
「楽しく感じるのは人それぞれなんだから難しく考えないほうがいいんじゃない?」
気軽な笑顔で蒼空に話す真。その言葉を聞いた慧は思考するのをやめ驚愕の表情で真を見つめている。
「……それもそうね」
納得したのであろう、蒼空は真の話に頷き同意している。
「それにわからないなら自分自身で行くのが一番だよ」
「わかったわ。今度行ってみる事にするわ」
「まあ、来るときは待ってるよ。入口だけだけどね」
軽い笑みを携え真と話す蒼空。
真と蒼空が話しているのを横目で見ている慧は未だに固まっていた。ここまで積極的に話しているのはなかなか見ることがないからだ。
そして、実のところ慧意外にも固まっている人間がこの部屋にもう一人いた。梓である。
「そのときはお願いするわ」
「わかった」
「ちょ、ちょっと、待って蒼空……」
何とか回復したのであろう、いや、まだ言葉が若干どもっている梓。それ以上の言葉が続かなかったのか黙ってしまう。
「どうしたの梓?」
「い、いや、どうしたのって……真君と話すときなんか楽しそうに話してるからどうしたのかと思って……」
「そう?」
「そうだよ!! それに真君も!! なんか普通に話してるし」
「そう言われればそうね」
梓の言ったことに七海も思い出したように同意してくる。
真の顔はしまったといわんばかりの顔になってしまう。
「私と七海には何で敬語っぽい話し方してるのに何で蒼空には普通に話しているの?」
「それは私が頼んだから」
慌てた様子で何か言おうとしていた真だったが蒼空に先に言われてしまい言葉を発することはなかった。
「そうなんだ。けど、どうしてそんな事蒼空は頼んだの?」
「助けてもらった上に敬語で話されると居心地が悪い」
「それもそうだね」
「それわかるかもー」
梓と七海も蒼空の言ってることに納得して、若干大袈裟ではないのかと言えそうなほど頷いている。
「蒼空に普通に話してるんだったら私にも
普通に話してもらえないかな?」
「私も、私も」
笑顔で聞いてくる梓とそれに乗っかる形の七海。そんな二人を見て真は溜息を一つ吐き了承することにするのであった。
食事も終わりのんびりとした時間を過ごしていたが、時間も遅くなってきたので解散することになり、七海、梓、蒼空は帰っていった。蒼空は片付けまですると言って残ろうとしていたのだがそれは真の説得によりなくなり諦めた帰った。
部屋には真と慧だけが残っており、真は台所で使用した食器などを洗っていた。慧は座ってテレビを見ているようだ。
何で慧が残ったのか予想はしているようで、あえて真の方からは話しかけず慧が話すのを待っているようだった。
洗物を終え、ベットに腰掛けると待っていたかのように慧が話しかけてきた。
「ちょっと聞いていいか真?」
「駄目だ! って言っても聞く気だろ?」
「間違ってはいないな……」
確信を持って言われているのがわかっているのであろう、慧は苦虫を噛み潰したような表情で真を見ている。
真も真で、慧のそんな顔を見て満足したのかかなり嬉しそうだった。
「それで何よ?」
「聞かなくても俺が何を言おうとしてるのかわかってるんだろ?」
「……そうだな」
もう慧とは長い付き合いだし、今日の状況で聞くことなんて限られているのでわかっている真。
しかし、わかっていると言っても大まかな内容はわかっていても答えられる解を持っていないというのもあるのだ。
深く突っ込まれると答えられないことも出てくるかもしれない。
だが、慧はそれ以上は何も言わなくなり真が話すのを待っているようだ。
ある程度の考えが纏まってきたところで真がぽつぽつ話し出す。
「出会ったのは全くの偶然。普通におまえが来るって事で買い物を行った途中で現場に遭遇しただけだし、絡んでいた男達が逃げたのも全く予想していなかったからな。何で家に来ることを許したのか俺にもはっきりとしてないから今の時点ではなんとも言えないところだぞ」
「それでも、やっぱりおかしいだろ。中学や高校のときから基本的におまえの実家には女の子は入れたことなんてなかっただろ? ましてや今は一人暮らしなんだからリスクとしてはかなり高いことをしてることに自覚はあるのか?」
「……自覚はしてるさ。それでもなぜかはわかっていないんだから答えようがないな。けど昔に家に入れなかったことはなんとなくわかったような気がするけどな」
「へーっ。じゃあ答えてもらおうかな」
「一番の理由としてはやっぱり姉さん達の存在じゃないかな。今日来た三人を部屋に入れてみてそれは一番感じられる感情だったと思うわ。人様に俺の姉さん達紹介するのはちょっとな……」
「あーっ。それはわかるかも」
三人の姉達を語るときはいつも嫌々な顔で話すのが特徴なのだが、今日は苦笑いだけに留まったようだ。慧も真の話しを苦笑いで納得している。
なぜ紹介したくないのかはこの二人にははっきりとわかっているようだ。
「それがあったから実家には誰も入れなかったんだと思う。けど、それがなかったとしても入れてなかったんじゃないかなとも思うんだよな」
「まあ、おまえの場合は何かあったら大問題だからな。そうなると余計に今日の事がわからなくなるんだよな。それに、七海や梓には最後のほうでもまだ慣れてないようなぎこちなさはあったけど、蒼空に関してはやけになれている感じには見えたからな」
「そうだったか?」
「ああ」
「……そうか」
「もしかしてだけどおまえのその眼の力が何か関係しているのかもな」
「それはないだろう。実際、何も起こっていないしそれにこの力が発動したとしたら俺は普通に気絶してるはずだぞ」
「俺が言いたいのはそういう事じゃなくて、おまえの体にも何らかの変化があったんじゃないかってことを言いたいのよ」
「もっとそれはないだろう。俺としては何も変化を感じてないし、調べてた一週間だって特に何もなかったんだから」
「けど、俺達が調べたのって一週間って言うけど、言い換えれば一週間しか調べてないんだぜ。それだけで全部がわかるとは
俺は思わないけどな……」
「……」
慧の話しに絶句してしまう真。
言われてみればその通りなのだ。真達が眼の力の事を知ってから未だに一週間ほどしかたっていないのだ。その力を全て知ろうとすれば普通に考えればもっと膨大な時間がかかってもおかしくはなかった。
それをたったの一週間でわかった気になっていたのだから無能といわれても言い返せないだろう。
そんなことを今更ながら思い至った真は恥じて顔を震わせている。
「とりあえず、徐々に調べていくしかないかぁ」
真の様子を見て慰めるように言葉をかける慧。
慧の気遣いを感じ取ったのか真は顔を一変させ嬉しそうな
顔で頷いている。
「まっ、ゆっくりいこうぜ」
慧は立ち上がり冷蔵庫からお酒の缶をとりだしテーブルに置く。二人とも何を言わず缶を開け飲みだす真と慧。
二人とも心地よいのか笑顔で飲んでいる。その目は何か会話をしているようだ。
飲んでいる間は静謐なひと時だ。
飲み終わった缶をテーブルに置き、またもや無言の空間で静かに時間がすぎていく。
どのぐらい時間がたっただろうか、慧が独り言を言うかのようにぽつりとありえないことを喋りだした。
「なあ? 今度二人でどこかに出かけてみればいいんじゃないか?」
「はっ?」
「だから、蒼空ちゃんと二人で出かけてみればいいんじゃないかって」
「急に何を言い出すのよ?」
「いや、おまえは自分の気持ちに自身がもててないわけなんだろ? 元々今日は二人で過ごす予定だったのに俺達がきて邪魔しちゃったみたいだから二人きりになれば何かわかるんじゃないかと思ってさ……。それにおまえの力を解く何かの切欠になるんじゃないかと考えたんだけど、どうだ?」
「……」
慧の言葉に何もいえなくなってしまう真。
その顔にはありありと苦虫を噛み潰した顔が広がっている。
俯き何かを考え込んでいるようだ。
そんな真の顔を見ている真はニヤニヤと悪いことを企んでいるような顔をしていた。まあ、実際悪いことを考えているのだが。
「まあ、いきなり二人っきりって言うのはきついと思うから、何人かで集まって遊びにいくか?」
「……」
慧は話しを続けているが真は未だに何も言葉を発しない。ひたすらにただ押し黙っているだけだ。
「真? 真君? まーこーと?」
「……」
未だに話すことがない真を不思議に思い何度も問いかけるが反応がない。
俯いている真の顔を覗き込むように見てみると真は青ざめた顔で放心状態になっていた。
慧は苦笑いを浮かべ真の肩を掴み揺すってみる。
ちょっと強めに揺すってみるがなかなか現実に戻ってこない。
これは少し言い過ぎたかなと思い今度は頬を叩いてみる。
流石に痛かったのか真は、顔の血色が戻り顔を上げて文句を言い出した。
「なにすんだよ!!」
「悪い……。けど、揺すっても反応なかったからついな」
「おまえが変な事言うからだろ!?」
「変なことでは無いと思うけどなぁ」
「いや! 変なことだ!! 大体二人でどこかに出かけるとか意味がわからんわ! 明らかに俺の古傷えぐろうとしてるだろ!!」
「お、落ち着けって。別にえぐろうとはしてないって。まあ、結果的にそうなってしまうのは否めないけど、そこを乗り越えないとおまえの力はどうすることもできないと思うけど……」
「……」
またもや押し黙ってしまう真。
「それに、蒼空ちゃんと家に来るときは二人っきりだったんだろ? そこで何も問題なかったんなら大丈夫だと思うけど」
「……言われてみれば大丈夫だったな……」
急に思い出したように驚愕の表情で慧に聞こえるか聞こえないかの声で呟いた。
そして、自分の身体の隅々を不思議そうな目で見渡している。
「話しは戻すけどよ、どうする?」
「どうするとはどういうことだ?」
「だから出かけてみるかってこと? やってみる価値はあると思うけど」
「急にそんなこと言われても……」
「まあ、そうだろうな。すぐに決められるとは思ってはないから頭の片隅にでも覚えておいてくれ」
「…………わかった」
真の答えに納得したのか笑顔浮かべると立ち上がり帰り支度を始める。
「そろそろ、帰るわ」
「ああ」
玄関に向かいひらひらと手を振りながら出て行く慧を見送る真。
その後姿をどうしていいかわからないような顔で見送るしかなかったのであった。
真のマンションの外から真の部屋を眺めている慧。その顔には嬉しさとも哀しさとも取れるような表情がまざまざと読み取れるようだ。
ひと時眺め終わると、視線を行くべき方向に向け歩き出したいく。
ある程度歩き出したところで慧は携帯を取り出しどこかに電話をする。
「もしもし、慧です」
「――――――」
「はい、そうですね。もしかしたらあの件が何とかなるかもしれません」
「――――――」
「いやー、まだ確証は持てないんですけどもしかしたらって感じです」
「――――――」
「落ち着いてください。あくまで可能性ですから……」
「――――――」
「そうですね。はい。また何かありましたら連絡します」
「――――――」
「はい。それでわ」
電話の通話を切り大きく息を吐き出す。
その表情はどこかホッとしたような感じだ。それは自分でもわかっているのであろう頭を振って気分をリセットさせる。
「ふうー。どうしたもんかねぇ……」
また、大きく息を吐き立ち止まると暗くなった空を見上げる慧。空には雲ひとつなく星空が広がっていた。
星空を眺めていると気分が洗われるのか、体を伸ばし笑顔で
見上げている。
そんななか通路の影から一人、姿を現し慧のほうに歩み寄ってくる。
そのことをわかっていたのか近づいてくる人を見ても普通に動じていないようであった。
「なんだ? まだ帰ってなかったのか?」
「帰る途中だったのよ」
「そうか……」
そう言うと再度歩き出す慧。現れた人物など気にも留めずさっさと先に歩いていってしまう。
「ちょっと。置いてかないでよー」
現れた人物は文句を言いながら小走りで慧の後を追いかける。
文句を聞いても慧の歩く速度は変わらない。いや、むしろ速度は上がっているようだ。
「なんで速度あげるのさー?」
何も答えず慧はただひたすらに歩き続けるだけだ。文句などまるで気にせずに。
その横まで近づいてて並ぶと小走りはやめて慧と速度を同じくして歩き出す。
そのまま何も会話がなくなりひたすら無言で歩き続ける二人。
街灯に照らされている道を歩き、次第に人通りも多くなってきている。賑やかな街並みになってきておりちょっとした商店街になっているようなところをわき目も振らず歩く。
商店街を通り過ぎふとあることにとある人物は気がつく。
「あんたの家こっちじゃないでしょ? 何処行くの?」
「おまえを送ってやるんだよ。こんな遅い時間に一人で帰らせるわけにはいかないだろ」
「優しいんだね慧」
「うるさい。黙って付いて来い」
笑顔でに黙って慧についていく。その足取りは軽やかでスキップでもしそうなほど嬉しそうに感じる。
十分ぐらい歩いたのであろうか、とある家の前まで来て歩みを止める。
その外観はごくごく普通の一軒家で、二階建てで壁は白いタイル張りで、俯瞰的に見れば長方形の形をしている。
玄関の前まで送り届けるとすぐに帰ろうとする慧を呼び止める。
「送ってくれてありがとう慧」
「ああ、気にするな」
「帰る前に一つ教えて?」
「なんだ?」
「結局、どうすることになったの?」
「それは明日にでも連絡するわ。とりあえず今日は疲れたから帰るわ」
「わかった。じゃあ、明日連絡待ってるね」
「ああ、じゃあな七海」
そう言うと真の家から出て行くときと同じように後姿のまま手を振り帰っていくのであった。
お読みいただきありがとうございます