家事は火事になる。
「ユウリ、早く起きなさい!」
……返事はない。
ドン・ドン・ドン
階段を上がる。
コン・コン
ユウリの部屋のドアにノックする。
「はいるわよ?いいわね」
ガチャ……と勝手にドアを開けようとした瞬間!!!
「ふざけんな!ババァ!勝手に入るなよ!入ったらぶっ殺す!!!」
ユウリの暴言が私の元へとんでくる。
これはわが家の毎朝の一場面。毎朝必ず暴言とんでくる。不良息子から……
私は『松木 美和子』ごく普通の専業主婦。
スーパーでのパートは大体AM9:00からPM10:00くらいまで。料理もすれば洗濯もする。
家事はきちんとこなしているつもりでいる。
そう。実に普通の主婦。
ウチの息子『松木 裕吏』は小学4年生のころ、
私がユウリのサッカーの試合を仕事のため見に行かなかったことからポイ捨て、夜遅くの帰宅、万引き、ゲームセンターへの行き来をするようになった。
何度も注意した。でも注意すればするほどユウリの態度は悪くなっていくばかり。
だから私は必要なとき以外ユウリとは口をきかない。
――ガタガタ…
階段を下りてくる音が聞こえてきた。
「おい!ババァ!ちゃんと起こせ!今何時だかわかってんのか?クソババァ!死ね!」
いきなりの暴言。きっとこの瞬間で今日ユウリと話すのは最後だろう。
「え……?アタシ……起こしたわよ?」
「うっせ!死ね!しゃべんなキモい!」
……ユウリとの会話が終了した。ユウリは学校へ行かなければいけないはずの時間なのになぜか金をもって、私服で家をでた。でも行く場所は知っていた。不良仲間と…ゲームセンター。
「ゲームセンターなら早く起きる必要ないじゃない!」
そう呟いた。
私はパートへ向かう。自転車で……途中ユウリが友達の家に寄っているのを見たが
目をそらす。見つかったら私が襲われてしまうかもしれないから。
ユウリはカツアゲで警察につかまったこともあるから、私がいつ襲われるのか分からない。だからとっても……怖い。
私の夫は…もう5日は見ていない。というより、見たくはない。
夫は確実に浮気をしている。バレバレだ。女の化粧品で汚れたスーツを見れば一目瞭然。
ユウリが不良なのを知っていながらユウリの世話は私にまかせっきり。
何度だって嫌になった。ユウリを置いて消えてしまおうと思ったことだって1度や2度じゃない。
でもそんなことするわけにはいかない。ユウリをこんなにしてしまったのは自分自身だから。
私の働くスーパーは全国チェーンのスーパーで、
家ではババァ呼ばわりされる悲しいお母さん達が働いている。
休憩時間は世間話で盛り上がる。もちろん私も。そしてこの時間が一日で一番落ち着く、楽しい時間だ。
皆それぞれ不良息子・不良娘をもったり、夫が浮気していたり、家族が崩壊しかけている。だから私も溶け込みやすい。
パートが終ると、また暗い家へ帰る。「夫は浮気相手とべつのベッドで寝ているのだろうか」そう思いながら新婚のころ買ったダブルベッドへ入り込む。
「息子はゲームセンターにいるのだろうか、未成年のくせに友達の家でタバコでも吸っているのだろうか。」
そう思いながら目を閉じる。
私の一日が終る。結局「家族」というものの温もりを感じず夢の中へと入っていく。
――もちろん朝起きればいつものユウリの暴言が私の元へとぶ。
『腹痛めて、苦労して生んでやった親になんつう口きいてんだ!』
と言ってやりたいが……怖い。ユウリになにされるかわからないから。
毎朝起こす。それだけを確実に行っていればユウリには襲われない。暴言は吐かれるが……
ブーッブーッ
夫のケータイのバイブ音がなっている。クーラーのきいたビルの中でパソコンに目を向ける仕事なのにケータイを忘れていった。
私は……なんのためらいもなく夫のケータイを手に取る。
メールが来ている。【未読メール1通】
その文字が怪しげに見える。
そして……私はメールを見る。
―――相手は仕事仲間でもなければ上司でもない。女だ。
『拓光さん昨日はとーっても素敵なレシュトランありがとーごじゃいました!そしてアノ後も一緒にいれてとーっても楽しかったです! ナナ』
ブリッコな女からのメール。なにが「ごじゃいました」だ!
拓光というのはウチの夫。エロオヤジ。
でも浮気をされていても相手の女にジェラシーを感じたりはしない。あんな男だから。
数分経って『ブーッブーッ』
再びメールがきた。朝からすごい量のメールだ。私のケータイの受信フォルダはスッカラカンなのに……
もちろん見る。ためらいもなく。
『拓光さーん!愛してるのってホントに奈緒だけ…?早く合ってよー奈緒寂しいよー!奈緒は拓光さんだけが好きだからね!臭い奥さんに飽きたらすぐ別れてくれるんだよね?待ってるからネ 奈緒』
なんと……浮気で二股をかけていた。
しかも私のことを「臭い奥さん」と言っているらしい。
大体こんな若そうな子が加齢臭のする中年男一筋なんてありえるわけがない。
それなのになぜウチのバカ夫は本気になっているのだろうか。どうせ飽きられたら捨てられるのがオチなのに……
私の生活にドラマのような場面はない。崩壊した家族をもつだけ。そこからなにかが起こって家族が信頼しあう。なんてことはありそうもない。
でも良い方向へ向かうこともないが悪い方向へもそうそう向かわない。
夫が酔って私に暴力を振るうこともないし、息子だって家から金を持ち出したりはしない。
今ドキ家族の崩壊なんてあたりまえなのだろうか。
ダレも家を変な目で見たりはしないし、ご近所ミンナ優しい。
私だって十分普通に生きている。カップめんは食べず栄養のある料理だってつくる。
本当に普通な生活だ。
―――でもなぜだろう……
でもなぜ、家では笑えないのだろう。
すべてが面白くなくなってしまう。大好きな芸人も、感動するはずのドラマも。
全てに対してしらけてる自分がいる。
ときどきものすごく悲しくなる。ちょっと家族が崩壊しているだけなのに……すごく、悲しくなるときがある。
パートに出ればそんなこと忘れてしまうのに……
《誰もいない家は寂しい》
この気持ちが私を襲ってくることがたまにある。
―――――3年後
夫が突然言い出した。彼が浮気をしてから初めて。
「なぁ……ミワコ。これ、よろしく。」
彼は、離婚届をもってきた。
夫の名前を書く欄には「松木 拓光」としっかり書かれている。
「え、どういうこと……」
こんなヤツとは離婚してもいい。と思っていたがいざとなると急に胸が苦しくなった。
「オレ、結婚したい人ができた。」
「ふーん……どっち?」
「どっち?って…どういうことだ…」
「ナナさん?奈緒さん?」
「なんでそれ…知ってんだよ」
「あんたのケータイ見たから」
このとき私は既に旦那だと認識しないうえでの発言だった。
「そっか。まぁもうオマエに見られたところでナニを怒るわけでもない。結婚するのはナナのほうだ。皆原 南菜。」
「ふーん」
そういい私は妻の名前を書く欄に「松木 美和子」と書き、ハンコをおした。
終った、私の家族は。更に寂しさは増した。この家には私と……不良息子しかいない。
私はユウリが家を出て行くことを確認した。
そして……
家中にバラマイタ。灯油を。
ジュポッ!
ライターの音がシーンとした部屋の中で響き渡る。
カタッ……
ライターが灯油をまいた部屋に落ちた。
メラメラと、ジワジワと、燃える。
木のテーブルから燃える。食器棚の木の部分が燃える。ガラスは残った。
私自身まだ死ねない。コンロの火をつける、そこに灯油を注ぐ……
わが家は一気に火の中へ消えた。
暗く、寂しい家は火の中へ消えた。
これが幸せなのだ。そう思いながら
家族写真を破いた。そして……私は目を瞑った。
下手な作品ですがどうぞ評価よろしくお願いいたします。