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小包を開くと中に一通の手紙と小説が入っていた。


小説はヘミングウェイの『誰がために鐘は鳴る』だった。


僕は松原さんからの手紙の封を開く。


『拝啓、宮内良太君。お元気ですか?神戸の街は、まだまだ震災の爪痕が

生々しく残ってはいますが少しずつですが、落ち着きを取り戻しはじめています。

君をあの場所で保護した事は正しい判断でした。あの地区は震災の影響が

もっとも酷く、歩くだけでも怪我をする恐れが今でも充分有り得ます。

本当はこの手紙を送る事を最後まで悩みました。

君の探していた谷本希さんですが、やっと見つける事が出来ました。

君を見送って二日後です。彼女は大事そうにこの本を抱えたままで、

建物の下から見つかりました。見つけた時には辛うじて意識はあったのですが、

残念ながら彼女を助ける事が出来ませんでした。

本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです。』


そこまで読むと僕はもう一度、希ちゃんからの手紙を見た。


消印は1月16日だった。


涙が一気に溢れ出した。希ちゃんはもういない。


僕は今までこんなにも、泣いた事が無い位に泣いた。


『希ちゃん、こっちに帰ってくるんじゃなかったのかよ…。』


震えるこぶしで机を叩く。


『看護師さんになるんじゃなかったのかよ…。』


涙は全く止まらなかった。


ベッドの中に潜り、僕は一時間かけて身体を震わせて


声も出さずに泣いた。


そして数年分の涙を流し終えた時に、やっと手紙の続きを読む事が出来た。


『もう少し早く、彼女を救う事が出来たのならば助けられたのかもしれない。

それが出来なかった事にレスキュー隊として私は悔しくてたまらなかった。

君にこの真実を伝える事を最後まで悩んだ末、君との約束を果たす為に

今回手紙を書きました。そして一緒に送った本は彼女を救出した際に大事そうに

胸に抱えていた本です。彼女が君に渡してほしいと言っていた本です。

最後に改めてお詫び申し上げます。すまなかった…。敬具』


手紙を最後まで読み終えた後、僕の中で全てが夢のように思えた。


現実を受け入れる事を何度も何度も拒絶した。


希ちゃんがもういないなんて…。


簡単に受け入れる事が出来るはずもない。


僕は一緒に送られてきたヘミングウェイの小説、


『誰がために鐘は鳴る』を開いてみた。


栞の替わりに一枚の紙切れが挟んであった。


その栞の役目を果たしていたのは、


あの夏の日、最後に希ちゃんと言葉を交わした日、


お互いの夢を話した日、一緒に乗った観覧車の


半券が栞の替わりをしていた。


その栞を見た時に僕は全身の力が抜け落ちた。


僕は今でも、その後の記憶をあまり覚えていない。


あの後、泣き疲れていつ寝てしまったのか、


ご飯は食べたのだろうか、お風呂には入ったのだろうか、


全ての記憶が曖昧で欠落している。それほどショックが大きかった。


ただ現実が目の前にある『誰がために鐘はなる』と


栞の役割を果たしている観覧車の半券が全てを物語っている。

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