旅立ち
爽やかな朝日、すがすがしい空気とは真逆の心の滓に、少年は苦笑を浮かべる。
帰るべき場所を無くしし、行き先には当てがない。
道なりに足を進める。
街に、いってみようか。
何とはなしにそう思う。
数えるほどしか行ったことは無いが、その賑わいだけは鮮明に覚えている。
あれだけ人がいるんだ、なにかしら仕事が見つかるかもしれない。
それに道は、人の集まるところへ続くものだ。
街までの距離は2時間ほど。
疲れたきった体のことを考えても、昼前には到着できそうだ。
ただ、道だけを見て足を進める。
前を見るには望みが無く、後ろには未練しかない。
思うのは、最後に少女が笑みを浮かべていた所だ。
ああ、なんて純粋に彼女は笑えるんだろう。
少年は羨望をこめて、その笑顔をみていたことを思い出す。
それにくらべて、この顔に張り付いた笑みのなんたる賎しさか。
「シズナに、お別れいえなかったな」
そんな呟きが、薄い笑みの下からもれる。。
少年は知らずの内に、涙をこぼしていた。
軽薄な笑みに強張る頬を、熱い雫が流れ落ちる。
道はいつしか上り坂が終わり、峠へと差し掛かる。
そこで少年は初めて振り返った。
そこからなら、村が一望できた。
畑に、牧場、製材所に製粉所。それに小さな家の数々
かつて見たその光景は、すっかり変わってしまっていた。
燃え、崩れ、荒れる。
それは紛れも無く、昨晩の獣人の仕業だ。
ああ、と笑みの中で少年は嘆く。
この腰に下がる一振りの刀が、なんと重いことかと。
そして、握り、振られる刀の軽さを。
少年ははっきりと自覚する。
あの時、獣人を狩ることに愉悦を覚えていたことに。
手応えも軽く、絶たれる骨。
返り血の熱さ。
生命が散らり逝く間際の、最後の震え。
どれもが心を躍らせた。
一振りごとに、刀は手に馴染んでいく。
その度に、醜悪な獣人が倒れていく。
死を振り撒く事が、こんなにも簡単で、残酷で、楽しいことだったなんて。
少年はため息とも吐息ともつかないものを、枯れた笑みからもらす。
心も体も共に、疲れは限界に来ていた。
すこしやすもう。
少年は木陰に腰を落ち着けるとまどろみの底へと沈んでいった。
太陽が動き、影が逃げる。
日差しが瞼に入り、少年は目を覚ました。
思ったより時間が経ったみたいだ。
少年は身じろぎ、体にかかる重さに気がつく。
「ミズナ!? なんでここに!!」
そこには二度と会えぬと思っていた少女が、あどけない寝顔でリュートに身を預けていた姿があった。
「ん…、おはよ。リュート」
少女はのんきな欠伸をすると、大きく体を伸ばし、勢いよく立ち上がる。
「いつまでもこんな所で寝てたら、風邪引くよ」
自分のことを棚にあげての早速の小言に、リュートは笑みで返す。
「さよならを、言ってなかったね」
少年の言葉に、少女は首を横に振る。
「そんな台詞を聞きに来たんじゃないわ」
少年は言葉につまり、仕方なく笑った。
ああ。と少女は思う。
私はどうしようもなく、この少年の笑う顔が好きなんだと。
それと同じくらい、この作られた笑顔が嫌いで。
「私、ついて行くから」
きっぱりと宣言する。
「ダメだっ!!」
それは少女のはじめて見る、少年の慟哭。
崩れかけた仮面の奥に覗く、さまざまな感情の混ざった歪んだ笑み。
「一緒にいたら、いつかこの刀は……、僕はミズナを殺す」
「いつかの別れより、私は今リュートと別れる方が嫌だよ」
「僕は、殺したくない」
「それは、悲しいから? それなら私はリュートに殺してほしい」
少女は少年をまっすぐに見つめる。
「私を殺して貴方が泣いてくれるのなら、それは私の本望よ」
少女の差し出した手を、少年は震える手で握り返す。
そこには、喜びから生まれた希望と、希望が示す絶望が浮かんでいた。




