刃の目覚め
その夜、緑の満月が不吉の門を開けた。
突然の咆哮に、リュートは飛び起きる。
深夜だというのに、辺りが異様に騒がしい。
部屋を飛び出たところでミズナと出くわす。
「リュート、何があったの?!」
「わからない。外を見てくるよ」
互いに状況が飲み込めていないのを確認しあうと、リュートはミズナに村長を任せて外に飛び出した。
村が赤く燃えていた。
火事、という考えが野蛮な咆哮と悲鳴によって掻き消える。
何かに襲われているんだ、とリュートは直感で判断した。
「ミズナ、隠れてて!」
それだけを告げると、少年は村に向かって駆け出す。
しばらくも進まないうちに、リュートは獣じみた異様な風体の人物が、粗末な槍で村人を突き殺すのを目撃した。
獣人、と村長の家で読んだ書物に書いてあった事をを思い出す。
緑の月を信奉する、人に似て人為らざる化け物。
獣と人の合いの子。
人類の天敵。
獣人はくぐもった笑いを浮かべると、新たなる犠牲者を探し始める。
少年の決断は迅速だった。
静かに、しかし足早に家へと踵を返す。
だが、そのわずかな動きを獣じみた感覚で察知した獣人が、恐ろしい絶叫を上げながら追いかける。
まずい、このまま家には戻れない。
リュートは必死に辺りに目をやり、何か使えそうなものがないか探す。
後ろからは野蛮な息遣いと足音が迫る。
武器になりそうなものは、古びた六尺棒ぐらいだ。
暗然たる気持ちでそれを拾うと、せめて獣人を家から離すべく、リュートは裏道に走りこんだ。
周囲は深い森、わずかに開けた小道が続く先は古い社。
追い詰められた、という考えを少年は振り払う。
ミズナたちを守るために、ここに誘い込んだんだと。
ついに逃げ場所がなくなった。
リュートは社を背に、六尺棒をぎこちなく構える。
歩みを止めた少年に、獣人が逆手に構えた槍を力任せに突く。
早いが、荒っぽい一撃だ。
振り回した六尺棒が運よく槍にあたり、それをそらす。
六尺棒、言ってみればただの長い棒ではあるが、技術があるものが使えばそれは恐ろしい武器にも、頼るべき防具にもなる。
だが、ただの少年であるリュートに武器の知識や技術などない。
本能的に構え、直感で振るうだけだ。
しかしそれは獣人とて、同じだった。
知識や経験ではなく、本能で武器を扱う獣人の武器の取り扱いは粗末とも言える。
だが少年と獣人には覆せないほどの力の差がある。
文字通り、純粋な力の強さだ。
数度の突きを、リュートは受け、かわし、なんとかしのぐ。
なんとかなるかも知れない、今までの攻撃を受けきったことで、そんな希望と油断が生まれた。
獣人が槍の持ち手を変え、両手でそれを握るとなぎ払うように振り回す。
槍は、先端の穂先さえなければ、ただの棒と同じ。
その考えが、先ほどの油断が、リュートの失策を招いた。
六尺棒で槍のなぎ払いを受け、反撃に移ろうとした瞬間リュートはそれを理解した。
圧倒的な力の差を。
両手で握られた槍は、速さ、重さともにリュートの想像を逸していた。
六尺棒は半ばで砕け、少年は弾き飛ばされる。
飛ばされた先の社を半壊させた形でリュートは詰まった息を吐く。
頭を打ったのか、衝撃のせいか思考が定まらない。
見えるのは、薄ら笑みを浮かべたヤギ頭の獣人が槍を握りながら近づく姿。
ああ、終わるのか。
リュートはそんなことを思った。
残念、という事はない。
特に思い残すこともない人生だった。
出来れば苦しまずに死にたい。
そんな考えの中、走馬灯を見ていた。
そこにはいつも、ミズナの姿があった。
幼いころから、リュートと一緒に育ってきた少女。
なにかとつらく当たってくるが、それは好意の裏返し。
そういえば、最近怒ってるところしか見てないな。
最後くらい、笑った顔を見たかったな。
それがこんな化け物に……
冷たい汗が全身に浮かぶ。
はっ、と息を吐く。
体は、まだ動く。
ミズナを守らないと。
その一心が少年を奮い起こした。
立ち上がり、手に武器を握る。
それを面白がる様子で見た獣人の首が、鈍い音を立てて地面に転がった。
何をしたのか、理解できないまま少年は手にした刀から血糊を振り払う。
混乱する心を静めるために、少年は笑みの仮面を浮かべる。
手にはいつの間にか握られていた刀がある。
その身を汚す血を洗い流すかのように、ねっとりとした液体が刃から滴っている。
これは、なんだ。
少年は理解できないままに、だが納得する。
これは戦える力だと。
大切な家族を−少女を−守れる力だと。
リュートは思う前に駆け出していた。
その顔に張り付いた笑みを浮かべて。




