肆
黒ノ十三~刃心千乱~
天国で悪いことが出来ないなんて地獄すぎる
だからここは煉獄さ
なんて素敵なことだと思わないかい?
4、
「本当に刃となって、せめて捨て身で肉薄でもしていれば、彼奴らもまだ立つ瀬があったろうにな」
後続だった十三の影達が、もしその戦い方を迅雷がそうしたように、死線を真っ向からくぐるように直接の近接戦闘を挑んでいたとすれば、結果はともかく十三はもっと苦戦していただろう。
だが、基本的に忍者の総数は少ない。諸共に、などというような発想は最初に来ない。たとえその力量にどれほどの差があろうと、安全策が先に立つ。それを弱腰と非難することは出来ないだろう。
それでも、何も出来ずに死ぬだけでは犬死だ。
ならばいっそ、というのもわからないでもない。が、この男の言葉にはそのような感傷さえ見当たらない。
そもそも言った男、巽幻十郎はそうして犬死した影達の大将だ。叱責ならまだしも口にするような言葉ではない。
ましてや、その半分以上を手に掛けたのが幻十郎その人であるのだ。ふざけた言動そのものだ。
「・・・」
十三は手刀を幻十郎に押し込みながら、無言。しかしその片眼一つの眼差しには嫌悪に近い感情が点る。
「何にせよ、ことここに至っては、どうしようとも同じだが」
幻十郎がさらにこぼすと共に、十三の空いたもう片方の手が動く。
胴を薙ぐように空間を裂いて十三の二本目の手刀が幻十郎を襲う。しかし、その空の途中で超音速の威力を誇る手刀が止まる。
文字通り「空」で出来た壁が十三の手刀を阻んだのだった。
「全員ただただ等しく逝くだけだよ」
それは幻十郎の空破。圧倒的な密度と運動力を伴い、生物のように蠢く制空圏に十三はそのまま飲み込まれ叩き飛ばされる。
哄笑ではなく、嘲笑でもなく、ただの快笑。海面に叩き落とされる十三に追いついてくるのは、嫌味のないそんな笑顔。
「それがっ、・・・目的かぁ!!」
もっともこの状況でそんな笑顔が語ることなど、考えるまでもないとするかのように一蹴して十三が吠える。
「その通り」
幻十郎が応え、肉薄する前に拳を振り上げ振り落とす。海面ごと十三へと空が落ちる。
もはやその一撃は爆撃に近い。広範囲に海がへこみ、たわみ、うねって、反転したかのように吹き上がり、終いには収束するように戻っていく。そんな事象が一瞬で展開された。
しかし、自らを刃にしたように十三が一点突破でその圧力を貫いて幻十郎の喉元へと貫手を突き放っていた。まさに先の幻十郎の言葉を体現するかのように。
「流石だな」
幻十郎はまた別の意味で嬉しそうに笑みに笑顔を重ねながら十三の切っ先を受け止めた。
先に手刀を受け止めていた、その血に塗れた掌で。
「・・・」
血が沫く。幻十郎の掌を貫いて、さらになお貫いて進もうとする十三の圧力で。
そして血が沫く。ありえない速度で沫いた幻十郎の血飛沫が一瞬で十三の腕を這って伝い牙を剥いて。
血走。血操で肉体の延長と化した鋼鉄を超える強度を持った液体が十三の腕を蝕み喰らう。
「・・・っがぁあああああああ!!」
低いしかし重い咆哮と共にそれでも十三は止まらず貫く。
押し切り、抜ける。周囲の空気ごと吹き飛ばし、貫手が槍と突き抜けた。
が、制空圏は吹き飛ばし、その突破の勢いは同時に幻十郎の体をも吹っ飛ばしていたが・・・。その体に十三の腕は届いていなかった。
突き抜けると同時、幻十郎の血走が十三のその貫手ごと右腕そのものを喰い破り、粉砕して撒き散らしていたからだ。
幻十郎は吹き飛ばされながら空中制御。一歩、二歩とたたらを踏んで逆しまの格好で空中に制止する。
十三は突き抜けた後失速し、海へと落ちていく。海上を滑り、そのまま没しかけるがなんとか浮いて漂う。左眼に続いて右腕を肩の付け根ほどまで失くしながら。
血操ですでに流血は止めている。だが、十三に岩人ほどの能力はない。その身に流れる血では腕の代わりをさせられない。
拍子を取った音が響く。逆しまのまま幻十郎が両の掌で拍手を送っていたのだ。誰に?おそらくではなく十三に。だが、十三には幻十郎が自分で自分を賞賛しているようにしか見えない。
「ああ、いいねいいね、一味違う」
「・・・」
見上げ睨む。十三の視線はしかし見下ろされている、文字通りに。
「少し、話をしようか?」
そして幻十郎は言うと海上まで降りてきて、海面に波紋を残して降り立つ。
波紋。常に波立つ海面には出来ようもないはずのもの。その瞬間海流も風さえも停止、いや、掌握されていた。
「・・・」
十三に言葉はない、というよりも出せない。圧倒、でなくとも、余裕などない。
「どこから話をすべきかな?ああ、そうだ、空鶴とのことだ」
一方の幻十郎は向こう見ずにも程があるような調子で、十三の様子など構いもせずに語り出した。
「彼奴はね、まさに忍びの鑑だったよ」
だから自分の目の前で自害し、証明してみせたのだと。
刃は何も考えない。
その昔に、十三がまず師である空鶴に師事するにあたり、叩き込まれた教えがそれだった。
何事にも疑問は持たず、覚えず、知ろうともしないでもいいと。
しかし同じくこうも教えた。
考えを持たない刃は使えない、と。
矛盾している。当たり前の疑問を呈す。だからそれが駄目なのだと、空鶴は言った。
「疑問を持たず、覚えず、知ろうともしない。そんなことは、そういった考えがなくては実行出来ないのだから」
矛盾してはいないのだ。考えがあってなお、考えない。ただそれだけのことなのだと。
最高の刃であるために、ありとあらゆる思慮と知恵を持て。
だが、「自分の考え」などというモノは持つな。そう言っていたのだ。
なら、以外の考え、代わりに行動の規範を作り規定するための立脚点、思考する誰かが必要だろう?それは誰だ?
空鶴は言った、もちろん私達以外だと。
そして空鶴にとってその誰かとは、少なくとも忍者達以外に他ならなかった。
だが、現状忍者達の活動目的、存在意義とはただ一点に尽きるのだ。
忍者が忍者であり続けること。
ただその一点のためだけに他のすべてを利用しているに過ぎなかった。
故に空鶴にとっての結論もまた、たった一つのことに集約される。
この世からその不要な存在を無くすこと、である。
そしてその考えは別段特異な考えではなく、今までずっと忍び達の間にわだかまってきた宿題だった。
つまりは現状を打ち破ろうと幾多の試行錯誤が繰り返されてきたということだ。
どうしようと誰も打ち破れなかった問題なのである。
空鶴についても同じで、忍者のルーツを探る真似さえしながらも、何一つ有効な手立てを講じることは出来ていなかった。
しかし、手立ては見つからなかったが
、空鶴の活動は一つの結果を導き出した。
シーナが立てた、忍者の正体についての仮定。
それは空鶴を絶望させるに余りあることだったと言っていい。
何をしても無駄。そう言われたに等しい。
大量破壊兵器廃絶を叫んで実現しても、実現したが故に、再びその脅威を持ち出せるならば以前よりもっと強い脅威に容易くなってしまうようになるのと、まったく同じにだ。
すでに存在してしまった技術を今更白紙には戻せないがために。
だが、逆に空鶴は決意を固め、手段を選ばないことを決めるのだった。
「単純な話だね。大量破壊兵器が脅威なのは、廃絶しても現世界が、その科学技術が残るからだろう?なら、その世界ごと廃絶してしまえばよくはないかな」
幻十郎はとても爽やかな笑顔で笑いながら言っている。
十三は知っている、邪心はないし二心もない。この男はただ本心で微笑んでいるに過ぎないと。
「ただ、実際そんなことをするのは本末転倒だろうね。大体はその世界を守るために頑張っているんだから。けど、ね、もうわかるだろう?我々は違う。彼奴がそう考えたのは、それほど不自然でもなんでもないだろう」
可笑しいだろう?と、そう笑っているのではないのだ。その貌に浮かび張り付いているのは本当にただの微笑みなのだ。
嬉しいからだ。何を、いや、何が?
おそらく余人には理解出来ないのだろう。だから不明にしか見えず、「それ」は根源的恐怖を振りまくだろう。
しかしその笑顔が本当に恐ろしいのだとしたら、それは本当にそうでしかないということだ。
この世に感謝を。そこらの宗教家がほざくとして。出来ることか?やろうとすることでしかない。もちろんそれで良いだろう。
なのにこの男はおそらく。出来てしまっている。
吐き気しかしない、感じない。その思考とも合間って。
だが、この男に狂気はない。
もしもこの男を狂っているとするのだとしたら、誰もが・・・そういうことになる。
「忍者を皆殺しにしよう。つまり彼奴はそう思いたったわけなんだよ」
なにせ忍者が全滅しても困るのは、その刃共だけだ。
刃がそうなって、さて何が悪い?
狂っていると思うか?なら、それはどうして?
自分達が狂っていないと思っているからなのだろう。
つまりはそういう話で、こういう存在だといこと。
それだけに過ぎない。
幻十郎は空鶴に話を聞いたという。
自分の力では忍者達を全滅させることなど出来ないだろう。だから貴方に頼みたいと。
幻十郎は二つ返事で聞きいれたという。よし、話はわかった承知した、と。
ただし、それならば証明してみせろ。まず除くべきものがあるだろう?
空鶴はそして当たり前のように自害して見せたのだという。
とても理にかなっている。
そういうわけで幻十郎は今回の騒動を始めたのだというのだ。
実際の計画を練り準備したのは稗田 尊斗であるらしいが。だからこそ実行までにこれほどまでの時間がかかったのだとも言える。
しかし計画の細部はともかく、その概要はおそろしく単純なものだった。
簡単な話だが、忍者が忍者でいるために、その存在を主張し押し付けていたとしてもだ、忍者が必要であると受け入れさせていなければ話にならない。これが大前提にして、すべてを崩壊させていない命綱だったわけだ。
あとは考えるまでもないはずだ。忍者が忍者でいるために世界に反旗を翻せば、忍者は目出度く人類の敵だ。忍者であってもらう必要がない、ただの邪魔物になる。
そして今の状況がまさにその通りということになる。
もしも幻十郎達を跳ね除けても、そこに待っているものは同じとしたのだ。
「だから後は、ただひたすら殺すだけ。一人残らず潰える、その時まで。わかりやすいだろう?」
「・・・わけが、ない」
そこまで聞いたところで、十三は数年ぶりかのように重く静かに口を久々に開いた。
「うん?」
「出来るわけが、ない」
その一言を聞いて、疑問で返されても仕方がない。
何が、どう、なのかがまったく抜けているのだから当然だ。
逆にそれで間違っていないのだとしたら、それは、
「何もかもがか?」
「・・・」
幻十郎が聞いても十三から肯定は返らない。無言だ。
しかしその視線と発散される空気から、幻十郎は正解だと受け取った。
忍者の全滅も、話の理解も、そしておそらく十三を殺すことも。
「わけがないな」
だからか、幻十郎はそう余裕を持って応えるのだった。
「・・・人類を一人残らずでもか」
もしも忍者の正体が当たっているとするならば、その根絶は困難を極めるどころではない。潜在を判定することが少なくとも出来ないのだから。
それでもなお確実を期して絶滅へと導くのだとしたら、それはつまり、
「わけもないな」
今更すぎるように幻十郎は言った。
何ほどのこともない、毛ほどの感傷どころか、感じるべき困難への感想さえもないかのように感じられる。
おそらくではなく、そう感じられるのは間違いではないのだろう。
目的などどうでもいいのだろう。そう、言われなくともわからざるを得ないのだから。
ましてや、この男ならばやりかねないだけでなく、出来てしまいかねない。
しかしそれになんの問題がある?
十三の使命も目的も、幻十郎のそれに合致していると言っていい。
忍者の殲滅こそが十三の任務なのだから。
反発する意味がない、迎合する意味も理由もあるが、逆らう意味も理由もない。
それでも、それでもだ。
十三は、考えた。
さぁどうする、どうすればいい?
そもそもお前は何のために?どうしてここにいて、何をしている?
何が望みなんだお前は。
この目の前の存在と、自分に一体どれほどの違いがある?
そんなものは、有るに決まっている。
少なくとも、許せない。
ふざけていると感じる。
どちらのほうが筋が通っているとか、正しいとか、理にかなっているかなど、知らないしどうでもいいことだ。
そんなことを考えるのは、考えたい奴らにやらせておけばいい。
自分の仕事なんかじゃあない。
ただ、不愉快なのだ。
間違っているとは思わない、正義感などおくびにもない、むしろそういった正義とやらのほうが胡散臭い。
にもかかわらず、受け入れられない。
簡単なことだ、言葉ではない、内容でもない、目の前のこの存在自体が気に食わない。
理屈ではない。そう言えるほど考えてさえいないかもしれない。
ただひたすら、憎いのではなく、除きたかった。
ついでに、真っ当に考えれば前言翻してでもこの男を世界も許せないのだろうから、世界がそう望むのなら、望み通りに動いてやろうと後付けて。
海上へと飛び上がり、海面に立つ十三。
動きを見た幻十郎は、さぁもっと僕を笑顔にしてよ、と言わんばかりに相好を崩した。
言葉は不要か?それはそうだろう、どちらも勝手なだけだ。
残った左腕を構え、十三は自身を研ぎ澄ます。
まともに術比べで勝ち目はない。空破を絞り、炎気を集め、雷動を束ね、血操を固めて、すべてを一点へと貫かなければ通じもしまい。
十三の師である空鶴も言っていた。
忍びの術技、その奥義とはすなわち己が身を、その命を、刃と化さしめることだと。
四行の術方などは、そのための手段にしか過ぎないと。
この事態がそもそもその空鶴によって引き起こされたものであるかもしれないのは、皮肉かもしれないが、おそらく何一つも間違ってはいないだろう。
刃は何も考えないのではなく、何を考えていようと刃だからだ。
ゆえに、だから、刃は考えない。
幻十郎が動く。両腕を振り上げる、それだけで世界が動じる。
十三の周囲すべてが敵にまわったかのような感覚、その怖気は正確だ。周辺一帯の空が一斉に十三へとのしかかる。
海も空もが固結していく。その只中で潰される前に、十三という刃が放たれる。
引き裂き進む、爆発的な前進が全面壁と化したかのような世界を突き抜ける。
突き出した腕の切っ先、刃のその先以外が、あるいはその刃すらも圧力に削られ傷付き壊れていくが、些細な傷など無意味と進む。
刹那の世界を駆け抜けて、一秒にも満たずに幻十郎の喉元へ。
その一瞬の間に幻十郎はしかしさらなる動きを示していた。十三へと向けて自らもまた刃と化して切っ先を放っていた。
激突する。空間が衝突に吹き飛び、虚空と化した相狭間で刃と刃が刃鳴散らす。
十三の左と幻十郎の右の切っ先がすれ違い、絡まるように互いを削りながらも掻い潜りお互い前へ。
しかし内側には幻十郎の身体が通る。
すなわち十三の切っ先はその右腕と肩口を抉り切り飛ばしていたが、代わりにその身へと幻十郎の切っ先が吸い込まれていた。
心の臓を貫いて、幻の刃が十三の背中から抜けている。乱れた血操に背から鮮血が吹き出し、喀血、吐き散らす。それでも十三は抉った肩口からまだその腕を、その身を刃として振り落とす。
袈裟斬って幻十郎の身体を引き裂くというよりは、無理矢理潰しながら刃が落ちる。だが、同時に十三を貫いていた幻十郎の右腕が降り抜かれるようにしてその身体を引き裂いた。
心の臓から脇までを破断され、血の嵐を撒きながら、それでもまだ刃と進もうとするが、敵わない。
弾かれ、折れたかのように十三は落ちていく。沸騰した意識は無意識に右の手を伸ばそうとするが、そこには幻肢があるのみで届くわけもない。
「お前に俺は殺せねぇって言ったよなぁ?」
閉じかけた十三の眼が見開かれる。そこに映っていた光景は、幻十郎の胸を貫きその背後から伸びている血の色をした槍状の、血そのもの。
幻十郎はそれでも笑っている。むしろ今まで以上に笑っている。その胸を鮮血で濡らしながら。
声が聞こえていた。その声を十三は知っていた。八名瀬 岩人、殺したはずと思っていたその男の声だ。
十三はそのまま海中に没し、沈む。その瞬間には、岩人であろう血を自身の血操で吸収していく幻十郎と、蜥蜴の尻尾のように大部分の自身を捨てて離れていく岩人、血の塊の姿が見えていた。
心臓がすでにない。乱れた血操で維持はしていても、源が死んでいるのでは時間の問題だ。即死しないだけのことにすぎない。
意識が掠れていく。死ぬ、そのことに恐怖も特別な感慨も湧かない。十三は虚しさを得なかった、悔しささえ持たなかった、今までと同じだと、そう理解してしまっていた。
お前は何のために?どうしてここにいて、何をしている?
何が望みなんだお前は。
何が?
『よぉ、口無しでも言えるもんだぜ?』
わからないが、声が、聞こえた。
十三が沈んでいった海中から空へと視線を外す幻十郎。
何故か海へと消えた十三に対して追撃も生死の確認もしない。
「始めてくれ」
唐突に一言。だが、独り言ではない、誰かと会話をしている。
血操で体内の微小機械群を起動して、体内通信を行っていたのだ。
「そうだな、どう転んでも、今日は本当にいい日だよ」
そしてその屈託も曇りもない笑顔は、さらに満足そうにはにかんだ。
「御前の目的が僕とは違うのだとしてもね」
幻十郎にとって、この世に喜ばしくないことなどあるのだろうか?
そう思わせるように、通信相手とは思惑を異にしていると看破していてさえ、彼は終始満足そうだった。
「これからもっといい日になる」
だが、足りてなどいないのだ、足りることなどないのだ。
だからきっと、その笑みが枯れることはないのだろう。
飽きないがために、永遠に求め続けるのだから。
それでも世界には一方通行はあり得ない。その負担、代償を支払うのは、彼以外となるのが必然だ。
黒髪の長髪が薄暗い部屋の中、機械の照明だけに照らされ浮いている。
佇むのは幻十郎の通信を受けていた相手、稗田 尊斗だ。目の前の電子コンソールを黙々と操っている。
全世界の主要軍事施設を制圧した後、その指令系統を一括で管理出来るように仕掛けた彼女は、さっそくその一括管理を活用していたのだ。
そしておそらくは、その活用が最初にして最後の操作になるだろう。
詩的に言うなれば、地獄の蓋を開けるのだから。
「・・・刃に心があるとするならば、それが人の心でないわけがない」
呟きながら指先一つで彼女はたいしたためらいも見せず、そうして地獄の蓋を開いた。
「そう、だからこうなる」
主要軍事施設の主要とは何を意味しているのか?
規模や人員ももちろんあるが、この場合は大量破壊兵器を保持し、使用が出来る施設ということに他ならない。
つまり、それら主要施設を抑えた目的は一つしかない。大量破壊兵器の占拠である。
忍者達でさえ大量破壊兵器などによる無差別広範囲攻撃の前には歯が立たない。だからこそまず相手にとっての最大の武器を封じたと言ってもいいのだ。
しかし、本当の目的は違った。裏を返されてしまえば、大量破壊兵器を用いれば忍者達でさえも効率的に大勢を容易く屠れるということだ。
各地で軍事施設を選挙していた忍び達は異変に気づく。一斉にそれらの施設が稼働していたのだから。
何のために?今更言うまでもないはずだ。
かくして世界中で数多の弾頭が風の海へと解き放たれた。
目標は全世界。それぞれ別の主要軍事施設。そこにいる忍者達。
「そもそも、この世界に人の心以外は存在しないのだけれど」
尊斗は画面の上の表示だけで、無感動に淡々といわゆる一つの世界の破滅を見届けようとしていた。
「やれやれ、俺に仕事をさせるなやぁ」
初老に達した恰幅のいい男が一人、風に少しばかり薄くなった灰色の頭髪をなびかせていた。
いや、なびいてるなどという程度ではない、明確に風に流されているというよりも、飛ばされていると表現した方がいいだろう。
何せ男が立っているのは天駆ける破壊の象徴、大量破壊兵器の長距離弾頭の上だったのだから。
尊斗の手で撃ち放たれたその一つに取り付いていたのだ。
「こういう目立つのは、俺の役目じゃあなかったもんだがな・・・」
愚痴をこぼしながら、首を鳴らし腰につけていた直刀を抜き放つ。そのロングコートにだらしない着こなしのスーツ姿では違和感しかない。
そしてそんな男を載せたまま弾頭は成層圏を抜けて行く。他の無数の弾頭も軌道を描いて宙へとやってきている。
そして男、高木 加藤と呼ばれる一人の忍びは翔んだ。
ここまで連れてきてくれた弾頭を爆発するように破壊しながら。
即座にその背を追いかけるように爆発、閃光のような破壊が虚空を満たす。近距離にあった他の弾頭も破壊に巻き込まれて誘爆する。
通常なら大量破壊兵器の弾頭は迎撃されたとしても反応弾としての効果は発揮しない。安全装置が仕掛けられているからだ、しかし今はその安全装置も残らず外されているようだった。
加藤は破壊の圧力を背に超加速。破壊に巻き込まれていなかった次の弾頭へと飛び移って行く。
そして爆発は連鎖し、天球の外側を覆い尽くして行く。夜中でさえ夜明けにするような閃光が世界を照らす。
だが、それでもなお弾頭の数は多過ぎて、ましてや加藤に地球の裏側まで捕捉出来るわけもなく、一部が潰えただけだ。
各地で封じ切られていなかった迎撃機構も総力を稼働しているようだったが、それでもあまりに数が多すぎる。
だが、迎撃機構では撃墜仕切れないはずの弾頭達が次々と天球の外側で閃光と化していく。
加藤は知っている、迎撃弾頭などに取り付いた他の忍びなどがその身を犠牲にしてさえ止めて行っているのだと。
加藤や幻十郎のような真似はほとんどの忍びには不可能だ。だから必然的に無茶をするしかない。文字通り命を投げ打って。
宙が眩い、その輝きは命の輝きだなと加藤は皮肉に思う。事態を引き起こしたのも止めているのも両方忍者達だというのはまさに茶番でしかないのだが、そんなことなど知った上でだ。
「忍びなんぞくだらねぇ、俺達ゃただの人間さ」
歌うように虚空に響かない言葉を謳い、加藤が翔ぶ。
「人間なんざくだらねぇ、命に価値なんぞありゃせんぜ」
調子外れの適当さのまま半球をまるごと駆ける勢いで飛び回る。
「命に価値なんざなくてもなぁ、こちとら忍びだそれで十分、そうだろうがぁ、っははぁ!!」
矛盾する文言で呵々大笑しながら、最後には酔狂に同意を求めた。
誰に?いつの間にかその光の祭りの中、加藤の前には笑みが浮いている。
「ああ、その通り」
幻十郎だ。忍び達が命を投げ打ってでも止めきれない残りの大量破壊兵器が次々と着弾し、地上を蹂躙していく様を俯瞰しながら。
「だからよ、ここらでやめにしないかよ?」
「どうしてだ?」
天地逆転したように二人が落ちて行く。地上へ向かってもつれるように。
「面倒くせぇんだよ、お前ってやつぁなぁ!!」
それぞれの刃を抜きながら。
続
ようやく話が動き出したかな?
まぁこれで半分ぐらい消化ということに、なってればいいんだけどね・・・。