参
黒ノ十三~刃心千乱~
「さぁ、人間讃歌を唄おう」
3、
昼と夜の境目が見える。
外気圏と宇宙空間の間を行く、三機編隊三個隊の計九機の超超高高度爆撃機、いや宇宙空間爆撃機。
もはや飛行機の枠内に属させることも出来ない、航宙機、通称スターバードと呼ばれる最精鋭機達は、緊急発進の後、通達を待っていた。
戦争準備態勢五。
いや、事態はすでに戦時下にある。司令部の通信は途絶、「上」だけで対処をしなければならない。いざとなれば、世界を焼くことになってでも事態を止めなければいけないかもしれないからだ。
しかし情報が足りない。「下」では忍者達による一斉蜂起が起き、現在混乱の極みどころか、壊滅状態に陥っているのはわかるが、それ以上や以外のことは皆目なのだ。
だとすれば、あらかじめ決められていた緊急時の対応を紐解き、速やかに実行するのが流れではある。
だが、実際手を下す段になれば、躊躇してしまうものだろう。それ相応の覚悟と意識を持ち得てこそ配属される役職であっても、実際そんな事態になって欲しいと思うような者はそもそも除外されているからだ。
それでも引き金は引かれなければならない。
取り返しがつかなくなる前に、地上からの攻撃等で無力化されるようなことになっては意味がない。
散開し、それぞれの設定された目標へと別れて行く星の鳥達。
もう十分待ったのだ。対応が遅すぎるほどだ。実際何らかの対処が下で動き出している可能性も高い。今が最後の機会、決断の時なのだ。
世界の主要な軍事施設を全て壊滅させる。それが出来るだけの性能と能力が星の鳥達にはある。
しかし時はすでに遅かった。
通信がざわめく、操縦士達の驚愕が虚空に震度を持たせて拡がる。
外気圏の外側、もはや宇宙空間であるそこに太陽を背にして豆粒のような影が一体。
幾らなんでもありえない。奴等とて人間は人間だ。星の海の虚空にまで、その生身で来れようはずがない。あってはならない。ないはずでなければいけなかった。
『・・・大気圏を持ち上げている』
空が落ちてくる。馬鹿げた表現だが、そのような事象が目の前で展開されていたのだ。
たった一つの人間大の何モノかが、空を引き連れ宇宙にまで来たのだ。
星の鳥達は逃れようとする。しかし宇宙で「気流」に飲まれ墜ちて行く。
全機通信途絶。KIA。ステーションに残された人員はあり得ない現実に驚愕するしかない。
しかしそんな場合ではない、何らかの対処をしなければ。まだすべての手足が封じられたわけではない。
現場は騒然を通り越して、阿鼻叫喚混じりに対処を巡って急ぎ騒ぐ。
しかし、
「もう遅い」
現実は非情である。誰が言ったか、そんなことは。
そこまで非情なのだとしたら、一体誰が抗えるというのか。その相手はあまりに非常識だった。
現実が非常であるなど、洒落だとしても巫山戯ているだろう。
侵入を許した世界最大の軍事宇宙施設であるスターダストは、そこに壊滅した。
「さて、帰ろうか」
もはや生存者のいない巨大な棺桶と化した星の屑は、地表へと自らを燃え尽きさせる入射角を取りながら突入していく。
ただ一人、人外どころか埒外の所業を成し遂げた一つの影、最高戦力と呼ばれる忍び、巽 幻十郎だけがその中で笑っていた。
誰もが否定しないだろう、本当の笑顔で。
底の中で彼等は待っていた。
海中を高速潜行する十三の前に、待ち伏せたかのように三影がある。
実際は後続から連絡を受けて、先に回っただけに過ぎないだろうが、たいして変わることでもない。
鳥羽 迅雷、長束 影二、飛騨 四光。
名前を知っている手合い。すなわち腕利きである。
目視の距離は一里以内だが、すでに完全なる交戦圏内だ。
さすがの忍者達でもそれほどの距離を一足飛びにはいかないし、ましてや海中ではさらに制限が加わる。それでもこの時点よりすでに戦闘は始まっている。
制空と呼ばれる概念。それは空破の術法における影響範囲を示すことに、忍び達の間では多く使われる。
実際は空破のみで術をなすことはほぼなく、四行すべてが複合されて技となっているのが当然だ。時には空破の領分に思えるような術でも、炎気や雷動が主となっているようなこともままある。
だが、まずこの場において制空するのに振るわれたのは主に空破の行だった。普段なら目に見えない空が、水流の形で流圏を形作る。
それはまるで海中に台風が吹き荒れたかのように。
十三のもっとも得意とする術法は空破の行だ。いや、得意というよりも特異と言っていいかもしれない。だからこそ十三は十指に数えられているに、過言はないのだから。
迅雷、影二、四光の三影が十三に向けて勢いを束ねたかのように流圏を作り、伝うように流れて来る。対する十三の周囲は恐ろしいほど凪いでいる。
数瞬で十間にも迫る距離に来た三影は散開、十三を囲むように周回して輪を作る。包囲と同時に流水の質量を利用して仕掛けていく。
竜巻と化した流圏が十三を飲み込もうとするが、不動。流圏も中心に台風の目でもあるかのように十三の周囲は動かない。
結果を見届けるまでもなく、三影が連携して作っていた流圏の指向性が分裂、各個に動き出す。魚雷のように三方から十三へと間合いを一気に詰めて行く。
激震、海中に爆発的な衝撃が奔る。実際に海中の水という水が吹き飛んだかのように爆散。三影ごと巻き込んで海上へと吹き上がった。
吹き飛ばされている中途、影二の目前に十三の手刀が打ち下ろされてくる。影二は超反応で自らに打撃を与え、反動で回避。
荒れる海上を緩衝として影二は着地。その間に迅雷と四光が瞬時に体勢を立て直し急襲した十三に迫るが、脚で放たれていた断空を見舞われ逆に間合いを離す。
海中から数瞬の間で海上に移行した戦闘は、一合を終えて仕切り直しに入る。
忍者が圧倒的存在であるのはその身体能力に大半がよるわけだが、実際のところその半分には制空能力があると言っていい。
元より彼等の身体能力には常人どころか、生半可な通常兵器でさえ太刀打ち出来ないので気にされることは少ないのだが、忍者の制空圏においては通常以上に忍び達にとって有利だからだ。
その気になれば、制空するだけで弾丸さえ届く前に止めてしまえるのだから。
そしてだからこそ、制空は実のところ忍び対忍びの戦闘においてこそ、大きく重要な役割を持つ。
当たり前の話だが、同じ空破を試みて技をぶつけるにせよ、威力などが強い方が勝るだろう。
ましてやその技を出すために必要な空を、完全に相手に操られるようなことがあれば、それはもう技どころか空破の術法自体が使えないようにされているようなものだ。
そのため忍者達は互いの制空をぶつけ合い、食い合いする時点で戦っていると言っていいのだ。
十三の空破は平均以上に強力と言っていい。それだけで十分並ぶものは少ないだろうほどに。
だが、それだけで十指に数えられると称されるほど抜きん出てもいない。
通常、空破は当然の話だが、空を掻き分け触れ感じること、すなわち自分の動きから外部に働きかける術法でしかない。
波は起こさなければ起きないのだ。
だが、十三は空への干渉をある程度無動作で行うことが出来るのだ。
例えるならば、見えない第二第三の手足を持っているように振る舞えるのである。
それは制空においても強力無比どころか、他事においても類稀なる強力な能力に間違いがない。
簡単に評すなら、他に出来ない事が出来る、ということなのだからだ。
無論というべきか、生来よりの得手ではあったが、その念動力のごとき能力は『二年前』程より超速の進化を遂げて強力になったものだったが。それこそ三対一で制空争いをしても、まだ余裕を見せられるほどに。
とはいえ、実のところ稀有な能力であっても、出来る事自体はさほど珍しいものではない。
何故ならば、
三影が再び十三を中心にして、海上を旋回するように流圏を作り出す。
海中ではともかく、空中で意図的に制空して流圏を作るのはあまり得策ではない。これもまた当然のことだが、力は凝縮され一点に込められるほど強力になるものだからだ。
水との質量差もあり、大気中での空破で流圏を作り出すよりも、自身の周囲で技をなす方が圧倒的に効率と効果が高いのである。
だが、三影は迅雷が空破で流圏を束ね、影二が雷動、四光が炎気によって干渉し、ただの大気の流れ以上の相乗を発揮させていた。
雷動で荷電されて生まれた熱量を炎気で増幅し、空破によってさらに増幅制御する。輪が輪を作り、相乗を生んでいく。
空破を使わずとも、いや、むしろ場合によっては空破に頼る以上のことを炎気や雷動で行えるのである。
それこそ無動作で空破を行うことも、だ。
そして流圏は龍圏と化す。
三影が炎と雷を纏った空を担い、それぞれが十三へと牙を剥き爪を立てようと殺到する。長く尾を引き、逃げ場さえ見せないほど荒々しい暴威の塊はまさに龍のように襲いかかる。
閃空。あるいは飛弾とも呼ばれる、十三がもっとも得手とする技。
それは断空と同時に穿空を行うと言ってもいいような複合技。すなわち、「単に恐るべき加速で抵抗さえ追い風にしながらも、同時に空気を吹き飛ばして叩きつける」というような荒技、身も蓋もなく言えば破壊の突進である。
先頭に来た四光と、閃空で断空を纏いながら激突する十三。龍圏の圧力と閃空がぶつかり爆ぜる中、両影の拳がそれぞれ放たれる。
四光は十三の顔面を破壊しようと繰り出した拳だったようだが、十三の方は最初から狙いはそれだったか、放たれた四光の拳に合わせるように当て、瞬間掌で掬うように絡め取る。
捩じられるように四光が腕を軸に回転するが、そのまま体躯を操り蹴りへと移行しようとする。当然十三はその隙を逃さないが、その数瞬で影二が二の矢として割って入って来ている。
影二が龍圏を雷動で寄り集めて切っ先を直接十三へと叩きつける。動きが止まっているため、閃空で相殺は出来ない。そこで直前に海中を吹き飛ばしたのと同じ十三の技が放たれる。
震空。そう十三が名付けたその技は、空破による波を多重に発生させ、その衝突により無軌道な破壊を起こす。
影二へと海中の時と違い、爆散させるのではなく針のように絞られた震空が十三の背後に唐突に展開される。
針空。無軌道な破壊が凝縮されて龍圏と激突して散り、同時に影二をも吹き飛ばす。
だが、その時にはすでに迅雷の断空が龍圏を削って放たれて、吹き飛ばされた影二の後から迫っていた。
さらに蹴りを放ちながら四光の十三に掴まれた拳と腕が赤熱。炎気で増幅された熱が集められ、触れている十三を焼き尽くしていこうとする。
震空の連打はあまりに間がなく出来ない。十三も炎気で防御するが、四光のそれは十三を上回っていて掴んだ手が焼かれていく。さらに一瞬後には四光の蹴撃と迅雷の断空が到達する。残った片腕で対処は一度に出来ない。
ならば両の足が残っているだろう。
しかし今からでは、この体勢では、どうしようと間に合わない。今から動いたのでは。
だから十三はすでに手を打っていた。正確にはその両足を動かしていた。
絶空。あるいは飛影とも呼ばれる、「単にその場にある空気残らず吹き飛ばして隙間を作る」だけの技。
真下、足下に叩きつけられた十三の足が絶空を作り開く。
飲み込まれ、落ちて行く。十三と、掴んだままの四光ごと。
迅雷の断空はあまりの飲み込む早さに一瞬前に十三のいた空間を素通り。四光は一気に下降させられ蹴りの体勢が崩れたまま引き裂かれた空間を通り、海中へと十三と共に戻る。
そこに超音速を超える手刀が斬って落とされる。
四光の形相が歪んでいく。泡立ち荒れる水中には赤が拡がる。その胸下からが切断されて離れて行く。
だが、それでもなお残った手に炎気のありったけを込めて四光は抗う。
いや、その血が凶器と化す。
血操炎気。撒かれた赤が赤熱し、実際の温度からすればありえない反応、水蒸気爆発を誘発する。
眼下の水中が再び吹き飛ぶ。正確には様子を見てとれていない。それでも体勢を立て直した影二と迅雷がそれぞれ追撃を放つ。たとえ四光が無事だったとしても諸共に葬りかねない勢いで、実際にそのつもりで。
残った龍圏が迅雷の断空、というよりも別の技。剛破。あるいは飛鋼とも呼ばれる、積層断空とでも言えるような塊を全身で押し出して龍と共に落とし。
その剛破に続くように影二が雷動。砕動。あるいは電衝と呼ばれる、電磁分解衝撃を放ちながら突撃。
迎え打ったのは水蒸気爆発、その威力そのもの。爆発の衝撃をすべて手繰り、十三は制空。
四光が制空出来なくなった結果、その決死の爆発さえ無意味となったのか?だとするなら四光の行動は間抜けという他はない。十三の能力を見誤りすぎている。
だが、十三はそうして制空し、爆発の威力を手繰らなければいけなかった、とも言える。
制空が忍者にとっての手足の延長のようなものだとしたら、その手足の一つを奪われているのに等しい。
剛破と爆発の衝撃が激突し相殺、しきれず積層断空が纏った龍圏を散らしながら層を減らしても制空突破。
十三は海上に飛び上がりながら弱体化した剛破と激突そのまま制空、剛破をも飲み込む。だが間髪もなく影二の砕動が剛破ごと貫いて十三を襲う。
制空するために動きが止まっているため十三に逃げることは出来ない。真っ向から影二とぶつかるしかない。しかし瞬間威力だけならば雷動が空破に勝る。さらにその空破も剛破の処理に向けられている。
十三に防ぐ事は出来ない。
そして影二の砕動を放つ貫手が十三を捉えた。左の眼光に切っ先が抉り込まれ、同時にそのまま周囲の肉ごと分解消失するはず、だった。
雷動血操。十三の全身から衝撃が発散、大小の傷口を作り血飛沫を飛ばしながら、砕動の伝導を散らした。それでも左眼を失いながらも致命を回避した十三は、さらに眼窩で影二の貫手を引っ掛けながら体躯を捻る。
まさかの眼窩を抉られながらの柔に影二は勢いを殺せず空中で体勢を崩すが、瞬時の判断でそのまま眼窩の奥へと攻撃続行、一点突破を狙う。
だが、一瞬遅い。
影二が致命を取る前に十三の拳が捻られ、晒されている影二の腹腔へと突きこまれていた。
同時に制空された剛破の残りが収束。拳が影二を貫いていくと同時に飲み込み、擦り潰して吹き飛ばす。
血の飛沫だけが空に破裂する。残り一人。そんなことは知らないかのように、最後の迅雷が十三の目前に。
全力制空、無風状態へと迅雷は影響を行使する。技でなく純粋な肉による肉の制圧を試みたようだった。
五指を開いて虎爪を振りかざす迅雷。十三は手刀で払うと共に腕ごと落とそうとする。
接触、滑る、流される。迅雷の腕が十三の手刀に当てられると同時にコロのように回され、その勢いを逸らし流して明後日へ。
間髪入れず十三のもう片方の手刀が唸る。しかし次も同じ。虎爪で牽制しながらも、十三の攻撃をすべて捌く迅雷。
五合、六合、七合、打ち合いというよりも捌き合いと化していく。業を煮やした十三が手刀に連携させて脚を出す。
切るのではなく、叩きつけるように繰り出された蹴撃が捌き合う手刀と虎爪の間を抜く。
瞬間、虎爪の腕が交差、絡むように蹴撃を受け止める。表皮を衝撃で削られ、血肉を撒き散らしながらも捌き、流す。
体ごと流された十三の懐へ側面より潜り込む虎爪。変則的に横へと薙ぐようにして振り抜く。
脇への強襲、十三は蹴りを止めずに振り抜き同時に肘で背撃。落ちてくる肘に迅雷は勢いの方向を変化させ回避。双方の攻撃が空を切る。
だが両影はそのままさらに回転、頭上より十三は蹴りをそのまま落とし、迅雷も虎爪を振り抜いてくる。
両手を広げた形で虎爪の片方が到達、だが同時に十三の脚が落ちていて激突。再び迅雷は流そうとするが、押し切る十三。
断裂、蹴りを捌ききれず迅雷の片腕が千切れ飛ぶ。しかし止まらずもう片方の虎爪が独楽になって往来してくる。
戻ってきている上体から十三は腕を伸ばし虎爪を阻止しようとする、が、制空を絞り迅雷は虎爪にすべてを乗せて振り抜く。
烈破。全力をただ一撃に注ぎ込み放つのではなく直接叩きつける。本来ならば技とすら呼べない有りのままの純粋な一撃。今からの空破では十三は到底防げない。
それでも、すべてを賭しての一撃でも届かなければ無意味。
潜破。制空圏の外側、両影の制空と激突で振り回されていた空間から、その激突自体を手足にして練られていた空破が発動。制空を手放した迅雷に瞬時に殺到する。
血飛沫さえ微塵にして迅雷が虚空の顎に飲み込まれる。それでも烈破を込めた虎爪だけは食い破り直進。
しかし持ち主を失った心のない刃は、繰り出されていた十三の腕で掴み止められた。
最後に残った迅雷の欠片、その掴んだ腕を十三は放り捨て、海中へと没するのを見送る。
おそらく本来であれば岩人はこの三影と共に来る予定だったのだろう。三影の得手が分散していたのはそのためだったのだろう。
実際のところ、もし岩人が三影と同時に襲って来ていたならば、この程度の負傷や損耗で切り抜けられたとは思えない。単騎でなければ岩人はあまりにも厄介だったのは目に見えている。
そう考えればその愚かに感謝すべきか。などと思う暇さえないか、振り切って来た忍び達の群れが海上を走り追いついて来ていた。
これもまた三影と同時であれば圧倒的な驚異であっただろうが。三影ほどの実力者は群れの中にはいない。
海上に降り立ち、十三は今度は迎え撃つ。どうせやらねばならぬことに違いはないのだからとでも言うように。
十三が受けた依頼は忍者達の一斉蜂起を止めること、である。
しかしそれは一体どういうことか?
一斉蜂起、すなわちすべての忍びが現存社会に反旗を翻し、社会の敵、あるいは世界の敵となったということを意味する。
では、その忍び達をどうすれば一斉蜂起を止めるということになるのか?
蜂起の主犯格を突き止め、排除することで再び忍び達を社会の手足に戻すことが現実的か?
いいや、現実的にもはや不可能だ。忍び達の問題ではなく、社会がすでに彼等の存在の許容をやめているからだ。明確に利用することの益より存在している損のほうが高いと目されている。
かつての英雄、ヒーローであったキーパーの末路が何より物語っている。
キーパーが何も蜂起に加担したわけではないのだ。むしろ彼は蚊帳の外だったと言っていい。
それどころか忍びの命より、国の英雄であり続けようとさえした。実際に十三が真っ先に彼と接触出来たのは「協力要請」に彼と彼の国が応じたためでもある。
しかしキーパーは有名過ぎた。忍者の一斉蜂起、すなわち人類の敵のような立場に堕ちた偶像には、どう利用価値が残っていようと存在するだけで反発を免れず、理解を得られるものではなかった。
結局十三がその手を下しているのでは同じことと思えるが、一般的には「後に始末する前提で使い潰す」などというやり方は受け入れられない。現実的にそうするのだとしても、それこそ暗部で行われるべきことだと考えられる。
だから、その存在が有名過ぎたキーパーには排除の一択しか与えられなかったのだ。
皮肉にも彼が尽力してきた、「自分達の存在に市民権を得る」ための行為と結果がキーパーにそういった結末を与えたのである。
そして一際協力的だったキーパーに対してその仕打ちなのだ。後は押して知るべしだろう。
つまり十三に与えられた任務、その依頼の内容とはどういうものになるのかといえば、対象の殲滅、完膚無きまでの排除に他ならない。
当然、暗に「十三自身」をも最後に加えた前提で、だ。
忍者の全滅、いや、絶滅しか終わりは用意されていないのである。
だが、それが容易なことであるかどうか以前に、そもそも達成可能かどうかで言えば、まず否だろう。
十三という一影、一命だけで、どうこう出来る仕事ではないのは明白だ。
だからまず十三に科せられている使命とは、必然的に一斉蜂起を起こした忍者達のその行動を掣肘する点に落ち着くことになる。
具体的には首謀者や主犯格を特定し、指揮系統をまず除くことである。
中身は著しく違うが、すべきことだけで言えば、誰もが最初に考える通りではあるのだ。
では、そうして十三が狙うべき標的は定まっているのか?
十三の想定ではまず五人が挙げられる。
最高戦力であるが故に頭領でもある男、巽 幻十郎。
幻十郎の側用忍ではあるがその頭脳で全体を実際に統括しているとされる参謀格、稗田 尊斗。
かつて白影と呼ばれた埒外の係累にして生き字引たる老忍、不破 来道。
監察の中の監察とも言える対忍者戦に長けた処刑忍、字塩 鬼謀。
最大派閥の君主でその実力は折り紙付きとされるが誰も彼の働く姿を見たことがないという昼行灯、高木 加藤。
差し当たってその五人が最優先の標的となる。
しかし十三は彼等の所在についての明確な情報を、保持していない。
が、一つの当ては最初からあった。
一斉蜂起からまだ一日も経っていないため、各地で制圧された軍事施設や司令部に戦力が集中していることは間違いないのだが、狙うべき誰かがいるという保証はない。
もちろん戦力を削るためにも、各地で分散している勢力を叩くのは必定とさえ言える。逆にいえば誰もいない可能性があるとしても、無視すべき目標ではないことになる。
しかし、そんなことはさて置いてもまず確認しておくべき場所があったのだ。
特例であるが故に、集団としての忍者達の情報網やその意向に疎い十三ではあるが、それでも伝え聞いていたことではあったのだ。
我等の祖国に再び帰る日が来る、との噂を。
噂は噂だ、くだらない話に違いない。だが、現状を見るに至っては考慮にいれなければいけないだろう。
他の何よりも優先すべきほどの確度は、しかし、ない。
だが、十三はまず何よりも先にその真偽を確かめることにしたのだ。
勘や予感、まして酔狂や郷愁などといったものではない。もっと明確な論拠に基づいた行動としてだ。
何故ならば、こんな事態は普通ならば起こり得ないからだ。
実際に起きている一斉蜂起に何をいうのかと言ったところだが、普通に考えるならば意味がないからだ。
一斉蜂起で忍者達に何の得があるのか?そもそも忍者達に一斉蜂起する理由があるのか?
ない。ないのだ。そんなものは。
いや、そもそも忍者という存在そのものが、
一時の混乱を抑えるために機能した忍者という存在は、その存在を存続させることで何よりもまず自分達の存在意義を失わせている。
もはや故国は完全に亡く、忍者以外に邦人たり得るような人間すらいない。
忍者が存在するのは、ただ忍者が忍者として存在するためになっていたのだ。
であるならば、一斉蜂起とはつまるところ彼等を忍者では無くすためにあることに他ならない。
だが、そんなことが可能か?以前に、蜂起という手段でどうにか出来ることか?
言うまでもないはずだ、そんなことは。
でなければ今まで忍者達が忍者などというものを続けてきたわけもないのだから。
ならば、目的は作られたと考えるべきで、現世界の側以外にその目的が生まれ得るとするならば、となるのだった。
十三はそれ故にまず目指すべき地点と目標を、滅んだ島に決めたのだ。
もっとも、その先に何があろうがなかろうが、向かうべき結末は一つしかあり得なかったが。
だから誰も考えない、考えようが同じが故に。
相手は十三。
それだけの人数がいた。
今は七影。六影を十三が屠った。
先の三影が作ったように、龍圏が三重にも作られ十三を包囲したが、結果は現在の有様だ。
三影は十三影の個々より実力は確実に上だろう。それでも十三影もの数相手ならば三影を確実に上回る戦力だ。
三影が相手をしたとして、犠牲は免れないとしてもおそらく十三影の側が勝っただろう。
だが、十三はむしろ三影に対するよりも十三影を圧倒していた。
三重の龍圏も、無数に放たれる断空も、すべて十三は逆に己の力と反射し寄せ付けなかったからだ。
制空力の差。三影の個々の力よりも、十三影の個々の力が確実に弱いため、束ねようと根本を突かれてどうにも出来なかったのだ。
ましてや今は七影だ。十三影もいて無理だったのだ、これから逆転がありえるはずもない。
しかし、そんなことはすぐにどうでもよくなった。
流星が落ちてくる。
いや、落ちて来た。不可解な軌道を描いた火の玉が、十三達の間を割るように落着する。
その速度は異常で、忍者達でさえただ回避して、落着の衝撃波と舞う火炎に身を守るしか出来ないほどだった。
その後の現象も異常という他ない。落着と言ったのも、着水せずに海上で爆ぜたからで。そのまま衝撃波と爆炎をまるで指向性でも持っているかのようにうねらせたのだ。
その時点で、いいや、流星が落ちてくるのを認知した次の瞬間から、現象の正体をその場の誰もが半ば理解していた。
踊る炎の中に浮かぶのは、半月。
笑みだ。そうだと気付いた次の瞬間には、爆ぜたはずの衝撃波と爆炎が螺旋を描く。
「刃にすらなれないお前達は何なのか」
声が聴こえると同時に閃光のごとく波と炎が牙を剥く。
凍る背筋の感覚に従うように、十三は全身全霊で防御。周囲の七影についても、おそらく同様に防護と回避に動く。
残っていた龍圏さえ容易く破砕して、衝撃波と爆炎が収束して砲弾のようにその場の全員に襲いかかった。
五影が粉砕、炎上、消滅。二影が半死半生になりながらもかろうじて生存。十三はなんとか炎弾を空破で相殺してみせて無傷だが、その力の圧倒ぶりを確かに実感する。
「忍者か?なら証を見せてみろ」
炎弾が飛び散った中心、流星の落ちたその場には、素敵に笑顔を振りまきながら不穏な印象の言葉を振りまく若い男が一人、いや、一影。
「げ・・・幻、十郎様!?」
残された二影が訳もわからない様子で、少しの非難と多くの困惑で構成された呼びかけを漏らす。
しかしその呼びかけの瞬間には、いつの間にかかざされ向けられていた一影、巽 幻十郎の掌からの閃光に貫かれる。
炎気雷動。光刃、とそう呼ばれもする白熱光の軌道に飲み込まれ、二影が一影に。
「な、何故!!」
残りが最期に一声上げるが、同時に二撃目の閃光が視界を焼き払う。
抵抗に動く間も無く殺戮された忍び達の姿に、しかし見届けるまでもなく十三は動いていた。
全力の閃空、同時に手刀に烈破へとの連携準備。さらに雷動に炎気を複合し周囲に全力の制空。その上で瞬きする間もなく幻十郎と十三は激突した。
「とはいえ、証を立てようと結果は同じだが」
閃空は相手の制空を蹂躙しながら十三を懐に押し込み、そのまま流れを移行して手刀と共に刃と化した、が、
言うと同じく悠長に、光刃を放って掲げていた掌で、何事もなかったかのように十三の手刀を幻十郎は受け止めていた。
「巫山戯ろ」
しかし十三が一言呟くと同時に手刀は押し込まれ、血飛沫が舞う。
掌を切られ、表皮だけとは言え傷つき幻十郎が血を流す。それでもその手は十三を離さず掴んでいた。
「何が、どうだ?」
そして幻十郎は不思議そうに首を傾げて見せる、道化のように場違いに笑って。
「貴様の存在そのものがだ」
対する十三は憎悪も怒りも何もなく、ただ吐き出すためだけに吐き捨てた。
幻はその言葉を深く微笑んで受け止めた。
本当に嬉しそうに。
続
技名がある理由?そりゃ伝達に一言で済むからですよ、決まってるじゃないですか。
それはそうと今回も遅かったね・・・まぁしょうがないね。