君の声
いろいろと考え長湯をしてのぼせそうになったけど、春とはいえまだ夜の空気は冷たいのですぐに体温は心地いい湯上りを感じた。
着替えてベッドに腰掛け、時計を見ると12時前。ミネラルウォーターの入ったコップをベッド横のテーブルに置いた時、スマートフォンの着信ランプに気がついた。
「あっ!健吾」
着信時間を見ると今から20分前。
「なんだろう」
着信履歴に健吾の名前があっただけで嬉しくなり、すぐに電話をかけなおすと2コールで健吾が出た。
「もしもし」
あぁ、やっぱりこの声が好き。この優しい声が。
さっきまでお風呂でグルグル渦巻いていた感情が、健吾の一声で心地いい気分に変わることが出来た。
「あ、ごめんね電話出られなくて」
「ゴメン、寝てた?」
「違う違う、お風呂入っていたから。健吾は?今帰り?」
「いや、だいぶ前に帰っていたよ」
会社を出てそのままアパートに帰り、ビールとつまみで夕飯を済ませていた。テレビをつけていても、なんとなく楓と近藤が一緒だったのか気になって、結局携帯を手にしていたのだ。
「そっか、今日は私早く帰ったから会わなかったね。で、何かあったの?」
「いや特に何ってわけじゃないけどさ。帰りにお前が近藤に誘われていたって聞いたからさ」
「やだ!誰に聞いたの?」
どうして健吾が知っているの?伝わるのが早すぎる。
「染谷だよ。たまたま通りかかって見たらしくてさ、2人の仲はどうなんだって聞かれたよ」
「・・・」
染谷くんにも見られていたんだ・・・廊下だものね、こうやって健吾にもばれているし。2人の仲って、健吾通して確認されるのも複雑。
「それで?近藤とは一緒だったの?」
「ううん。澤田くんが近藤くんを連れて行ってくれたから一緒に帰っていないよ。さっきまで咲季先輩と飲みに行っていたしね」
「澤田が?」
「あ、うん。近藤くんの勢いに困っていたから間に入って助けてくれたみたい」
「なんだよ、あいつ。俺が聞いても知らないって言っていたのに・・・でも驚いたな、近藤が楓を誘うなんてさ。そんなに真剣に誘うってことは、やっぱり・・・楓のこと好きってことだよな」
嫌だ。そういう事を健吾から言われるのは。
「好きかとか、そんなこと私にはわからないよ。ただ、食事に誘われただけなんだから」
「好きじゃなきゃ個人的に誘わないだろ。近藤は軽く声かける奴じゃないって楓だってわかっているだろ」
いつもの健吾より少し口調がきつく感じて、楓は少し驚いた。
「わかってるよ・・・」
わかってる、わかってるよ。でも、どうしようもないじゃない。
「楓を誘った近藤も、2人の仲はどうなんだって聞いてくる染谷も、楓の事が好きなんだと思うよ。他にも誘ってきた人いるだろ。楓は?好きな人いないにしても、気になる人っていないのか?」
「・・・うん」
言えないよ。答えようがないもん。健吾が好きで、健吾だけが気になって、私の答えはずっと変わらないよ。
言葉に出せない気持ちで胸が熱くなっていた。
「そっか」
健吾はさっきの自分の言い方に気付いたのか、少しずついつもの口調に戻っていた。
「今まで俺が相談することがあっても楓はないよな。誰かを気になるとか、好きになったとか聞いたことないし。俺は愚痴を言ったり、嬉しくてのろけたりするのは楓だから言えるんだからさ。俺も楓にも言って欲しいよ。楓に幸せになって欲しい思っているよ」
胸の真ん中がギュっとなった。
幸せになって欲しいって、そこに健吾がいないじゃない。他の誰かとじゃだめなのに。
涙が少し浮かんできたので気付かれないように息を吸い込んだ。
「ありがとう。健吾はやさしいよね。私も健吾に幸せになって欲しいって思っているよ。健吾はどうなの?伊東さんとは」
なんとか話を切り替える、私の幸せの話は苦手だから。
これだって本当は話したくない内容だけどね。
「う~ん。相変わらずだよ。時々飲み会って形で何人かで会ったりして、でも結構話せるようにはなったな。彼氏と喧嘩したとか、仲直りできたとか。なんか俺、兄貴扱いされてるのかな?」
「兄貴扱い?どうかなぁ。でも健吾だから相談してきているんじゃない?メールしてきたりするのでしょう?」
そう。なんだかんだいって連絡取り合っているしね。意外に伊東さんと健吾はもう近い距離にいるのかもしれない。でも、伊東さんには彼氏がいるから健吾も微妙な立場なんだろうな。
彼氏から取っちゃえばって言葉だけは言えない・・・言いたくない。
「うん、時々な。あ~あ、何か気晴らしにどこか行くか?楓は土日のどっちか予定空いてる?」
「うん!どっちも空いてる!」
嬉しい!健吾と出かけるのは久しぶりだもの。もし予定入っていても健吾を取るよ。
さっき涙が浮かぶ程悲しくなったのに、嘘みたいに心が弾んでいる。
「楓はどこ行きたい?」
「う~ん、まだ寒いかもしれないけど・・・海!」
そう、健吾とよく行った海に行きたかった。2人で初めて出かけたのも海だった。その海が大好きでまた行きたいって思った。
「よし!じゃあ土曜日でいいか?10時に迎えに行くな」
「うん、楽しみにしてるね。寝坊しないでよ」
「わかった。晴れるといいな」
「そうだね。じゃあ土曜日を楽しみにして仕事頑張る。じゃあまた明日・・・ってもう今日か。ふふっ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
幸せな気持ちで電話を切った。落ち込んだり、涙ぐんだり、嬉しくなったり忙しい電話。
結局私は健吾でいっぱいなんだ。-おやすみ健吾ー