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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
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幸せはここにある ①

あれから私達の距離はずっと近いものになった。健吾がそばにいてくれる、私を見つめ『好き』と言ってくれる。抱きしめられるたびにドキドキする。片思いで苦しかった感情とこんなにも違うなんて。幸せで怖いって本当にあるのかもしれない。

私達の仕事柄、帰宅時間は遅くなってしまう。その上今は会社も違う。

平日会える時間はちゃんと約束できないけれど、連絡を取り合って週に1回は早く帰れるほうが相手の会社近くまで行き、待ち合わせ場所で相手を待つ。そして食事をしてどちらかのアパートへ一緒に帰るようにし、土日はあたり前のように2人で過ごした。

私が早く帰れる時はもちろん美好で待ち合わせをした。

2人が付き合い始めてすぐ一緒に美好に行くと、健吾の隣に立つ私におばちゃんは抱きついてきた。照れくさくて言葉が出ない私に「よかったね」と満面の笑顔を見せてくれた。そして健吾にも同じように「よかったね」と言ってくれた。やっぱりここは私達の特別な場所なんだって思えた。

その美好に今も健吾と向かっている。健吾が駅まで迎えに来てくれた。「迎えに来なくても大丈夫だよ」って言ったのに、「いいから、駅で待ってる」と言ってわざわざ会社から美好と反対方向の駅まで来てくれたのだ。こんなに甘やかされていいのかな?ってふと思ってしまう。


「ねぇ、健吾」


手を繋ぎながら私の歩調に合わせてゆっくり歩く健吾を見上げると、「ん?」と柔らかい表情で少し首を傾げて私を見た。


「健吾って優しいね」


思ったことを言葉にした私に、健吾はふわっと柔らかく笑った。


「今頃気付いたか」


「知っていたけど、思っていた以上にってこと」


そう、今まで長い間そばにいて健吾の優しさは感じていたけど、付き合い始めてからの健吾は私が知っている以上の優しさを見せ与えてくれる。それが私の知らなかった部分で、それを昔の彼女や伊東さんには見せていたと思うと、何だか心がモヤモヤする。自分勝手なやきもちなんだけど・・やっぱり心がきしんでしまう。誰にも渡したくない、健吾の全てを抱えていたい、そんな醜くもある独占欲に自分が負けてしまいそうになる。

そんな私の心が見えたのか、健吾は繋いでいた手を解いてその手を私の肩に置いて優しく引き寄せた。


「楓にはそうしたくなる」


ささやくような優しい声が私の心をほぐしていく。

こうして健吾はいつも私を安心させ、甘やかしてくれる。

その言葉でちゃんと理解しているのに、もう一度甘い言葉を聞きたくなってしまう。


「私・・には?」


「そう、楓だけには」


さっきと同じ柔らかい笑顔を見せて、さっきよりも強く肩を抱き寄せてくれた。

わざと私が聞き返したことも分かっていて、それを気持ちで返してくれる。

こんな健吾を知ってしまったら、もう離れることなんてできない。

歩きながらもそんな幸せについ浸ってしまう。そうしている間に美好の看板が少し先に見えてきた。


「咲季先輩と澤田くんもう来ているかな?」


「う~ん、どうかな。隼人もなるべく早く行くって言ってたけど」


「会えるの久しぶりだから嬉しいな。4人で飲むってなかったしね」


「そうだな」


もっと早くみんなで集まって飲んでみたかったなんて思っている間に美好の前に着いた。そして健吾は私の肩に置いていた手をはずして美好のドアを開けてのれんをよけ、私を先に中へと入れてくれた。

するとおばちゃんがカウンターの席の前に立っていて、満面の笑顔でいつも通り迎えてくれる。


「いらっしゃい、楓ちゃん・健吾くん」


「こんばんは」


「こんばんは」


2人同時におばちゃんに声をかけて3人で笑う。

前のようにこれが私達の日常になる。


「お疲れ様、今日は一緒に来れたのね」


「うん、駅で待ち合わせしたから」


「そうなの、奥で咲季ちゃん待っているわよ」


そう言われていつもの席を見ると、咲季先輩が笑顔で手をおもいっきり振って私の名前を呼んだ。


「楓~久しぶり!会いたかったよ~」


「咲季先輩!」


咲季先輩のもとへ走っておもいっきり抱きついた。

健吾と付き合えることになって、ずっと相談してきた咲季先輩には報告して本当に喜んでくれた。「楓、本当におめでとう。よかったね」って言ってくれて、私も心から嬉しかった。

本当はもっと早く会いたかったのだけどお互いの予定がなかなか合わなくて、早めに今日の予定を約束してみんなで会うことに決めていた。


「何~早速一緒に来たの?待ち合わせしたって聞こえたんだけど」


咲季先輩が興味津々に私と健吾を交互に見ながら聞いてくる。


「そう、駅で待ち合わせして来たんです。ここで待ち合わせでよかったんですけどね」


「山中くんが迎えに行くって言ったんでしょ~。さっさと帰り支度して、帰って行く姿見たんですけど~」


面白そうに健吾のことを見ながらからかっている。健吾はばつの悪そうな顔をして言葉にできずにいる。それがまた咲季先輩には面白いようだ。


「迎えに行っちゃうとか、もう楓に甘々ね。そっか、山中くんってそういうタイプだったのね」


『ふんふん』とうなづきながら納得した様子。確かに今の健吾は甘々だ。


「勘弁してください」と言いながら、私には席に座るように言ってきた。そして私が咲季先輩の前に座り、私の隣に健吾が座った。

そして咲季先輩と私が雑談していると、おばちゃんがおしぼりを渡してくれた。


「はい、おつかれさま。隼人くんが来る前に始めるかい?」


今日は4人とおばちゃんに伝えてあったから気を使ってくれた。そんなおばちゃんの言葉に、健吾が咲季先輩に尋ねる。


「あれ?隼人はもう戻ってました?」


「えっ・・あ、ううん。少し遅れるって連絡あった・・」


少し焦った様子でそう教えてくれた。


「そうですか。じゃ~おばちゃん、先に始めちゃう」


「そう、じゃあ飲み物は?」


おばちゃんに聞かれて、みんなビールとそれぞれ食べたい物を伝えた。

すぐに運んでもらったビールで乾杯し、咲季があれこれと楓に聞いて健吾が冷やかされた。おばちゃんに運んでもらった肉じゃがや揚げだし豆腐、卵焼きなどを食べながら笑い声は絶えなかった。

そこへ入り口のドアが開き、おばちゃんの「あら!いらっしゃい。待ってたわよ」と弾む声が聞こえた。

「こんばんは」と言葉を返すお客に視線を向けると隼人だった。


「隼人!」


健吾が呼ぶと隼人は視線をこっちに向けて歩いてきた。


「遅くなってごめんね」


健吾と楓に視線を送りビジネスバッグを床に置いた。


「俺達も始めたばかりだよ。何飲む?」


「ん~、ビールで」


テーブルを見てみんながビールを飲んでいることを確認してそう言った。健吾が「おばちゃんビールお願い」と注文している間に隼人は咲季の隣に座り、「遅くなってすいません」とささやくような声で隣にいる咲季に微笑を見せた。「・・っうん」と答える咲季の方が何だかぎこちなかった。

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