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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
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そばにいて ③ ~もう一人の嘘つき~

健吾と楓が向き合い話している頃、会社では咲季が残業でいつもより遅くまでパソコンの入力作業に没頭していた。明日は休日出勤でアポイントの約束を取ってある会社訪問があるから、週明けに訪問する取引き先への提案書は今日中に仕上げるしかない。

いつもならこれほど時間はかからないのだが、最後の確認作業から訂正をするのに気持ちがそぞろになっていた為、指は止まり見るべきパソコンの画面から視点はあちこちに移っていた。

理由は帰社した時に自分のデスク上に貼られた付箋を見たからだ。「行ってきます 山中」と書かれた内容にいろんな思いが巡ったのだった。

健吾はちゃんと向き合って話すことができたのだろうか。楓は素直に気持ちを伝えることができたのだろうか。何度もそんなことが気になって、自分のやるべきことが遅れるのは珍しいことだった。

そして提案書をやっと仕上げ周りを見渡すと、フロアに残っているのは自分ひとりになっていた。

仕事も終わり会社に残る必要はなかったのだが、咲季にはまだ残る理由があった。

バッグから野菜ジュースを取り出してボーっとしながら飲んでいると、フロアの入り口のドアが開かれる音が聞こえた。そっちに視線を向けると、入ってきたのは隼人だった。


「おかえり~」


いつものように声をかけると、隼人は少し驚いた顔を見せた。


「お疲れ様です。こんな時間まで残業ですか?」


「まあね、なかなか仕事がはかどらなくてさ」


「珍しいですね」


コツコツと足音をたてながら、私のデスク横まで歩いてきた。


「これが気になってね」


そう言いながらパソコンに貼り付けておいた健吾からの付箋を見せた。隼人はそれに目を通すと「ああ」と微笑をたたえた。その笑みを見ながら気になっていたことが頭に浮かぶ。

咲季のデスク横からすぐそばの自分のデスクに歩いていき、健吾からの付箋を目にした隼人を目で追う。

表情を見てもよく分からない。また一瞬微笑を見せただけだったからだ。

咲季はそんな隼人がどうにも気になったのだ。ビジネスバッグを置いてイスに座った隼人のそばまで行き、彼の顔を覗き込むように見る。


「それで?もう一人の嘘つきはどうなの?」


つい意地悪な言い方をしてしまう。そんな私の言葉に視線を少し上げてこっちを見た。


「澤田くんは、これでよかったの?」


「何がですか?」


「本当は好きだったんでしょう?」


「・・・・・」


楓の名前を出さなくても、直球の聞き方をしてしまう。そんな私の質問に少しだけ表情を変えて見せた。ずっと前から気付いていたけど、言わなかったこと。答えようがない質問と分かっているけど、ずっと彼が秘めてそれでも2人の応援をしてきたことを思うと、何も言わずにいられなかった。余計なことだけど、誰もいなくなったフロアで彼に一言だけでも声をかけたくて帰りを待っていたのだ。もっと優しい言い方ができればいいのに、その辺は咲季も不器用だった。


「長い間ずっと想っていたのに決して近寄らず、楓に近づく男達から守って、楓の応援して最後は2人の仲くっつけちゃうなんてさ・・どれだけいい男なわけ?」


そんな私の言葉に苦笑して見せた。


「後悔していないの?」


「う~ん、はい」


「好きすぎて言えなかったとか?」


「さあ、どうでしょう?」


聞いてはすり抜ける隼人に、いつもならカチンと来るのに今日はそうならなかった。

楓と同じように想う気持ちを伏せて、相手の気持ちを応援する隼人を思うと何だか切なくなった。

そんな思いからつい目の前の隼人の頭に手をやり、そっと撫でた。


「頑張ったね」


サラサラな髪に隠れて見える瞳が少し驚いているように見えた。

そしてその瞳が私をじっと見つめたかと思ったら、次の瞬間ゆっくりと立ち上がった。

そしてデスク横に立つ私の正面に立ち、さっきとは逆に私を見下ろしてささやいた。


「誰にも話していないから、慰めてくれる人がいません・・。今井さんが僕を慰めてくれますか?」


そう言うと私の左肩に頭を乗せた。

あまりに意外な行動にかなり驚いたが、彼が初めて見せた素顔のような気がして、「うん、いいよ」と答えてその頭をポンポンと優しく撫でた。


「ありがとうございます」


そう聞こえたと同時に、微かに笑った声が聞こえた。

隼人らしいなと思いながら、今度は彼の背中をポン!と叩き、


「よし!じゃあ今日はガッツリ飲みに行こう」


そう元気づけた。すると隼人は咲季の肩から頭を離し、咲季に視線を合わせ極上の笑顔を見せた。

咲季はその笑顔を見て「あ~こんな笑顔するなんて、想像以上だな。そりゃあ反則だわ」と心でつぶやき、何とも言えない鼓動を感じた。


しかし咲季は気付いていなかった。

咲季の肩に頭を寄せて「ありがとうございます」と言った時に見えなかった隼人の微笑を。

それは咲季の見たことのない色気のある微笑だったことを。






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