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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
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決意

相変わらず健吾とプライベートに言葉を交わすことはなく、極力会社にいる時間を減らす仕事の仕方をしていた。

こなさなければいけない仕事はきちんと仕上げていたけど、仕事に集中しているわけではなかった。

今まで大変な中にも僅かに仕事を楽しめる感覚があったのに、今はそう感じることができない。

淡々と仕事をこなし、虚無感の時を過ごす。なるべく考えないように、目先に映るものから逃げるように。

それでも職場という環境から逃げられない現実がある。


「柚原さん!」


呼び止められたその声に「ドキッ」っと身体が拒否感を感じる。

振り向けば想像通りそこに伊東さんが立っていた。


「あっ・・、お疲れ様」


笑顔を作ろうと意識するけど、うまく笑えない。

そんな私の前まで伊東さんが寄ってくる。


「この前はすいませんでした」


そう言って頭を下げる。それを見ておもわず目を背けたくなった。

考えないようにしている現実を、またぶつけられるような気がしてしまう。

彼女と関わることはもう避けたかった。


「ううん、私こそ途中で抜けてごねんね」


伊東さんと彼氏の目の前で偽りのキスをして健吾に言葉をぶつけ、逃げるようにその場を去った私。

健吾を守る為に言った嘘に、彼女も困惑しただろう。

健吾と伊東さんがどんな付き合いをしていたかまで私は知らないけど、彼氏の持つ疑惑に「健吾と付き合っているのは私」と言い放ったのだから驚きはしたと思う。


「いいえ・・ご迷惑おかけして本当にすいませんでした」


小さくなって謝り続ける姿を見ていると心が痛む。


「あの後・・・大丈夫だった?」


「はい、ちょっと驚いていましたけどなんとか信じてくれたみたいです」


信じてくれたみたいですって、それで彼女の三角関係は終わりなのかな?彼女に惑わされた2人の男達はスッキリすることはないはずだけど。可愛い顔してこんな揉め事を起こし、うまく付き合い続ける彼女みたいな人を魔性と言うのかな・・なんて思ってしまう。彼女のことを考えると私は嫌な女になってしまう。


「そっか、よかったね」


作り笑いでそう答えた私に彼女は声のボリュームを抑えて聞いてきた。


「あの・・柚原さんと山中さんは付き合っていたんですか?」


上目遣いで私を見る彼女は、女の私から見てもやっぱり可愛い。

この質問は心が痛いけど、ちゃんと誤解を解いておかないといけないよね。


「私と健吾が?ううん、付き合ってなんかいないよ」


首を横に振りながら精一杯の笑顔・・苦笑いで答える。


「あの時健吾は伊東さんのこと守ろうとして、彼氏に頭下げて謝って誤解を解こうとしたでしょう。私はあの場を取り繕っただけ。友達だから健吾を手伝っただけだよ。あんなやり方だけどね・・ああでもしないと彼氏信じないでしょ」


「・・・」


言葉を飲み込み気まずそうに表情を曇らせる伊東さんを見ると、心に波が立った。


「伊東さんはあれでよかったの?彼氏に信じてもらえば、それでいいの?」


「えっ?」


私の言葉に戸惑いを見せた。


「伊東さんにとって大切な人はやっぱり彼氏だった?健吾は優しくて相談にのってくれるただの先輩?失って悲しい存在は誰?」


「・・・・・」


私の質問に伊東さんは少し驚いた顔をしている。本当は私が立ち入ってはいけないことだけど、いつもなら飲み込んでいた言葉が今は躊躇せず出てしまう。

誰の気持ちを優先したらいいのかは分からない。でも無意識に守ってしまう想いがある。


「健吾は誰にでも優しいわけじゃないよ」


「え・・」


「誰にでもじゃない。頭下げて守ってあげたいと思うのは誰にでもできることじゃない。伊東さんにも分かるでしょ・・そうゆう気持ち」


きつい言葉を言っているつもりはないけど、視線は伊東さんを強く見つめてしまう。

伊東さんも返事はないけど、視線を外さず合わせてくる。


「伊東さんの気持ちを理解して、健吾は守ったんだと思うよ・・」


視線の先に伊東さんの彼氏に頭を下げていた健吾の姿を思い出してしまって、胸がざわつき目頭が涙の重さを感じて無意識に揺れる。

そんな私の様子を伊東さんは感じたのかもしれない。探るような瞳で聞いてきた。


「柚原さん・・あのもしかして・・山中さんのこと・・」


その言葉に左の瞼がピクッと痙攣した。


「・・何が?」


一瞬つまったけど、何とか動揺を隠して聞き返す。

悟られたくない気持ち、彼女には。こんなことを話していれば気付かれてしまうのは、あたりまえかもしれない。それでも嘘を突き通したかった。


「もしかして山中さんのこと・・好きなんですか・・?」


囁くような小さな声で真っ直ぐ聞いてきた。


「違うよ」


即答で答えを返す。これだけは自分が通さなければいけないこと。「そうだよ」とは絶対に言えない。


「勘違いさせちゃったかもしれないけど、それは違うの。健吾とは同期で付き合いが長いからどうしても健吾の味方になっちゃうから。あの場に健吾を呼んだのは私だし、責任を感じていたの。ごめんね、変なこと考えさせちゃって」


「いえ・・」


納得している感じはないけど、これ以上話していたらだめだ。今の不安定な感情で話していたら、必ず良くない方に向いていく。


「幸せになって。ごめんね・・私はそれしか言えない」


「はい、ご迷惑かけてすいませんでした」


「ううん、そんなことないよ。じゃあね」


お互い言葉を飲み込んでその場から離れた。

あれでよかったのかな・・。また余計なことをしたのかもしれない。

結局健吾の恋の応援なんて、全くできなかったのかもしれない。


「はぁ・・・」


大きく深いため息が出る。何をやっても後悔ばかりで、心がどんどん苦しくなる。

あの日から戻ることのない私達の関係は、きっとこのまま変わらない。

それでも私の健吾への気持ちは変わらない。

もしもう一度前のように接することができても、健吾の恋を笑顔で応援することはもうできない。

結局同じ所をグルグルと回り続けてしまう。


「はぁ・・・」


もうどれだけ考え続けただろう。

考えても考えても答えを出すことができなかった。

でも今日伊東さんと話して感じたことがあった。


   -健吾と伊東さんはどうなるのかなー


   -もう健吾の好きな人を見たくないー


   -もうここにいたくないー


気持ちがどんどん追い詰められた。

考えながら営業部のフロアに戻って自分のデスクに座ったけれど、もう残業をする気になれなくてバッグとコートを持ってまだフロアに残って仕事をしている人達に挨拶をして会社を後にした。

歩きながら何度も考え直す。でももう自分にはそれしか選択できない。


   -もう、終わりにしようー


自分の気持ちを伝えることなくずるい逃げ道だけど、それでいいと心に決めた。

そしてここ最近考えていたことを決意してスマートフォンをバッグから取り出す。


自分の決心が変わらないうちに・・迷いださないうちに。


駅への帰り道ではない路地裏に入って雑音のない場所で電話をかける。

4コール鳴らしたところで相手の声が聞こえた。


「もしもし?」


「もしもし・・今電話大丈夫?」


「うん、どうした?」


英輔の優しい声が耳に響いた。


「うん、あのね・・前に言っていた転職の話・・まだ大丈夫かな?」


私の言葉に英輔は驚いたのか、一瞬息を吸ったのが耳に聞こえた。


「・・どうした?楓。何かあったのか?」


「うん・・・うん」


うまく言い出せずに話そうとしても涙が出そうで鼻の奥がキューっとなって硬く唇を噛んで堪えた。

それを電話越しに感じたのか英輔はそれ以上聞かずに、


「いまどこ?あと30分位で帰れるからそっち行くよ」


そう言って今いる路地裏近くにあるダイニングバーで待ち合わせの約束をして電話を切った。

先にお店に向かい寒かったのでとりあえずカフェオレをオーダーして、気持ちを落ち着かせようとテーブルに両肘をついて手のひらで顔を覆い何も考えないようにする。ゆっくり呼吸をし、閉じた瞼を指先で軽く押さえると暗い闇に包まれて少し落ち着くことができた。


「お待たせいたしました、カフェオレでございます」


その声にハッとして覆っていた手のひらを離し、テーブルに置かれたカフェオレに視線を移す。その香りに少し癒された。

熱いカフェオレを少しずつ飲むと、冷えていた身体が少しずつ温まってきた。そして飲み終わる頃、英輔が店内に急いで入ってきた姿が見えた。


「悪い!待たせたな」


ビジネスバッグをイスの上に置き、コートを脱いでバッグの上に置いて私の正面に座った。

そして通りかかったスタッフにコーヒーをオーダーをした。

その後何も話さず少し顔を傾け私の顔を見ている。そんな英輔の眼差しに私も何も言えず顔を引き気味に見返す。少し経つと「フッ」と小さく息を抜くように微笑んで口を開いた。


「で?何があった?転職決意する程のことがあったんだろ。そうゆう顔してるよ」


そう言われて自分の頬を両手でさする。確かにこの短時間で何でもない表情を作ることはできなかった。


「いきなりごめんね。勝手なこと言っちゃって」


「ばか、そんなこと気にするなよ。いろんな事考えたんだろ」


「うん・・・」


視線を落としため息をつきながらなかなか話せない私を、何も言わずに待ってくれた。それからゆっくりこの前起こった事、さっきのことを話した。思い出しながら話しても感情が揺れる。そんな私に無理に聞いてくることなく待ってくれた。全部話したところで英輔の顔を見ると、優しい顔して頷いてくれた。


「そっか」


少し首を傾け視線を私からそらさずに見ている。今までも健吾のことや伊東さんのことを何回か話していたから、私の感情も状況も分かってもらえたことが英輔の表情から理解ができる。

そしてテーブルに置かれたコーヒーを一口飲んで聞いてきた。


「でもまだ好きなんだろう?いいのか?」


心配そうに聞いてくる。あれだけ英輔にも自分の気持ちを話してあったからそう思うよね。その質問に私の心も苦しく軋む。


「うん・・どれだけ考えてもやっぱり好き。でもこれ以上健吾のそばにいたら、私はどんどん嫌な奴になる。表面上は笑うことができても、嫉妬とひがみだらけでいい友達なんてなれない。もう前のように接することもできない。伊東さんにまできついこと言っちゃう」


英輔が何度も小さく頷きながら真面目な顔で聞いてくれる。


「伊東さんのことうまく逃げているって言いながら、私のほうがいろんな事から逃げているんだよね。健吾と話すどころか一緒にいるのも苦しくて、ずっと考えてもどうしたらいいか分からなくて。さっき伊東さんと話して気持ちが揺れて全てを投げ出したくなって英輔に電話しちゃったけど、自分でもちゃんとしたいの。もし環境を変えて少しでも頑張れるなら・・私頑張りたい。ごめんね、こんな中途半端な気持ちで転職のお願いなんかしちゃって」


申し訳ない気持ちで頭が下がる。


「そんなことないよ、俺のほうが楓と一緒に働きたくて誘ったんだからさ。悪いけど俺は嬉しいよ。逃げたっていいじゃん。迷いもあるだろうけど楓が決めたなら俺は応援するよ」


そう言って白い歯を見せながら笑顔を見せてくれる。そしてテーブルの上に置かれたコーヒーを一口飲んでそばにあるメニューを手にして私の前に差し出してくれた。


「会社の説明もするけどさ、とりあえずご飯食べよ!俺腹減った。楓何食べたい?」


そう言ってメニューを覗き込んで私の好みを聞き、ビールと料理をオーダーした。食べている間英輔はいろんな話題で私を楽しませてくれた。そして食事を済ませた後、バッグから会社のパンフレットを取り出し詳しく仕事について話してくれ、今後のことはまた連絡してくれると約束をした。















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