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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
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ひとりじゃない

予定より遅くなっちゃった・・・

外回りから帰社し、営業部のフロアに入る前にドアからそっと中を見渡し健吾の姿の有無確認する。

これが最近の癖になってしまっている。

あの日から社内で顔を合わせても、言葉を交わすのは仕事に関する必要最低限になってしまった。

なってしまったと言っても自分がそうゆう空気を作り上げてしまったのだからしかたがない。「これでいいんだ」と自分の心に言い聞かせる。

想いを絶つ方法はこんな形しか私は知らない。

健吾も最初は話しかけようとしてくれたけど、私の拒絶する空気・態度に今では視線を合わせることもなくなった。

ただ、こうして会社に戻ってきて帰るまでの間に残業する社員の少なくなった中で、すぐそばのデスクに健吾がいる空気が苦しくて、こうしてとりあえず健吾の姿を探してしまうのだ。

幸いなことに、あれから健吾の帰社時間は前よりも遅く、急いで仕事を終わらせ帰宅するようにした私と顔を合わせる日はかなり減った。

急いで帰る私と同じように、健吾もわざと帰社時間を遅らせているのかな・・なんて考えたりもする。

今日も・・まだ帰ってなかったみたい。健吾の姿がないのを確認して、中に入る。


「お疲れ、楓」


自分のデスクに向かう途中、咲季先輩に声をかけられる。


「あっ、お疲れ様です」


笑顔で答えそのまま自分のデスクまで歩き、既に自分の席で仕事している澤田くんに声をかける。


「お疲れ様」


「お疲れ様、今日は遅かったんだね」


笑顔で答えてくれる澤田くんに、同じように笑顔を見せる。


「うん、もっと早く戻る予定だったんだけどね。澤田くんはいつも戻りが遅いから、今日は早い方だよね?」


「そうだね、今日は早めに切り上げてきたから」


「何か予定あるの?」


「ううん、別に」


そう言って、変わらず笑顔を向けてきた。

そうして澤田くんと話していると、デスクの上にコーヒーの入ったカップが置かれた。


「はい!今日もお疲れ様」


そう言いながら咲季先輩は澤田くんのデスクにもコーヒーを置いて、私のそばにイスを引いてきて座った。


「ありがとうございます」


コーヒーのお礼を言い、熱いコーヒーを一口飲む。砂糖とミルクが多めで疲れた身体に心地よく染み渡った。


「美味しい」


私が言葉に出して言うと、「よかった」っと言いながら咲季先輩もコーヒーを飲み始めた。

澤田くんを見ると、イスの背もたれに寄りかかりながら同じようにコーヒーを口にしていた。


「ねえ!楓、今日はこれで仕事終わりでしょう?」


「はい」


「じゃあ~飲みに行こ!」


誘いではなく決定の潔さを持って満面の笑顔を見せた。

このまま自分の部屋に戻って、空虚な気持ちでボーっとするよりずっといいかもしれない。

こんな時誘ってくれる咲季先輩の存在が楓には嬉しかった。


「いいですよ」


私の顔も自然と笑顔になる。


「いいお店見つけたからさ。料理も美味しい所」


「じゃあこれだけ終わらせちゃいます」


そう言いながらコーヒーをデスクの上に置きバッグから書類を出した時、


「僕も一緒に行っていいですか?」


澤田くんが珍しく会話に参加してきた。


「いいよ~大歓迎、ねっ?楓」


咲季先輩に促され、笑顔で答える。


「うん。澤田くんはもう終わったの?」


「もういつでも大丈夫だよ」


そう言った澤田くんのデスクの上を見ると、パソコンは閉じられ広げられていた書類などは全て片付けられていた。


「私も今日はもういいかな。お腹空いちゃったし、また明日続きやる」


「そうだよそうだよ。さあ!じゃあ支度して行こう」


咲季先輩の上機嫌な声に乗って、デスクの上の書類を引き出しにしまって鍵をかける。

コートを着てバッグを持って3人でフロアから出ると、咲季先輩がタクシーを呼ぶ電話をかけた。


「すぐ来るって。とりあえず行こうか」


エレベーターで降りて、会社前で数分待って到着したタクシーに乗り、咲季先輩の誘導でお店に向かった。

以前咲季先輩と飲みに行ったお店の方向ということは分かった。

お店に着いて店内に入り、少し照明の落ち着いたゆったりした雰囲気に心も和んだ。

今はあまりワイワイしたお店よりも、しっとりした場所を求めている。

店員さんに個室に案内され、咲季先輩と並んで座り、向かいの席に澤田くんが座った。

ビールとそれそれ好みの料理を注文し、まずはビールで乾杯し次々に運ばれた料理を食べながら他愛無い話で盛り上がった。

こんな感じ最近なかった気がする。

それと共に会社から離れたこのお店を咲季先輩が選んで連れて来たことの意味を少し感じ取っていた。

前にもこんな事があったからだ。

でも今日は澤田くんが一緒だということで、「違うのかな?」と思ったりもしたけど、料理をある程度食べ終わり何杯目かのドリンクが運ばれた後、咲季先輩がいつもよりワントーン落とした声で尋ねてきた。


「それで?最近何があったわけ?」


突然の切り出しに一瞬慌てる。


「えっ?」


思わず咲季先輩に顔を向けると咲季先輩もこっちを見ていて、「ん?」って少し首を傾けて微笑んでいる。


「最近2人の様子おかしいでしょ。全くって程話してないし、空気がね明らかに違うでしょ。いくらなんでも気付くわよ」


「・・・」


「何があった?」


咲季先輩の優しい声に戸惑いながら思わず前を見ると、優しい笑顔で澤田くんが私を見ている。

今まで咲季先輩と澤田くんには別々に相談してきたけど、今こうして2人が一緒に私の表情を伺いながら確認してきたことを見ると、何となく状況が判断できる。

でもそれは少しも嫌な感じに思わなかった。

2人共いつも優しく不安定に悩む私を受け止めてきてくれたから。

だからこうして仕事の後、一緒に気遣ってくれたことに嬉しく思えたから素直に今の状況を話すことができる。


「やっぱり・・ばれちゃいましたか?」


分かっているのについ言ってしまう。


「当たり前でしょ。2人話さないし、明らかに空気違うし」


苦笑いしながら言う咲季先輩に、私も苦笑いで返す。


「そうですよね・・・」


無意識に視線が落ちていく。


「全部言っちゃいました。今まで健吾の恋愛応援もしていなければ、健吾の幸せも願ってない。今までずっと嘘ついてきたって」


大まかに話して咲季先輩を見ると、驚いた表情を見せた。そして澤田くんに視線を移すと、困ったような瞳を私に向けている。

確かに私の言動は極端だったから、2人にそんな顔をさせてしまうのは当たり前だ。


「何でそんなことになっちゃったの?」


「外回りから会社に戻る途中に伊東さんと彼氏の喧嘩に偶然遭遇して、健吾と伊東さんが2人で会っていた事を知って彼氏が疑っているって巻き込まれて。この前美好に行っていたのがばれたらしくて。それで私が健吾呼び出して4人で話したんです。関係ないけど私が彼氏の手前2人は何でもないって伝えたけど、健吾は何も言わず彼氏に謝っていて。伊東さんとはただの同僚だから信じてあげてくださいって言っているのを見たら何か・・・悲しくなってきて。その場抜けてきたのに、健吾追いかけてきて。私頭の中グチャグチャになって言っちゃったんです」


あの時の情景を思い出し、感情が乱される。


「楓・・・」


咲季先輩が悲しそうな瞳を見せる。


「健吾の相談のっていても面倒で、もう限界って言っちゃいました。電話くれても無視して、その後健吾に話しかけられても関わりたくないって拒絶しちゃったし・・自分の気持ち断ち切る為に健吾をすごく傷つけてしまいました」


話しながら涙がボタボタ落ちた。自分勝手なことをしたのだから涙流さないように話さないとって堪えていたのに、健吾の顔が浮かぶとまだ心が締め付けられる。

そんな私に咲季先輩が綺麗な花柄のハンカチを差し出してくれた。


「あっすいません。大丈夫です」


私が首を振って遠慮すると、そのハンカチで優しく頬をおさえてくれた。


「ばか、遠慮しないの。ねっ?使って」


そう言ってハンカチを手渡してくれる咲季先輩を見ると、その瞳に涙を浮かべていた。


「咲季先輩・・・」


涙を浮かべながら微笑んでいる咲季先輩を見てまた涙が溢れてしまう。


「ばかだなぁ~。あんなに好きな気持ち隠してそばにいたのに。自分の気持ち飲み込んで飲み込んで山中くんの恋応援してきたのに。気持ちぶつけてスッキリすればいいのに、山中くん傷つけたって後悔しちゃうなんてさ。お人よし・・」


言いながら咲季先輩が瞳に溜めていた涙をポロポロ流した。

その言葉が胸に響く。今手渡してくれた花柄のハンカチを咲季先輩に返そうとすると、


「大丈夫、楓が使って」


と微笑んでくれた。涙を流した笑顔なのに、すごく綺麗に感じた。


「でも・・」


私が言いかけた時、澤田くんが会話に混ざってきた。


「柚原、せっかくだから使わせてもらえば?今井さんはこれ使って下さい」


そう言いながら立ち上がって自分のスーツから濃紺のハンカチを取り出し、咲季先輩の横に立って手のひらにそっと乗せて自分の席に戻った。


「何よ・・もう」


咲季先輩が少し照れた言い方をすると、


「じゃあ、今度は僕が涙をふいてあげましょうか?」


まるで冗談を言うように微笑みながら少し首を傾けた。


「自分でふけるわよ!」


少しむくれながら渡されたハンカチで頬を強く擦る咲季先輩を見たら、涙を流していたのに不思議と笑えてさっきより気持ちが少し落ち着いた。

澤田くんもこうゆう時さり気なく優しいんだよね。

今3人でいられることを幸せに感じられた。


「柚原も大丈夫?」


「うん、ありがとう」


澤田くんが小さな声で聞いてくれる。


「咲季先輩も澤田くんも本当にごめんなさい。いつも相談にのってくれたり心配させたりしていたのに」


私の言葉に少し間を置いて咲季先輩が問いかけた。


「楓・・これで終わりにしちゃうの?自分の気持ち消しちゃっていいの?」


「うん・・・分からなくて。ず~と嘘ばかり重ねて健吾と接して自分で首絞めすぎて、どうしたらいいか分からなくなっちゃったんです。それで今の状況も作っちゃって。これでいいんだって思う反面、後悔に潰されそうになったり。今は顔を合わせるのも恐いです」


これが今の気持ちの全て。2人にだから話せること。


「そっか・・いつも近くにいるものね。それはそれで辛いよね」


「はい。だから嫌な態度ばかり取っちゃいます」


私がしんみり答えると澤田くんが、


「たまにはいいんじゃない?柚原が今までたくさん泣いた分、健吾のこと少し困らせてあげれば」


しんみりした咲季先輩と私とは対照的に、軽くウインクするように澤田くんは助言する。

澤田くんが言うと悪いことじゃないように感じてしまう。


「ほんとに~?」


咲季先輩は眉間にしわを寄せながら軽く澤田くんを睨む。


「それ位しないとね」


そう言いながら微笑んだ。


「しかし、伊東さんは何だかなぁ~。結局彼氏を手放したくないわけでしょ、引っ掻き回すだけ引っ掻き回して迷惑な奴」


そんな言葉に私は苦笑いしか出なかった。


「山中くんもさ、何で何も言わないで彼氏に謝ったのかね。分かんないな~」


ワインを飲みながらつぶやく咲季先輩に、


「私も・・分からないです」


私がそう答えると、


「ね~澤田くんは?友人の行動・気持ち分かんないの?」


今度は澤田くんに視線を送り、絡むように聞いた。そんな咲季先輩に視線を合わせながら、


「う~ん何も考えてないことないだろうけど、女心が複雑な様に男の心も複雑なのかもしれませんね」


なんて言葉で返していた。咲季先輩は納得いかない様で、


「何よ!どっちの味方しているのよ!」と怒ると、「もちろん柚原の味方です」と笑顔でさらりと言った。

まるでさっきのしんみりした雰囲気はなく、私はそんな様子を笑顔で見ていられた。










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