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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
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諦めと未練

終わっちゃった・・恋の終わりなんて簡単に終わってしまうものなんだ。

長い年月想っていても、片思いなんて一瞬で砕け散ってしまう。

残る物は、どこまでも深い悲しみと行き場のない積み上げた気持ち。

次々に溢れる涙は、自宅に戻り嗚咽しきっても意思とは別にゆっくり流れ続けた。

長い時間が過ぎて涙の乾いた目尻をぬぐいながら、着たままだったコートを脱いでベッドに横になった。

目を閉じて無になろうと思っても、健吾の顔が浮かんでしまう。打ち消そうと目を開けても視界が鈍り、またボーっと考えてしまう、健吾のことを。


「健吾・・」


思い出ばかりがよみがえり、悲しみの感情に襲われ泣いても泣いても繰り返す。


「・・健吾・・・」


もう伝えられない想いが頭に胸にパンクしそうな程広がってただ名前を呼び続けた。

眠れない夜はそのまま過ぎて、カーテン越しに朝日を感じてベッドから起き上がる。

時計を見て一瞬焦ったけど、今日が土曜日だったことを思い出しホッとした。


「よかった・・・」


思わず声に出てため息が出る。こんな気持ちで職場に行けない。仕事だってできないし、今は健吾にも会いたくない。

それに今の自分の顔も想像できる。かなり酷いだろう。目の周りは涙の跡でカピカピしている。もちろん瞼も腫れに腫れているはず。それに化粧だって落としていない。鏡を見るのも怖い。

いろんな意味で今日が休みでよかった。そして明日も。


   -この2日間でなんとか気持ちを落ち着かそうー


目を閉じてそう心に言い聞かせた。

そして深呼吸して立ち上がり、クローゼットからバスタオルと着替えを取り出してバスルームに向かう。

服を脱ぎ、シャワーを頭から浴びた。冷えた身体に熱いお湯が気持ちよく染み込んでいく。

このまま健吾を好きだった気持ちも、辛い気持ちも流してしまいたい。

そんなことできないって分かっているけど、何度も何度も顔を拭いながら全身で流れ続ける熱いシャワーを浴びた。


ルームウェアを着てバスルームから出ると冷たい空気にかなりの温度差を感じた。


「あぁ・・そっか」


独り言をつぶやきながらソファー前のテーブル上のリモコンを手にして、運転のボタンを押す。

寒い部屋に帰ってきたのに暖房を点けることもしていなかった。

ミネラルウォーターをグラスに注いでソファーに座り飲んでいる間に部屋は暖まった。

グラスをテーブルの上に置き、テレビのリモコンの電源を押しソファーに寄りかかる。

別に見たい情報番組ではなかったけどボーっと見ていると、いつの間にか眠りに落ちていった。


意識の奥に着信音を感じて目を覚ます。

ボーっとした頭で音の方向を確認して、玄関に置きっぱなしにしたバッグまで歩いてスマートフォンを取り出す。

目にして視点があった瞬間、心臓がギュっとなり一気に目が覚めた。


「あっ・・」


そこに表示されている名前は健吾だった。驚いて思わず手が引けた。


   -どうしてかけてくるの・・-


鳴り続ける着信音を無視するように、表示された健吾の名前を見続ける。

いつもこの表示された名前を見る度にドキドキして嬉しかったのに、今は胃が締め付けられるように苦しい。この電話に出てしまったらどんな嘘もつけない。それどころか健吾への気持ちをぶつけてしまいそうだ。そんな気持ちの葛藤でスマートフォンを握り、着信音が鳴り止むまで健吾の名前を見つめ続けた。

そして鳴り止んだ瞬間さっきとは違う寂しさを感じた。

健吾が差し出してくれた手を失ってしまったような空虚な感覚。

でもため息をついて「これでいいんだ」と心に言い聞かせた。


ソファーに戻り手にしていたスマートフォンをテーブルの上に置き、そばに置いてあるブランケットで身を包みソファーに寄りかかりながら窓の外を眺める。

雲の少ない綺麗な青空。あんな風に心も晴れたらいいのに。

空を見ながらその先に無意識に健吾の顔を想い浮かべてしまう。

考えないようにしながらこの2日間を過ごそうと思っていたのに、それはとても難しくて、食欲もなく簡単にカップスープを飲んだりクッキーをつまむ程度しかできず、テレビを見ても内容は頭に入らず、ソファーに横たわっても、ベッドで布団に包まっても深く眠りに落ちることはできなかった。


テーブルの上に置きっぱなしにしていたスマートフォンは夕方そして夜中にも鳴ったが、テーブル前で表示された名前を鳴り止むまで立ったまま見つめた。

それは翌日の日曜日にも昼・夜と2回繰り返した。

表示された健吾という名前を見る度に苦しい思いは積み重なっていった。

そして曜日が変わる日曜日の23時を過ぎた頃、明日顔を合わせなければいけない健吾とどう接するかを考えることに神経を集中させた。

それでも自分の言ってしまった言葉、してしまった対応への後悔に襲われてこれ以上何も浮かばなかった。

嘘に嘘を重ねすぎて真実への道はもう見つけられなかった。


そしてアラームに起こされた。ゆるい睡魔に流されて少しだけ眠れた気がする。

ベッドから起き上がり、温かくて甘いミルクティを作りゆっくり飲む。

そして着替えをしていつものスタイルを完成させる。

玄関でいつもよりヒールの高い靴を履いてバッグを肩にかける。


「よし!頑張るしかない」


自分に気合を入れて外に出る。冷たい空気が今日はちょうどいい気がした。

歩き出してしまえばいつもと変わらない一日の始まり。

いつもと違うヒールの高さに背筋が伸ばされる。これでいい。

沈みそうになる気持ちを振り切るように足を進め、なんとか会社に到着した。

知った顔に挨拶しながらエレベーターに乗り、営業部のあるフロアに到着したとこで軽く深呼吸をする。

そのまま周りを見ないで自分のデスクに向かおうとした時、後ろから腕をグッと引かれた。

驚いて振り向くと、表情のない顔で私を見下ろす健吾が立っていた。


「・・健吾」


思わず健吾を見ていた視線が下がる。

視線を合わせていなくても目の前に健吾の姿が見えているだけで気まずさを感じる。

掴まれたままの腕が気になって振り払おうとしたけど、その前に健吾の方へ軽く引っ張られた。


「こっち来て」


囁くような小さな声だったけど、いつもより低くて怒気が混ざっていた。

そのまま引っ張られるように非常階段までついて行くと、健吾は暫く黙ったまま私の顔を見ていた。

その沈黙が耐えられなくて、俯くしかなかった。


「何で電話にでないんだよ」


さっきと同じトーンで言われて悲しくなる。責めてる強さはなくて、その言葉が胸をきつく響いてくる。

健吾から電話がかかってくる度に苦しかった。表示された健吾の名前を見ているだけで涙が出た。

でももう終わりにするって決めてしまって、健吾に酷い嘘を言ったからにはもう健吾に手を伸ばすわけにいかなかった。


「言ったじゃない・・もう関わりたくないの」


突っぱねるしかもうできない。今断ち切らないと、もうだめになる。


「何でだよ。俺・・分からないよ。楓に嫌な思いさせていたとか全然分からなかったし、ちゃんと聞かせてくれよ。ずっと一緒にいたんだし、俺ずっと楓のこと分かっているつもりでいたから楓にああ言われて未だに理解できないんだよ。お前ずっと嫌な思いしていたの?」


私の顔を覗き込みながら真剣に言ってくれる健吾の言葉が私の気持ちを弱くする。

どうしたらいい?突っぱねる言い方も頭に浮かんでこない。

好きでいるのも辛い、断ち切るのも辛い。


「ごめん・・今は本当に無理。嫌な思いとかそうゆうのじゃなくて、私も余裕とかなくて疲れちゃったって言うか・・・ごめん上手く言えない。ただ本当に無理なの」


こんな言い方しかできない。もっと強く言い切れたら、嫌われてでも完全に終わりにできるのに。心の中に恐怖感と未練があって言い切れない。

なんとか顔を上げてそっと健吾の顔を見ると、眉間に少ししわを寄せてジッとこっちを見ていた。


「分からねーよ・・」


ため息をつきながらそう言うと、ドアを開けて行ってしまった。


「私も分かんない」


涙が出そうで鼻の奥が痛くなる。それを一生懸命堪えながら一人頷く。

今日こんな形で話したくなかった。もっと始業時間ギリギリで出社してくればよかったと後悔に襲われた。

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