嘘の終わり ①
冷たい風に髪が乱され、、風圧に耐えて体に力が入る。
「う~、寒い。早く戻ってコーヒー飲みたい」
乱れたまま揺れる髪を手でおさえながら、早足で会社に向かう。もう少し早く帰社するつもりだったが、取引先の担当者の都合でアポイントしていた時間がずれた為、今日の予定は大幅に変更をした。
冷えた体を縮こませながら会社のそばまでたどり着き、横断歩道の信号待ちしているとすぐそばから言い争う声が聞こえてきた。
その声が気になり視線を送ると、カップルらしき男女がもめている。
男は女の手首を握りながら、女の顔を覗き込んでいる。
俯いた女の顔は髪の毛で顔が見えなかったが、次の瞬間強い風に髪がなびかれて可愛い顔が見えた。
「あっ、伊東さん?」
驚きのあまり声に出てしまい、それは彼女らの耳に届いてしまったようだ。
名前を呼ばれた伊東さんは、俯いていた顔を上げこっちに視線を向け、同時に相手の男も視線をよこした。
「柚原さん!」
驚いた顔を見せ、言葉を発っしたまま少し口が開いている。
私の方も彼女らの放っている空気に気まずさを感じて、笑顔のひとつも出せない。瞬間的に「この場を立ち去ろう」と心の声が脳内を巡る。タイミングよく信号が青になったらしく、同じように信号待ちしていた人達が歩き出したのを感じた。
「お疲れ様」
何とか口角を上げて笑顔を作り、軽くお辞儀して横断歩道を歩き始めたところを伊東さんに呼び止められてしまった。
「柚原さん!」
その声に驚き振り向くと、伊東さんは私の目の前にグッと近寄り小さな声で囁いてきた。
「な・・何?」
急に距離を縮められ、訴えかけてくる瞳に思わず身が引いてしまう。
「あの、すいません。彼とちょっともめてしまって・・・」
「あ~そうなの?」
そんな事言われても困るんだけどな・・そう心の中で呟く。
「どうしていいか分からないんです」
伏し目がちに困った顔をする彼女の顔を見て、カップルの痴話喧嘩に私は関係ないでしょ!と小さくため息をつく。
「いや・・そういうことはちゃんと彼と話したほうがいいんじゃない?」
そう、伊東さんと彼の喧嘩は私には全く関係ないし、こんな場所で相談されても私だって答えようがない。
ここで仲裁に入るほど私は伊東さんと仲がいいわけではない。いや・・巻き込まれても困るよっていうのが私の本心だ。
「でも、私がいくら話しても分かってもらえないんです。柚原さん、助けてください」
「え?助けてって私が?」
更に一歩近づかれて妙な圧迫感を感じる。
「いや~でもね・・・」
そう言った直後、彼女が発した名前で私の心臓がドクンと鼓動した。
「あの・・・彼に山中さんとのこと疑われて、私がいくら否定してもだめなんです」
ー健吾のこと?ー
健吾の名前が出て、私の焦点が彼女の瞳にきつくあたる。
「健吾が原因でもめているの?そんなに彼氏が怒るようなことがあったの?」
こんなこと聞きたくない。私だって何も知らないわけじゃないけど2人がどんな関係か・・・そこまでは私も知らないし、知りたくない。でも伊東さんの彼が怒ってこんなとこで問い詰めるような何かがあったっていうの?
「この前、山中さんと食事したんですけど・・・一緒にいるところを彼の友達が見ていたらしくて。あの美好ってお店です!柚原さんも行きつけのお店ですよね。山中さんからいいお店だってよく聞いていたので、連れて行ってもらったんです。今度友達と行きたくて、どんなお店なのかなって思ったので」
「あ~・・この前のね」
嫌な話題が出た。あの時の気持ちが襲ってくる。
あのことが彼にバレたわけだ。
「はい、そうです。柚原さん山中さんから聞いてましたか?」
「うん、私も誘ってもらったけど行けなくて電話したからね」
そう、行けないって嘘ついたことよく覚えている。悲しさも、苦しさも。私の大切な場所だから。
「お願いです!そのこと彼に話して貰えませんか?」
「え・・・」
何で私がそんなこと話さなきゃいけないの?あなたの彼氏に。あの日のことは思い出すのも嫌なのに。
あなたと健吾のことを、何で私が弁解しなければいけないの?
彼氏の気持ちなら私は理解できるよ。自分の恋人が、2人きりで食事に行っていたと知ったらどんな気持ちになるのか。伊東さんだって彼氏以外の異性と2人きりで会うことのリスクは承知してのことじゃないの?
そんな渦巻いた黒い気持ちが、きつい提案を差し出してしまった。
「それは健吾の口から聞いたほうがいいんじゃない?彼氏にとっては」
私の言葉を聞いて、伊東さんは「えっ?」と驚いた顔をした。
「・・・山中さんからですか?」
「うん。この場で私が正直に言っても、彼氏には私が伊東さんをかばっているとしか思えないんじゃないかな?私ならそう思うよ。彼氏に信じてもらいたいなら、一緒にいた相手から違うと言ってもらうしかないと思うよ。会社の同僚であって勘違いされる仲じゃないって」
少し俯いて考えている伊東さんは、きっと色々と考えているのだろう。
私は自分の言葉で自分が嫌いになる。健吾の気持ちを私は全然考えてない。健吾のことを守っていない。
私が一言「2人きりで会う予定じゃなく、私も誘われていた」と伝えればいいのかもしれないのに、伊東さんと彼氏の前に健吾を出そうとしている。
健吾が発する言葉で、健吾をどれだけ傷つけてしまうか分かっているのに。
それでも私は言ってしまう。
「健吾呼ぼうか?」
バッグからスマートフォンを出して、伊東さんに見せる。
「・・はい、お願いします。でもあの、柚原さんも一緒にいてもらえませんか?」
また彼女のお願いに小さなため息をつき
「何で私まで?」
そんな場に私まで巻き込もうとしている彼女に、疑問と呆れる気持ちの混ざった言葉が出る。
「3人だと冷静に話せないような気がして、私・・」
曖昧な付き合いをした結果なんじゃないかと、つい冷めた目で伊東さんを見てしまったが見捨てることもできずため息をついて視線を落とす。
「わかった」
それだけ告げて、健吾に電話をかけた。




