迷い
ーどうしたらいいんだろう?ー
頭に巡るのは、決まらない気持ちと鬱陶しい程卑屈な想い。
健吾を好きでいても、私を好きになってくれることはないって分かっていたのに。それでもいいって今まで思ってきたのに、どうして「ただ好きだから」と割り切れなくなったのだろう。
ちゃんと友達として笑って、相談にのって、応援して。その全てが辛くなる・・・
私、全然笑ってないよ。もっと、健吾の前で心から笑いたい。
気持ち隠して、嘘ついて、その重さに押しつぶされている。全部、自分のせいなんだ。
「もっと早く、好きって言えばよかったかな・・・」
帰り道、歩きながらつぶやく。
「好きって・・・・・言えたらなぁ・・」
今更言えないその言葉を繰り返す。
気持ちを隠して過ごしてきたこの5年以上の月日が、いい結果を何か出したのかな。
いい友情を築いたけど、健吾は他の人を好きになって、私達の美好も私達だけの大切な場所じゃなくなっちゃった。
だんだん何かを少しずつ失っていくような、この寂しさは何だろう・・・
誰かを好きでいることが、こんなに辛いなんて。
「近くに居過ぎたのかな」
ふと、英輔の誘いを思い出す。
今の会社を辞めて、転職かぁ。今まで違う仕事を考えたことがなかったから、英輔からうちの会社に転職しないか?って言われた時は何にも答えられなかった。
転職するってことは、健吾と離れるってことになる。
それが良いことなのか良くないことなのか、今の私の頭ではまとまらない。
「離れたら終わるのかな」
今まで近くに居ることで気持ちを保ってきた気がするから、離れることがすごく恐い。
転職なんてしたら、健吾と会えなくなってしまうような気がする。
確かに今みたいな状態なら、英輔の言う通り離れてみることも大切なのかもしれない。
きっと私も冷静になれていないのだと思う。物事を嫌な方にばかり考えてしまうし。
「健吾と離れるかぁ・・」
できるかな・・私。
離れることを考えていたら、何だかすごく健吾に会いたくなってしまった。
何でもいいから健吾と話して、声が聞きたくなってしまった。
バッグからスマートフォンを取り出して時計を見ると、23時を過ぎていた。一瞬迷ったけど、着信履歴から選び発信を押した。
耳に響くコール音を5回聞いたとこで留守番電話の音声に切り替わった。
いつもならメッセージを残すけど、今日はそのまま切ってしまった。
特に何か残す言葉がなかったから。ただ声が聞きたかったから。
諦めてバッグに入れてまた歩き出した時、着信音が鳴り響いた。
「健吾?」
思わず声に出て、急いでバッグから取り出す。見ると表示されているのはやっぱり健吾だった。
嬉しくて一瞬スマートフォンをギュッと握り、そして電話に出た。
「もしもし」
「ああ、ごめん!間に合わなかった。どうした?」
耳に伝わる健吾の声が嬉しくて、聞きながら笑顔になってしまった。こうやって健吾に一喜一憂してしまう。
「ううん、別に何も無いんだけど。今帰り道で、何となく電話してみただけ」
本当は会いたくて、声が聞きたくて電話したなんて言えない。
「帰り道ってどこ?」
「ん?今駅からアパートに歩いてるよ」
「そっか、気をつけて帰れよ」
「うん、大丈夫」
帰り道を心配してくれるのが嬉しかった。こんなところは女の子扱いしてくれるんだよね。
「俺はまだ会社だよ。ちょっと資料探していてさ」
「こんな時間まで?」
「う~ん、俺も帰りたいけどさ。来月の出張に備えてまとめないといけないからさ。他の仕事もあるし、暫く残業続きになりそうだよ」
「あ~、来月1週間行くって言ってたね。準備大変だね、今は1人?」
「うん、会社戻るのも遅かったしもうこんな時間だし俺1人だよ」
「大変なら手伝おうか?」
「ば~か、こんな時間にウロウロしていないで早く帰れ」
健吾の声を聞いて、つい会いたくなって言ってしまった。今健吾に会えるなら時間なんて関係ない。電車がなくても、タクシー呼んででも行きたいくらいだ。
でも、簡単に帰れと断られてしまう。
「言われなくても帰ってますよ」
「そうだ、走って早く帰れよ」
笑いながら健吾が言う。
嘘でもいいから「来いよ」って言って欲しい。必要として欲しい。
「じゃあ・・また明日ね。あまり遅くならない程度に頑張って」
「うん、わかった。楓も気をつけて帰れよ、夜中なんだから」
「はい、じゃあね」
「じゃあな」
電話を切ってそのまま握って歩きながら、明日また健吾に会うことを想像する。
会えるだけでもいいのかな・・声が聞けるだけでもいいのかな・・近くに居れば笑顔を見ていられるのかな・・近くに居れば苦しい思いだけじゃなく私も笑顔になれるのかな・・
近くにいるか・離れるか、私にとって一番いいのはどっち?
迷っていくら悩んでも答えが出ない。




