心にあるもの ②
澤田くんの後ろ姿を見つめていた視線の先が、いつの間にかぼやけて記憶の中に意識が寄せられた。
楓の苦しむ片思いが、自分の想いと重なる・・・でも、楓の恋より綺麗じゃない。
私の定まらない視線の途中に切なく苦しんだ私の感情が浮かぶ。諦めた気持ち、揺さぶられた想い。
いろんな感情が一つの塊のように見えた間を割るように、私の目の前に湯気の立ったカップを差し出された。
ハッとして横に立った彼を見上げると、「どうぞ」と口元に少し笑を作って私の前に置いてくれた。
「あ!ごめん。ありがとう」
お礼を言って今度はブラックのまま飲んでみる。後味に残る苦味が現実に引き戻してくれた。
自分の席に座ってコーヒーを飲んでいる澤田くんは、話の続きを探ってくる様子はない。まあ、彼らしいけどね。
2人だけしかいないフロアの中でカップを傾けながら、中の黒い液体を見つめ話を切り出す。
「私ね、ずっと好きな人がいたの」
そう言って澤田くんを見ると、こっちを見て何も言わずに小さく頷いて見せた。
「結婚してる人・・諦められなくて」
「彼氏じゃなくて?」
もう私が何を言うか分かっていて聞いてくる。私の好きだった人は・・彼氏なんかじゃない。
「そう・・・不倫」
私は何でもないことのように言う。でも、その後の言葉が続かなかった。澤田くんと視線が合ったまま、自分で言った不倫と言う言葉に胸がざわついた。
「奥さんいるって分かっているのに、諦められなくて。好きって気持ちを通していたんだ」
「今も?」
「ううん、別れた。幸せにはなれないから」
「そうですか」
「嫌な奴でしょ、私」
「いいえ」
笑もなくそう答える。聞きたいと言った割には、澤田くんはグイグイと聞いてこない。あっさりした言葉を返してくるけど、呆れた感じも冷たい感じもない。私も無理やり諦めた気持ちだから、あまり言葉に出して言えない。でも、自分の中ではちゃんと気持ちの整理はした恋だった。
「私の恋愛と楓の想いを一緒にしたらいけないけど、彼女の気持ちの葛藤は痛いくらい分かるから、つい自分のことのように楓の気持ちがガツンときてしまうんだよね。だからこっちが涙出そうになるんだ、危うく見られるとこだったけどね」
私も何度も泣いたから。誰にも涙を見せず、恋していることも知られないように。
幸せを感じるよりも、ため息をつく日々の方が多かったから。
「それくらい想っていたんですね」
「うん・・そうだね」
私の気持ちを悟られたみたいで何だか複雑な気持ちになる。何か変な感じ。
少しぬるくなったコーヒーを一口飲んで、カップに唇をつけたままコーヒーを見る。
「楓には幸せになってもらいたいな・・」
「自分の幸せも大事じゃないですか?」
囁くような優しい声で澤田くんは言う。
私の幸せ?私ねぇ。
「私は~いいや」
「どうして?気持ちが残ってますか?」
「それはないけど・・好きになるのはちょっと疲れているかな」
なんて、ちょっと言い訳っぽいけど。また誰か好きになることに抵抗もある。
「だから今は全力で楓の応援しているの。でも山中くんはどうなのかな?楓はあの通りだし」
「う~ん、2人共不器用ですからね」
今まで見せなかった笑顔を見せながら、少し首を傾けて答える。
「楓には諦めないで欲しいな」
私が掴めなかった幸せを、楓にはしっかり掴んで欲しい。あそこまで好きな人だから。
逃げたい気持ちも、ごまかしてしまう気持ちも私にも分かる。
でも、5年以上も想い続けた気持ちを山中くんに伝わることなく諦めないで欲しい。
「私、楓のこと後ろから押し続けるから。山中くんにちゃんと届くように。私、お節介ババアだから」
拳を握って宣言すると、澤田くんは可笑しそうに「お節介ババア宣言」ですか?と笑った。
そう、私は可愛い妹分の楓の幸せを願う。
悩む顔じゃない、幸せの笑顔にしてあげたい。




