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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
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愛しの姉御様

「見たわよ~」


エレベーターを待っていると肩を叩かれて振り返ると、先輩の今井 咲季がニヤニヤしながら話しかけてきた。

咲季先輩は今の様子を見ていたんだ。明らかにニヤついている・・・

一緒にエレベーターに乗ると、さすがに同乗した人達の前で話題に出してこなかったけど、ロビーに出るなり会話を再開してきた。


「相変わらずモテているじゃな~い」

「モテていません!」


冷やかして私の頬を突いてくる咲季先輩には、いつもどう対処していいかわからなくなる。

嫌味を言っているわけではない。単純に楽しんで冷やかしてくるのだ。

何故かさっきのような場面を咲季先輩には見られてしまう。その度にこれだ。


「あら、楓が帰る姿を見るなり追いかけて食事に誘っている現場を見れば、誰だってモテてるね~って思うでしょ。思ったままに言ってるだけよ。」


なんてニコニコして言う。


「もう!咲季先輩、からかうのはナシです!」


私も膨れっ面で言で言い返す。咲季先輩ったら楽しんでいるよ、まったく悪魔なんだから!


「まぁまぁ怒らないの。好かれるのは幸せなことよ。こんな話題豊富な日は楽しく飲まなきゃ。楓はどうせ暇なんでしょ、この後つきあってよ。」


楽しそうに私に腕を組んできて、さっさとこの後の予定を決めて歩き出した。

こんな風に冷やかして楽しんでいるけど、本当は優しくていい人なんだ。

私の2歳上の咲季先輩は入社した時から私のことを何かと可愛がってくれている。


営業部に配属された時は新入社員は4人だった。

健吾と澤田くんと私、あとフワッとした雰囲気の金沢さんの男女2人ずつ。

でも、研修から営業という仕事がきつかったのか、すぐに金沢さんは辞めてしまった。

その直後から何かと私に気遣ってくれたり、会社帰りに食事など誘ってくれた。

同期の女子がいない寂しさを気遣ってくれたのだろう。

時々悪魔な優しい姉御様なのだ。


「咲季先輩、勝手に私の事を酒のつまみにしないでください。」


腕を引っ張られながら、咲季先輩を恨めしく睨むと、


「いいじゃない、いいじゃない。美味しい物を奢ってあげるからさ、つきあってよ。」


そう言いながら会社を出ると、駅に向かわずタクシーを止め、10分程車を走らせた。

いつも私達が通勤に使う駅とは正反対の方向に走り、細い路地でタクシーを止め、路地の奥へ少し歩く。

そして咲季先輩に「ここよ」と言われたお店を見ると、隠れ家的な雰囲気のレストラン・バーだった。


「すごくお洒落なお店ですね」


私が興味津々に店内を見渡していると、


「そうだよね、すごく大好きなお店でよく来ていたんだ」


懐かしそうに過去形で答える咲季先輩がすごく気になった。


「暫く来ていなかったんですか?」


「元彼とよく来ていたお店だからね。思い出ってわけじゃなく、大好きなお店だったから久しぶりに行きたいなって思ったの。楓にも気に入ってもらえてよかった。ここはお酒はもちろん料理も美味しいよ」


咲季先輩はニコニコしながらメニューを渡してくれた。

お腹も空いていたけど、渡されたメニューの料理はどれも美味しそう。

飲み物はせっかくお洒落なお店に来ているのでカクテルの中から選んだ。

料理は咲季先輩オススメのものを頼んで食べてみたらどの料理も美味しくて感動!

お洒落なお店、美味しいお酒に料理、もう最高~来てよかった。なんて感動していたら、「ところでさ!」って咲季先輩が話し出したので、カクテルに口をつけながら咲季先輩を見ると、


「楓はさぁ、声かけてくれる人も、密かに想ってくれる人もいるのにもったいないよね。私が楓になりたい位だよ。」


突然そんなことを言われて、口にしていたカクテルでむせそうになってしまった。また冷やかし?


「何ですか?突然!私そんなにモテていないって言ってるじゃないですか。」


「いやいや、声かけられたのは楓に伝わっているけど、伝わっていない想いもあるよ。楓が気付いていないならさ、モテないひがみで教えてやらないけどね」


美人なのにイジワル言いながら、変顔して見せる所が憎めないのだ。


「さっきの近藤くんだって年下は好みもあるけどさ、3歳下でも可愛くていい子じゃない。一生懸命追いかけて食事誘ってさ」


「はい・・・」


近藤くんの顔が浮かんだ。緊張していた顔だった。


「その他にも、少し前に誘ってきた企画部の大橋さん、同期で入社した頃から何かと声をかけてきている染谷くん。恋をするならいくらでもチャンスはあるじゃない」


確かに今まで声をかけてもらったことはあったのだけど、その誘いに乗ることが一度もできなかった。


「そうですね・・・声かけてもらえるなんて幸せなことなのに、でも私・・・」


そう言葉を濁して答えると、咲季先輩はすぐ切り返してきた。


「山中くんじゃなきゃダメなの?」


直球だった。

そう、咲季先輩は知っているのだ。私の気持ちを。

感の鋭い人だから、誰にもばれないように隠してきた健吾への気持ちを、咲季先輩には早い段階で気付かれてしまい、2人でいた時にそっと聞かれた。

絶対に誰にも言わない約束をしてもらって私は自分の気持ちを認めた。

それからはまるで姉のように恋愛相談にのってくれていた。表に出せない想いを。


「はい。この前健吾が伊東さんのことを、彼氏がいるなら諦めなきゃいけないのに、どうしても惹かれるって言っていたのと同じで、私も健吾に好きな人がいても諦めることができないんです」


この前健吾がため息まじりに吐き出した言葉が、自分の気持ちそのままだったので、ついつい咲季先輩に語ってしまった。


「そうだね、もう5年だものね。楓は頑張っているよ!うん、頑張り過ぎているし、よく山中くんのことを想っている。それでもたまには自分をアピールしてもいいんじゃない?な~んて肩を押したくもなるし、見えていないのだろうけど目の前にぶら下がっている恋も掴ませてあげたくもなるのよ!私としてはね、可愛い楓にはさ」


そう言い切ると手にしていた白ワインをクイっと飲んだ。お酒が強いだけあって、いい飲みっぷりだ。

すると何か思い出したように一瞬瞳が開いた。


「そういえば、楓が近藤くんに迫られていた時の澤田くんの対応はかっこよかったね」


その言葉で澤田くんのことを思い出す。咲季先輩ったらそこまで見ていたんだ。


「あ、はい。話を聞かれていてビックリしたけど、どうしていいか躊躇していた私を助けてくれたみたいですね」


「そうね。もうなんてスマートな対応!って感動すらしたわよ。まあ邪魔された近藤くんはかわいそうだけどね」


なんて咲季先輩は舌を出しながら近藤くんには同情していたけど、正直助かった。近藤くんの勢いに少し引いていたから。


「ああいうところが澤田くんのもてる理由の一つですよね」


私が言うと、うんうんと咲季先輩は大きく頷いた。


「そうだよね。あれはもてて当たり前だね。あの長身で、色気のある整った顔立ち。仕事もできて、そしてあのさりげない優しさ。落ちない女はいないでしょ。あれで笑顔見せたらね・・普段笑顔見せないじゃない?是非笑顔を見てみたいよ。まったく彼女がいないのが不思議だね、もったいない」


確かに澤田くんは社内でも大人気だ。よく「澤田くんが好き」とか「かっこいい!」とか「誘っても断られた」とか噂話を耳にする。

彼は入社当時から年齢の幅広くもてていた。

でも誰かと付き合うどころか、噂すらも聞いたことなかった。

なぜ彼に彼女がいないのか?それは私もずっと不思議だった。


「私も澤田くんに彼女がいるって聞いたことありません。いつも仕事で遅くなるって健吾と飲む時もあまり参加してこないし」


そう私が答えると、咲季先輩はニヤッと笑って、


「そっか~。彼女がいなくて仕事ばかりなんてもったいないね。もしかしてあんな澤田くんでも片思いする大切な子でもいるのかな?」


楽しそうに口角を上げて言った。そんなこと考えたことなかった。

澤田くんの好きな人?いるのかな?しかも片思いって・・・


「え~?澤田くんが片思いですか?何か想像できない」


「人は分からないものよ。爽やかな顔した山中くんは彼氏持ちの子に片思い。クールでモテている澤田くんには彼女がいない。そしてこんなに可愛い楓も、モテモテなのに片思いに夢中なんだからさ。この同期3人みんなフリーなんだから、社内の男も女もそりゃ~自分こそは!って動くでしょう。楓もちゃんと幸せ掴みなさいね。まあ~私も人の事ばかり言ってられないけどね」


咲季先輩ったらケラケラ笑って楽しそうにお酒を進めてる。

すっかり楽しんで咲季先輩と別れて電車に揺られながら、少し遠いけど美味しいお店だったなって思い出した時、ふと気がついた。

あんなに冷やかし半分だったけど、私が健吾を密かに想っている会話を、偶然でも会社の人に聞かれないように、あえて会社から離れたあのお店に連れて行ってくれたのだと。


そう気付いたら心が温かくなった。


そして咲季先輩に「幸せになれ」って言われた気がした。









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