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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
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心にあるもの ①

咲季は男友達と会う約束で帰って行った楓を見送り、残っていた仕事を仕上げる為にパソコンに向かっていたが、楓のことが気になり手が全く動いていなかった。

楓は妹のように可愛い。さっきも昔好きだった男友達に会いに行く楓を冷やかしながら見送ったが、本当は心配でしょうがなかった。

入社してから長い間、楓がどれだけ深い愛情と我慢を重ねてきたか知っているから、心から彼女の幸せを願っている。

彼女はモテる。でもそれを全く生かしてない。もったいないくらいに。アプローチした人も、陰で想っている人も私は何人も知っている。なのに、楓は山中健吾しか見ていない・・・いや、見えていない。

そんな辛くも一途に想い続けてきた彼女の前に昔好きだった男が現れるなんて。トラウマになる程傷つく恋の終わりを与えた男が、彼女に再会してから何度か誘ってきているようだけど、その彼はどういうつもりなんだろう?

私もそのことで山中くんに揺さぶりをかけたりもしている。彼の様子を見ると私的には可能性を感じるのだけど、最近の楓は何だか元気がない。山中くんを想い悩むというよりも、思い詰めているように見える。そんな状態で誘われて昔好きだった人に会っても楓が幸せになれると思わない。でももし、その彼が楓のことを愛情をもって大切にしてくれるなら、それもいいのかな・・・?

そんなことをダラダラ考えながらイスに寄りかかって左右に揺らしていると、急にイスの揺れを止められた。


「何しているんですか?」


すぐそばで声をかけられたので顔を上げると、笑いながら澤田くんがこっちを見下ろしている。

見上げたので口が開いたままになる。


「残業だよ、澤田くんは今戻ったの?」


「いえ、少し前に戻ってましたけど、今井さんボーッとしながらクルクル回っていたんで」


「そっか・・う~ん、ちょっと考え事してたから」


周りを見ると、さっきまで残っていた人達がほとんどいなくなっている。いつの間に帰宅したんだろう。そんなに長い時間ボーッとしていたかな?


「とりあえずコーヒー淹れましたけど、今井さん飲みますか?」


ドリップしたコーヒーに砂糖とミルクを添えて目の前に置いてくれた。あ~、いい匂い。


「ありがとう、いただきます」


仕事の後で甘いものが欲しいので、砂糖とミルクの両方を入れて一口飲んだ。うん、美味しい。


「それで?今井さんはどんな考え事していたんですか?」


「う~ん。あれ?山中くんはまだ帰って来てない?」


とりあえず彼の存在が気になって聞いてみた。彼の前で話せる内容じゃないからだ。


「ん?ああ、まだ帰ってないみたいですね」


「そっか、じゃあ・・・ここ座って」


澤田くんを立たせたまま話すのも違和感があるので、隣の席の椅子を引いて座るように伝えた。

彼は座ると自然な感じで長い足を組み、手にしたコーヒーを口にした。

そんな姿まで絵になっている。この人もフリーなんだから罪だよね。


「今日ね、楓またあの同級生の人に誘われて出かけたの」


「ふ~ん、そうですか」


楓が男に会いに行ったと伝えても、相変わらずポーカーフェースだ。


「昔振った相手でも再会するとそんなに誘ったりするものなのかな。その人、楓のこと好きになったのかな~?」


「そんなこと考えていたんですか?」


クスッっと笑いながら澤田くんはこっちを見る。楓のこと好きなくせに、何でそんなに余裕あるのかな・・


「うん・・だってさ、流れが変わってきているじゃない。それに最近楓元気ないしさ。時々山中くんのこと諦めるような言葉を言ったりさ。やっぱりそんなに苦しいのかなって思ってさ」


私が言うと、澤田くんは少し何かを考えているように視線がずれたが、すぐに真っ直ぐ視線を戻してきた。


「実はこの前ちょっとあったみたいで、ここで泣いてました」


楓がここで泣いてた?全く知らなかったことに驚き、つい澤田くんにくってかかるように近づいてしまった。


「何で!何があったの?泣くほどの事って何?」


「今井さん落ち着いて」


つい質問攻めにしてしまう私をなだめるように、澤田くんが苦笑しながらささやく。


「だって・・楓が泣くなんて。辛くても笑顔で大丈夫って言う子だもん、よっぽど悲しかったってことでしょ」


「そうですね。まあ、お願いされたみたいだけど健吾が伊東さんを美好に連れて行ったみたいで。柚原も健吾に誘われていたみたいだけど、2人が店の中にいる姿を見て逃げてきたって言ってました。それで健吾には仕事で会社に戻るから行けないって伝えたみたいだけど。自分は嘘ばかりついてるって、ここで涙流していました」


「そうだったんだ・・・」


「それから美好は柚原にとって特別な場所だからって言ってました」


「楓が山中くんと通い続けてきたお店だから。あの子にとって大切な特別な場所だよね・・・そっか・・楓辛かったね」


澤田くんに美好でのことを聞いて、楓の気持ちが悲しいくらいに伝わってきた。楓が美好で2人のことを見て傷ついて声をかけずに店を出て涙ぐんでいた事を想像すると言葉が出なくなった。

でもそれ以上に違う感情が混ざってしまって心がザワザワしている。


「どうしました?」


心乱した私の様子を感じ取ったらしく、澤田くんは顔を近づけて覗いてくる。こんな顔、見られたくない。


「何でもない!見ないで」


「何でもない顔してないですよ。今にも涙がこぼれそうな顔見たら、知らん顔はできませんよ」


低くて優しい声が耳に響く。


「・・・・・」


「そんなに悲しくなるほど柚原のこと気になりますか?」


「うん・・そうなんだけど、何か楓の山中くんを想う悲しい気持ちと自分の恋愛が変に重なってちょっと感情が乱れちゃっただけ」


そう、楓の気持ちが分かり過ぎる位自分も辛い恋をした。何度も諦めようとして、諦められなかった恋だった。


「今井さん彼氏いるんですか?」


「いないわよ。そんないいもんじゃないから」


私が言い切ると、澤田くんは真っ直ぐ視線を合わせてきた。口元の笑もなく。


「恋愛なのに、彼氏じゃない?」


「何?聞きたい?」


「聞かせてくれます?」


私の目を見て少し間を置き、いつものように口元に笑みを浮かべて答えてきた。

話の流れ上、つい自分のつまらない話をしてしまった。話すべきではないかもしれないけど・・まあいいか。


「じゃあ、もう一杯コーヒー淹れて」


「いいですよ」


クスクスと笑いながら自分と私のカップを持って席を立った澤田くんの後ろ姿を見送った。





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