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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
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特別な場所 ③

鳴り止んだスマートフォンを見つめ続ける。そこに表示されているのは心から愛しいと想っている人の名前。だけど今日はかかってくると思わなかった電話に戸惑いながら、思っている言葉がそのまま口に出る。


「何でかけてくるの・・」


伊東さんと楽しい時を過ごしていると思っていた健吾が、何故自分に電話をかけてきたのか理解ができない。

考え続けている私の肩をポンっと叩いて澤田くんは営業部のフロアから出て行った。

迷う気持ちはかなりあったけど、着信履歴の健吾の名前を見つめてかけなおす決心をした。

聞こえてくるコールオンが3回・・そして健吾の声が優しく耳に届いた。


「もしもし」


「あ・・電話出られなくてごめんね。何かあった?」


うまく話せない気がして、声も小さくなる。


「いや、用ってわけじゃないんだけどさ。楓はまだ会社?」


「うん、まだ会社だよ。ごめんね、美好に行けなくて」


言いながら美好で見た健吾と伊東さんの姿をまた思い出し、心がキュッと苦しくなる。


「ああ大丈夫だよ、また誘うからさ。それより仕事終わったのか?」


そう・・書類まとめる仕事があるってメールしたんだっけ。


「うん、終わったよ」


「そっか。じゃあ一緒に帰ろう、俺今駅に着くところだから待っているよ」


「え?伊東さんは?」


一緒にいるはずの彼女の存在が気になる。今日はとてもじゃないけど2人を見て笑うことはできない。できれば放っておいて欲しい。


「ああ、さっき美好の前でタクシーに乗せたよ」


「どうして?何で送っていかないの?それだってチャンスでしょ!」


せっかく2人で会っていていい雰囲気だったはずなのに、そのままタクシーで帰してしまうなんて。あれだけ落ち込んでいた私が口にするのもおかしいけど、健吾はバカだ。


「ま~な、帰したものはしょうがないだろ。とりあえず仕事終わったなら早く来いよ、改札前で待ってるからさ」


「わかった・・すぐ行く」


「寒いからさ、急ぎで頼む」


「バカ」


つぶやいて通話を切る。思うことはたくさんあったけど、とりあえずコートとバッグを掴んで営業部のフロアを出る。エレベーター前まで来たところで、もう一度営業部のフロアに戻り自分のデスクの引き出しからメモ用紙とペンを取りメッセージを書く。



澤田くんへ

 今日はいろいろと迷惑をかけてごめんなさい。健吾から電話をしたら、駅で待ち合わせることになったので行って来ます。澤田くん、本当にありがとう。  柚原



感謝の気持ちをうまく表現できないが、心からお礼の気持ちを込めて澤田くんのデスクの上に置いて再びエレベーターへ向かった。1階に降りて外に出ると冷たい風に一瞬体が縮む。あまりに急いでいたから掴んだままコートを着ていなかった。急いでコートを着て、駅まで走る。ヒールを履いているから早く走れないけど、とりあえず早く駅に向かいたかった。


その頃営業部のフロアに戻って来た隼人は、自分のデスクの上にあるメモを手にしてイスに座った。楓からのメッセージをを読み、ほんの少し微笑んだ。


「じれったいね」


そうつぶやいてメモをビジネスバッグのポケットに入れ、閉じていたパソコンを開いて中断していた企画書の作成を始めた。



息を切らせながら駅のロータリーに着いたところで約束した改札口を見ると、改札横でタバコを吸っている健吾の姿を見つけた。走ってきたことが原因の動悸とは違う心のドキドキでより一層苦しさを感じる。寒そうに立っている健吾を見て、すぐに行かずにそばにある自動販売機で微糖のホットコーヒーを2つ買って健吾のとこへ歩いて行く。

近くまで行ったところで健吾は私に気付き、タバコを携帯灰皿で消してこっちに向かって歩いてくる。


「ごめんね、待たせちゃったね」


まだ気持ちが定まらずに、探るような目つきになってしまう。


「お疲れ、随分残業したんだな」


「・・うん、時間かかっちゃった」


「そっか、飯は食べた?」


「食べたよ」


温かい食事を買ってきてくれた澤田くんを思い出す。あのスープで気持ちが少し落ち着けた気がする。


「うん、そっか。しっかし寒いな~」


「そうだよ、寒いんだから私なんか待ってないで早く帰ればいいのに。はい、これ飲んで」


さっき買ったホットコーヒーを健吾に手渡す。渡す時一瞬触れた健吾の手はすごく冷たい。


「サンキュー、温かいな」


嬉しそうにコーヒを見て笑顔で受け取り、そのまま笑顔を私にも向けてくる。私の好きな笑顔。

その笑顔が美好で伊東さんに向けられていたことを思い出し、健吾に尋ねる。


「何で、伊東さんのこと送っていかなかったの?」


「う~ん、いろいろとな。食事している時も彼氏から連絡入っていたみたいだし」


「彼氏に遠慮?せっかくそこまでの仲になって、デートみたいに食事したのに送っていかないなんてね」


可愛くない言い方になる。いつもみたいに「頑張れ」って言えばいいのに、やっぱり言えない。

前は無理してでも笑顔作って頑張れって言えたのにな。気持ちがいっぱいいっぱいで笑顔もうまく作れない。伊東さんと付き合うわけでもなく、振られるわけでもなく曖昧な関係の継続に私の心まで振り回されておかしくなってる。限界が近いのか、諦められないのか、私の心は揺れ動き続ける。


「じゃあ、帰るか」


「うん」


改札を通り2人でホームに立つ。缶コーヒーを開けて飲む健吾に合わせて、私も両手で包むように持ちながら飲む。温かいコーヒーが口腔内を温める。柔らかい甘さが広がった。

すぐに到着した電車に乗り、あまり混んでない車内で並んで座席に座る。

どんどん冷めていくコーヒーを口にしながら、ボーッと向かいの真っ暗な窓の外を眺めた。


「どうした?疲れた?」


右横から健吾が声をかけてくる。その言葉に反応して視線を横にいる健吾に移す。少し視線を上げると、健吾の視線と重なった。 ーこの瞳が好きー


「うん、疲れちゃった」


「忙しかったもんな、最近」


「そうだね」


仕事だけじゃない、心の疲れでため息が出た。

たわいない話をしながら窓の外を眺めていると、健吾が降りる駅に停車したことに気が付いた。でも健吾は降りる気配がない。


「ちょっと健吾、着いたよ」


「あ~、送って行くから」


健吾は何でもないかのように言う。


「え?いいよ、大丈夫だから」


突然送って行くと言う健吾の言葉に驚いて、思いっきり首を振る。今まで、終電で一緒に帰っても送ってもらったことはない。私の最寄駅から自宅まで、遠いわけでも暗い道を通るわけでもなかったし、いつも一緒に帰っても「じゃあね」とこの駅で別れていた。


「いいから。今日は送って行く、気にするな」


健吾は全く降りる気がないらしく、シートの背もたれに寄りかかったまま動かない。

これで戸惑うなと言われても、今の私には無理だ。健吾を見つめたままになる。


「たまにはいいじゃん。一緒に帰るの久しぶりだろ」


「そうだけど・・・」


話しているうちに電車は出発してしまい、健吾は涼しい顔をしている。私もいつまでも健吾の顔を見続けてもおかしいので、膝上のバッグに視線を動かした。

そのまま3駅が過ぎ、私の降りる駅で一緒に下車した。

改札を出て私のアパートに向かって並んで歩く。

        

 ー何で私が送ってもらうの?ー


健吾が送るべきなのは私じゃなくて伊東さんのはず・・・。複雑な気持ちと嬉しい気持ちが入り混じって、ついうつむいて歩いてしまう。


「本当は伊東さんのこと送って行きたかった?」


「う~ん」


健吾はちゃんと答えず、横目で視線だけこっち向ける。それじゃあ答えになってない。


「そんなんじゃ、彼氏から奪えないじゃない。バ~カ」


「うるさい、バ~カ」


軽口を叩き合いながら歩く。


「そういえば伊東さん、美好のこと気に入ってくれた?」


伊東さんに気に入って欲しいなんて思っていないのにそんな質問をする。自分で言いながら動揺してバカみたい・・・


「うん、料理も美味しいし雰囲気がいいって言ってたよ。おばちゃんも優しいって。ああ、でもおばちゃん今日はあんまり元気なかったな」


「そうなんだ・・・」


おばちゃんが元気なかったって聞いてドキッとした。私を追いかけて来た時のおばちゃんの顔を思い出す。私の気持ちを察知して心配した顔してた。後で謝りに行かなきゃ・・・

気がつくとアパートのそばまで来たので、最後に健吾に質問をする。


「ねえ、健吾。健吾にとって特別な場所ってどこ?」


「特別な場所?う~ん・・いきなり聞かれてもなぁ。そうだな・・ああ、美好は俺にとって特別かな?おばちゃんに癒されて食事も馴染んでいるし、第2のおふくろの味ってやつだな。楓とも通い続けて、自分をさらけ出している特別な場所だね」


嬉しそうに話している健吾を見ると、また複雑な気持ちになる。


 ーだったら伊東さんを連れて行かないでよー


心でつぶやきながら、健吾の言葉に頷く。


「同じだね、私も特別な場所は美好だよ」


「そっか、そうだよな。でも何で急に特別な場所とか言い出すんだよ?」


「ううん、何となく」


理由を話すつもりはないから軽く答える。私もずるいね。

アパート前に着いたので、健吾と向き合いお礼を言う。


「ありがとう健吾、わざわざごめんね。お茶でも飲んでいく?」


「いや、楓疲れているみたいだし今日は帰るよ。ちゃんとゆっくり休めよ」


優しい顔して言ってくれる。今はその優しさもちょっと辛い。


「うん、わかった」


「じゃあ、おやすみ」


「気をつけて帰ってね」


「俺、男だから」


笑って手を振って歩き出す健吾に、私も思わず笑ってしまう。


「でも、気をつけて。おやすみなさい」


「わかったよ」


1度振り返って手を振り帰って行った。

その後ろ姿を見つめ続け、去って行く健吾の姿に寂しさを感じる。本当は帰らないで欲しい、でも見送るしかないから姿が見えなくなるまで見つめ続けた。






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