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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
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特別な場所 ②

誰もいない部屋の中でボーっとしてどれくらい経ったかな?そんなに長い時間は経っていないと思うけど、涙を流したら気持ちが少し落ち着いてきたみたい。

また澤田くんに涙を見られてしまったことが何だか恥ずかしい。ハンカチまで借りちゃったし・・洗って返さなきゃ。

バッグに手を伸ばし、中からハンドミラーを取り出す。開いて顔を見ると、化粧がほとんど取れちゃっている。ミラーを閉じてバッグに戻した時、澤田くんが部屋に戻ってきた。紙袋を持って。


「待たせてごめん、柚原大丈夫?」


そう言いながらこっちに歩いてくる。


「うん、ごめんね。本当に恥ずかしい」


泣いたことも、化粧が取れてしまったことも恥ずかしくて俯くと、澤田くんは私の前にしゃがみこんだ。


「そんなことないよ。柚原が無理して笑うより全然いいよ」


そう言われて少し顔を上げると、澤田くんは優しい笑顔で覗き込んでいる。

そして紙袋をカサカサ音させた後、温かいカップを私の手で包むように渡してくれた。そして私の手を一瞬包んだ澤田くんの手はカップとは反対に冷たい。


「ねえ、お腹空いてない?スープストアで買ってきたんだ。柚原はミネストローネ好き?」


「うん、好き」


「よかった。僕もお腹空いていたんだ、一緒に食べよう。あとフォカッチャもあるよ」


そう言ってフォカッチャを私のデスクの上に置いてくれた。

そして澤田くんは隣の席のイスを引いて座った。


「いただきます」


「いただきます」


私が言うと、澤田くんも続けて言った。

カップの蓋を開けてスープを一口飲むと、じんわり胃が温かくなる。

トマトの味が優しくて、お腹が空いていたことを感じられた。


「美味しい・・」


少し笑うことができた。


「よかった」


「澤田くん、ありがとう。ごめんね、泣いたりして。何かね、最近私ダメなんだ・・・。感情がコントロールできないっていうか、何でもネガティブに考えちゃって落ち込んでばっかりなんだ」


「健吾のことで?」


「うん。片思いって言えば綺麗な言い方だけど、5年半も私何にもしてこなかったんだよね・・ただそばにいて、健吾に彼女も好きな人もいない時あったのに、気持ち伝える努力しなかったし。それで伊東さんのことを好きになったことを聞いてから後悔ばっかり・・」


「そっか」


「どうしたらいいか分からなくなっちゃった」


手に持っているスープを見ながら話してふと視線を上げると、澤田くんはちゃんとこっちを向いて聞いてくれている。


「健吾は変わらず接してくれているのに、私いつもグジグジ考えちゃって、何かダメだなって思うの。片思いが長すぎたのかな・・・健吾は伊東さんに彼氏がいても想っているし、今日もそうだけどこれ以上2人のこと見たくないって思っちゃうの。自分で健吾の友達としてそばにいられればそれでいいって思っていたのにね・・・今が諦め時なのかな?ってそんなことばかり頭の中グルグルしちゃっているの」


「柚原は諦められるの?それだけ好きな人のこと」


「う~ん・・」


即答できずに言葉がつまる。


「じゃあ諦めたとして、他の人を好きになることができる?柚原が誰かに告白されたら、その人を恋愛対象として見ていくことできると思う?」


「恋愛対象?」


「うん、じゃあ・・例えば僕が柚原のこと好きなんだって言ったら、健吾のこと忘れて僕と付き合うことを考えていくことできると思う?」


突然の話の飛躍に私は止まってしまったのに、澤田くんは少し顔を傾けて「ん?」って微笑んでる。


「健吾のこと・・忘れられるかは・・分からない」


「じゃあ、無理に諦めずに気持ち伝えてみたらどうかな?ただ諦めるのは今よりもっと辛いと思うよ。健吾も鈍感だからさ、気付かないことたくさんあると思うし。柚原は健吾に気持ち伝えるの恐い?」


「うん・・・恐い。健吾にごめんって言われるのがすごく・・恐い」


それが何よりも心にくすぶっているものなんだ。

健吾に好きって言って驚かれるのも、ゴメンって言われるのも、意識して友達でいられなくなるのも恐い。片思いしている人がみんな感じている感情だと思うけど。私にはそれを想像することが一番恐い。


「ごめんって言われることしか考えていない?」


「そうだよ、その答えしか想像できない。今までずっと一緒にいたけど、健吾が好きになったのは私じゃなかったもん。伊東さんを想っている健吾に好きって言っても、私にとっていい答えが返ってくることなんて想像できない」


澤田くんに返す言葉で自分の気持ちも乱れてしまう。ここが自分でも嫌になるところなんだ。

健吾が悪いわけじゃない、何もしない私がいけないのに。気持ちを伝えられる瞬間はたくさんあったはずなのに、言えなかった。「好き」って言葉がこんなに重い言葉になると思わなかった。英輔に振られてから好きと思った人にはもっと簡単に伝えていたのに。本当の恋に出会ってしまうと伝えられなくなってしまうなんて。


「もっとみんなの気持ちが解りやすければいいのにね」


そう言った澤田くんの言葉に素直に頷けた。


「うん、そしたらこんなに辛くなかったかな?」


「う~ん、本物だから辛いのかもね。軽い気持ちなら辛く感じないんじゃないかな?」


確かにそうかもしれない。だから英輔に振られた後好きになった人に気持ち伝えて振られても・別れても悲しくなかったんだ。その人達と健吾への想いは全然違った。


「そうだよね、分かる気がする」


私の言葉に澤田くんは小さく頷いた。


「すごいね、澤田くんっていろんなこと知っているんだね。澤田くんもてるから、想う人の気持ちとか辛さとか詳しいって何か意外な感じ」


「ひどいな~僕だって片思いするんだよ。好きな人に想って貰えるのは羨ましいって思うしね」


澤田くんがそんな感情を持つなんて考えられない。いつも会社の女の子の話題にされていたり、澤田くんと話している子の顔は皆華やいでいて。みんな近付こうと一生懸命なのに。そんな澤田くんが片思いなんて・・私と同じ感情を持ったりするのかな?


「澤田くん、今好きな人いるの?」


「今?知りたい?」


澤田くんはいつもと違っていたずらっ子みたいな顔をしている。


「うん、澤田くんも片思いしているのかな~って」


「それは秘密」


少し顔を寄せて囁くように言う。からかうように、少し微笑んで。


「え?」


「また今度おしえてあげる」


「うん・・じゃあ、また今度」


何だか煙に巻かれたような感じだけど、澤田くんの笑顔に「まあ、いいかな」って思えてしまった。

そんな会話をしながら澤田くんが買ってきてくれたスープとフォカッチャを食べ終わった時、バッグの中から着信音が聞こえた。

手を伸ばし取り出して見ると、鳴り続けている着信相手は・・・健吾。


「どうして・・」


驚いて思わず澤田くんを見てしまう。

目があった澤田くんは「ん?」って少し首を傾げている。


「健吾?」


「うん・・」


そう答えてまたスマートフォンに視線を落とした時、着信音が止まった。

安堵と後悔が入り混じって複雑な気持ちになる。

そんな私を察知したのか、澤田くんは私の前に立って私の手からスマートフォンを抜いた。


「柚原、いろんな気持ちがあると思うけどかけ直してみなよ」


そう言って私の左手を掴むと、手のひらにしっかりとスマートフォンをのせてきた。

伊東さんと一緒にいる健吾から電話が来るなんて何でだろう?頭の中に健吾と伊東さんの顔が浮かんで、手のひらに乗せられた携帯を見つめたまま動けなかった。



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