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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
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揺れる気持ち

楓に肩を突き飛ばされて椅子の背にもたれるように座った健吾は、さっき楓が出て行ったドアをずっと見つめていた。

楓が向かいの席に座って声をかけてきた時、寝ているように見せたが本当は起きていた。

あのコーヒーショップの前で楓とあの男の向き合って仲良さそうに話す姿や、楓に触れたところを見た時から複雑な気持ちに襲われてうまく感情をコントロールできていない。

いや違う、楓を結婚式の2次会の会場まで迎えに行った時にあの男が楓を追いかけて来たのを見た瞬間からこの苛立ちが続いているんだ。

晴れない気持ちで美好に来て、ハイペースで飲んでも酔えなかった。

ため息が出てテーブルに顔を伏せて暫く目を閉じていると、楓が店に来たらしく向かいの席に座ってきた。楓に声をかけられたけど、うまく話せない気がしてそのまま瞳を閉じたままでいた。

そして少し経ってもう一度声をかけられた時、それまで閉じていた瞳を開けた。

髪の隙間から見えた楓の顔は思っていたよりもそばにあって、その顔を見つめてしまった。その上さらに顔を寄せて来て瞳が近づいた。

見慣れた顔なのに、なぜかすごく惹かれた。そしてあの男が楓を触れていたのを思い出して、楓の腕を掴んで引き寄せていた。触れた楓を離せなくて、突き飛ばされてやっと我に返った。


「やべ~、何であんなことしちゃったんだ・・・」


楓にキスしてしまった感情が複雑で、右手で頭をガシガシ掻いた。

あいつが綺麗な顔をしているのは充分分かっているのに、何で今更あんなに惹かれたんだ?

やばいよな。あいつ怒ってるかな・・・

ため息をつき、晴れない気持ちのまま椅子の上に置いたビジネスバッグを持ってカウンターに向かって歩く。


「おばちゃん!帰るわ」


「は~い」


奥から手を拭きながらおばちゃんがこっちに来る。健吾越しにキョロキョロと周りを見て訪ねてくる。


「あれ?楓ちゃんは」


「あ~、さっき帰った。会計一緒にして」


「楓ちゃんたら健吾くんが酔いつぶれていると思って送って行くって言っていたのに、起きなかったのかい?こんなに遅い時間に一人で帰しちゃだめだよ」


怒られながら会計を済まして店を出た。外に出ると冷たい風に包まれて、歩きながら楓がちゃんと帰ったのか気になり携帯を取り出して画面を出した。そこに表示されているのは楓の番号のリダイヤル画面。

今日飲みながら何度も見ていた。ここで飲む時は楓と一緒ということが染み付いていて、物足りなさを感じ何度も電話するか悩んだ。でも、気持ちに引っ掛かりがあってかけられなかった。

だから諦めてテーブルの上に顔を伏せていると、楓が来て向かいの席に座ったのに顔が上げられなかった。また日曜日迎えに行った時のように楓に突っかかってしまいそうだったから。

今だってすぐに電話してさっきのこと謝らなければいけないのに、また同じように携帯をしまって駅に向かって歩き出した。



朝を迎え晴れない気持ちで会社に向かう。そして今日どうするかを考える。

考えても寝不足のせいか考えがまとまらず、足だけが先に進んでいく。


「とりあえず謝るか」


軽くため息をついたところで背中を叩かれた。


「おはよう」


振り向くといつもと同じ笑顔の楓の姿。俺の頭にあったのは、あの時俺を突き飛ばした時の楓の顔。


「おはよう」


呟くように俺がそう言うと、うんって優しい笑顔のまま頷いた。


「今日も寒いね、早く会社行って温かいもの飲もう」


「・・ああ」


笑顔の楓に驚いたけど、楓が早足で進んだので俺も合わせて歩く。ほんの少し前を歩く楓の横顔をバレないように見ながら。

なんでいつもと同じなんだ?金曜日は逃げて帰ったのに2日経ったら何もなかったように笑顔でいるのは何でだろう?分からねー。

そんな楓を見ていたら謝る言葉が出せなくて、暫く考えたけどそれに合わせることにした。

俺にとって楓が怒っていないならそれでよかった。

あれだけ考えていたから何か肩透かしみたいな気がするけど、今の楓の笑顔を見ているとそんなことどうでもいい気がしてきた。楓はやっぱり笑顔のほうがいい。


「じゃあ楓の好きなミルクティ買ってやるよ」


「本当?ラッキー」


楓の笑顔につられて気がつけば俺も笑顔になっていた。



それから1週間仕事に追われ、残業の毎日を送っていた。楓も忙しそうで、帰り食事に誘うタイミングもなく遅い帰宅と早い出勤を繰り返していた。

楓とのことは未だに何となくあのままになっていて、このままでいいのか迷いもある。

話かければ、やっぱり何もなかったかように笑っているし。俺だけ悩んでいるのかと思うと情けなくなる。

よし!今日は残業しないで楓を誘ってみようかな、楓が残業になるなら会社で待っててもいいと思いながら車を運転していると携帯のバイブでメールの着信に気が付いた。

メールの送信者には伊東 麻里と表示され、来週女子会があり今お店を探していて、いつも居酒屋か洋風のお店なのでたまには和食にしようといいお店を探しているので、健吾がいつも言っていた美好のことを聞きたいという内容が書かれている。

時計を見ると定時は過ぎていたのでメールでの返信ではなく直接話そうとコンビニに寄り、タバコとコーヒーを買って、タバコを吸いながら麻里の携帯に電話をかけることにした。


「もしもし」


「あ!お疲れ様です。お忙しい所メールしてすいません」


電話越しに明るい声が聞こえる。


「ああ、大丈夫だよ。何?美好に行くの?」


「はい、美好って小料理屋さんですよね?いつも山中さんがいいお店って言っていたのでみんなも喜ぶかな?って思って」


「うん、料理も美味しいからいいんじゃないかな?」


「本当ですか?それで山中さんにお願いがあるんですけど、初めてのお店なのでどんな感じのお店か行ってみたくて・・もしお時間あったら一緒に行って貰えませんか?予約もできたらと思って」


突然の美好への誘いに一瞬驚く。確かに今まで何度もいろんなお店に2人で食事は行っているから不思議じゃない。でも今日は楓と美好に行くつもりだったからちょっと迷いはあるけど、楓も誘えばいいかな?と思い返事をした。


「今日でいいの?」


「はい、山中さんは今日大丈夫ですか?」


「いいよ。今会社?」


「はい」


「じゃあ、あと30分位で戻れるから待っててくれる?」


「分かりました。よろしくお願いします」


「じゃ、あとで」


電話を切ってタバコを消すとまた車を走らせた。運転しながら何となく考える。

今まで楓と行っていた美好に麻里と行くことに、何か不思議な感覚を感じた。まあ、楓と隼人と3人で行ったこともあるし。急いでお店を探しているみたいだからとりあえず行こうと思った。













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