優しい協力者
咲季はパソコンから視線を移し、今帰って行く健吾の後ろ姿を見送った。
楓が帰ったのと入れ替わるように戻ってきた健吾に、意地悪な気持ちを込めて楓が男に誘われて帰って行ったことを伝えた後、仕事をしているふりをしながら健吾の様子を見ていた。
楓が誘われたり、他の男と会うことをどう感じるのか確かめたいって思ったから。
嘘は伝えていない。長い間想い続けてきた楓が、何か諦めの顔や言葉を言い始めてきたことを最近感じていたから姉心として健吾を刺激してやりたいと思ったのだ。
余計なことかもしれない、そっとしておいた方がいいのかもしれない。
でも今日楓が昔好きだった人に誘われたことを聞いて、嘘じゃない真実で彼の気持ちを確かめたかった。
「面白い反応見れましたか?」
突然声をかけられた。え?っと周りを見渡すと部屋にいるのは、近くの席にいる澤田くんだけだ。彼はさっきからずっとパソコンに何か打ち込んでいて、今だってこっちを見ているわけじゃない。
でも明らかに今の声は澤田くんだった。
「えっ?」
パソコンを打ち続けている澤田くんに向かって聞き返す。
「健吾がどう反応するか見たかったんじゃないですか?」
その言葉と共に視線を上げてこっちを見た。少し口元が笑っている。
「あらバレちゃった?仕事やっているふりして聞いていたんだ」
「これだけ近ければ、聞くつもりなくても聞こえてしまいますよ」
いつもは見せない爽やかな笑顔を見せて、またパソコンに視線を落としている。
さっき私が山中くんと話していた時は全く関心無い様子でパソコンを打ち込み続けていたのに。
山中くんが帰ってからも変わらずパソコンに向かっていたのに、時間がたった今急に何なの?
考えていると、今さっき私達以外の社員が帰って行ったことを思い出した。そっか、聞かれる人がいなくなるのを待っていたのか・・
「余計なこと言ってるって思うでしょ」
「いいえ、思いませんよ」
また視線をこっちに向けながら微笑んだ。
「何で?」
「きっと今井さんと同じ気持ちだからですよ」
「はっ?」
「柚原を応援してあげたい気持ちも、健吾の気持ちを探りたい気持ちも」
どういう意味で言っているんだろう?楓と山中くんをくっつけたいってこと?
私と同じ気持ちってそうゆうことだよね・・
「澤田くん、楓の応援しているんだ?」
「してますよ」
「相談とかも乗っているの?」
「いえ、柚原は一生懸命自分の気持ち隠しているから、悩んでいることも悲しいことも言いませんよ」
「でも、澤田くんには楓のそんな感情がちゃんと見えるんだ」
「さあ、どうでしょう」
澤田くんはフッと笑ってそのまま微笑んだ。
「楓の気持ちはいつ頃知ったの?」
「う~ん、新人の頃ですね」
「そっか・・」
ちゃんと時期的に合っていることに少し驚いた。
「でもさ、澤田くん今まで知っている素振り全く見せなかったのに、何で突然言い出したの?」
そう・・すごく不思議だった。彼は常にクールで人に関わっているタイプじゃなかったのに。
「今井さんが大胆に行動し始めたので。それに最近ちょっと柚原が苦しそうかな?って思っていたし、伊東さんに関わったり無理して笑っているから。苦しそうな感じの時があったので、柚原には自分が柚原の気持ち知っていることも言ってしまいました」
「そ~なんだ・・楓驚いていたでしょ」
「そうですね、驚いていました。誰にもバレていないって思っていたはずですから」
その通り。楓の気持ちを知っているのは、私と美好のおばちゃんだけだったはず。おばちゃんは楓の気持ちを知ってても、健吾にはちゃんと隠してくれているから。
「それで?澤田くんから見て、2人の仲はどう思う?」
「さあ?わかりません」
確かに。2人の仲は難しすぎる。伊東さんが絡むとややこしくて私にもわからない。
誰の気持ちも繋がっていない。
「山中くんは、やっぱり伊東さんが好きなのかな?あんなに楓と仲がいいのに」
「う~ん、好きなのかもしれないけど本当の気持ちには気付いていないのかもしれないですね」
「どうゆう意味?」
「健吾はもっと独占欲の強い奴だと思いますよ。大切なものが逃げてないから、気付かないんです」
大切なもの?それってやっぱり・・・
「楓ってこと?」
「どうでしょうね」
確信を持ちたい所で何だかはぐらかされてしまった。
「人の気持ちって難しいですね」
「ほ~んと!みんな難しい」
イーって顔して見せると、今度は本当に笑って見せた。あら!やっぱりいい顔して笑うなぁ。
でも澤田くんとこんな話ができるなんて思わなかった。
「でもさ~、澤田くんがそうやって思っていることを言ってくるなんて思わなかった」
「ああやって健吾の気持ちを揺する今井さんが面白かったからです」
「あれでよかったのかな?誘われて会いに行ったみたいなこと勝手に言っちゃったけどさ」
そこは自分でも反省している。勘違いさせたらやっぱり私のせいだし。
「いいんじゃないですか?心揺れていたみたいだし」
「そうだよね。それに、男友達って言っただけなのに顔色変わっていたしね。あいつ・・って言っていたから相手知っているのかな?まあ、いい方向に行ってくれるといいな・・・楓には絶対幸せになってもらいたいんだ。本当にいい子なんだもん。大きなお世話だと思うけど、私に何かできるならしてあげたいんだ」
「ふ~ん、今井さんは優しい人ですね」
肘をつき顎をのせて微笑んで見せた。
「そ~お?澤田くんだって優しいじゃない?」
私も微笑み返す。私より優しいのは君だよ。本当は楓の事が好きなくせに。
君も嘘つきなんだよね。
そう、ずっと前から知っていたんだ。気付いていたけど楓にも言わなかった。
こんなにかっこよくて何人もの女の子にアプローチされているのに全く関心を持たなくて。仕事第一でいるように見えるけど楓にはさりげなく優しかった。
何となくそんな様子を見ていたら気付いちゃったんだ・・澤田くん楓のこと好きだなって。
でも今日話すまで知らなかった、楓と山中くんを応援してるなんて。好きって気持ちを隠して応援しちゃうなんて・・・楓と同じじゃない。
なんか帰り道切なくなった。本当にみんなの気持ちが一方通行で。
いい男・いい女ばかりなのにね。みんな幸せになるといいな・・・まあ、私もいい恋愛していないけどね。




