嫉妬
会社から出たあと英輔に電話をかけると電車の中だったらしく、今会社を出たことを伝えると駅前のコーヒースタンドで待っていてと言われてそのままお店に向かった。小さなお店だけど、ここのコーヒーは美味しい。英輔もこのお店知っているんだな~、本当に近くにいたんだなって思うと何か不思議な気持ちになる。10年という年月が過ぎてあんなに気まずいと思っていた人とこうして連絡を取って待ち合わせをするようになるなんて。ホットカプチーノを飲みながら学生時代を思い出す。英輔と仲良くなり好きになって想いを伝えた。あの時は気持ちの勢いに任せて「好き」って言えたのに。今、健吾に「好き」って言える勢いなんてカケラもない。それどころか、どんどん自分の気持ちのやり場がなくなっている。
特に今日みたいに2人が一緒にいるところを見ると、心がざわついて抑え方がわからなくなる。
いろんなことを考えて30分位過ぎた頃、大きなバッグを持った英輔がお店の中に入ってきた。
「ゴメン!遅くなった。結構待たせちゃったよな」
「ううん、そんなに待ってないよ」
「急に呼び出してごめんな、これとりあえず渡したくて」
そう言ってバッグからラッピングされた物を手渡してくれた。
「あ~ありがとう。途中で帰ったのに貰っちゃっていいのかな?」
「いいんだよ。参加者全員分あるって幹事が言ってたし、まあ参加賞みたいなもんで残った物で悪いけど」
「開けてみてもいいかな?」
「ああ、見てみれば?」
遠慮なく中身を見てみるとアロマキャンドルっだった。箱にはピンク・イエロー・ブルーの3個入っている。実用的な物でお洒落なものを貰えて嬉しく思えた。
「あ~ラッキー!いいもの貰っちゃった。じゃあ、英輔に1個あげる」
箱からブルーのアロマキャンドルを取り出し、英輔の前に置いた。
「えっ!いいよ、俺もちゃんと貰ったし・・ワインだから飲んじゃったけど」
「うん、嫌いじゃなかったら使ってみて。帰りにここまで寄ってくれたお礼」
「サンキュー、じゃあ使ってみる。あっ、俺もコーヒー頼むからちょっと待ってて」
そう言うと立ち上がってカウンターに注文しに行き、すぐにブレンドコーヒーを手にして戻って来た。
「楓はいつもこの位の時間に終わるのか?」
「う~ん、日によって違うかな?営業部だから接待や残業あると結構遅くなるし。今日は何となくやる気なくてちょうど帰ろうとしたとこでメールに気付いたんだ。だからタイミングよかったの」
笑って言う私に対して英輔はコーヒを飲みながら私の顔を伺うようにジッと見ている。
「何で?何かあった?」
心配そうに私の顔を覗き込むように見てくる。仕事の失敗や行き詰まりという理由ではないから何となく言いにくい。
「う~ん、何となくだよ・・」
「・・・男か?」
カップをソーサーに置きながら視線だけこっちに向けて聞いてくる。
その視線と直球の質問にドキッとした。
「・・・そう」
テーブルに視線を落としながら呟くように答える。なんで英輔とこんな話題になるんだろう?
昔好きだった人に今好きな人の話をするって普通のこと?なんか複雑。まあ、昨日健吾のことを話してあるから大体どんな状況かわかってくれているけど。
「昨日迎えに来てくれたんだろ?」
「うん、送ってもらった。」
「それでもう今日そんな気分になっちゃうのか?」
そう、昨日は最初何となく重い空気だったけど、途中からは楽しく帰れて幸せだったのに。今日、健吾と伊東さんの2ショットを見れば気持ちはあっという間に下降してしまうんだ。
「私がね、健吾のそばにいて幸せでいられるのはほんの一時なの。健吾には好きな人がいて、それは忘れちゃいけないことで。同じ職場にその相手がいれば2人でいる姿も見ることは当たり前だから。私の幸せだった気持ちなんてあっという間に吹き飛んじゃうの」
自分に言い聞かせるように一気に言葉にする。
言い切って自分で納得するようにうんうんって頷く。
そんな私に英輔が右手を伸ばして頭の上に乗せて少し左側を優しく撫でてくれた。
「そっか・・。頑張っているんだな」
囁くように言ってくれる英輔の瞳を見ると、優しい顔をしている。学生の頃見てきた顔じゃなくて、27歳の大人になった英輔の笑顔。大人になったんだね・・
「う~ん、私頑張っているのかな?」
「好きでいる為に頑張っているんだろ?」
「そっか・・」
何となく納得できた。好きでいたいから気持ち隠して嘘をついているのかもしれないな・・
英輔に教えられるなんてね、何か苦笑してしまった。
窓から見えるそんな2人の姿を、店を少し過ぎた所から見つめていたのは・・・健吾だった。
会社を出て駅に向かう途中、コーヒースタンドを通り過ぎる時窓越しに楓の姿を見つけた。その向かいに座る男の姿も。いや、その男が楓の頭を撫でていた。それを見た瞬間瞳が大きく開いた。
その場で立ち止まることができず、視線だけを2人に向けて。でも店を通り過ぎた後、思考とは反対に足が止まった。明るい店内から外で見つめている健吾の姿に気付かず語り合っている。振り返って2人の姿をジッと見ている健吾の瞳は冷たさが混じっていた。そして視線を断ち切りその冷たい眼差しのまま駅に向かって歩き出した。
何も知らない楓は英輔に話したことで少し気持ちが軽くなり、もう冷めてしまったカプチーノを飲み干した。英輔のカップも空になっている。
「楓、この後時間ある?もしよければ飯付き合ってくれない?」
「うん、いいよ。どこがいい?お酒は飲む?」
「飲みたい、まあ昨日かなり飲んだから軽めに」
「じゃあ、すぐそこの炉端焼きのお店でもいい?」
「いいね!よし行こう」
それぞれバッグを持ってお店を出て炉端焼きの居酒屋に向かった。
本当のおすすめは美好だけど、あのお店は楓にとって健吾と行く特別なお店だから英輔と2人で行く気持ちにはなれなかった。
お店に入るととりあえずビールを注文し、海鮮や串物や野菜を焼いてもらった。
さっきのようなしんみりする話でなく、真奈美と久保くんの2次会・3次会での合コンのような騒ぎになったことを面白可笑しく話してくれて終始笑いながら食事ができた。
あのまま英輔と変わらず友達付き合いできていれば、こんな風に過ごしたのかな?ってちょっと想像した。




