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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
30/60

駆け引き

定時を過ぎて会社に戻り、エレベーターに乗ったところで大きなため息をつく。


「疲れた・・・」


誰もいないエレベーター内で、つい声が漏れる。

真奈美と久保くんの結婚式に参加する為に、なかなかハードな週末を過ごした。まあ、帰りは健吾が迎えに来てくれて車に乗ったままだったから、帰りの疲労はなかったのだけど。

寝る前に健吾のことや、久しぶりに会った英輔のことがグルグル頭の中を巡ってなかなか寝付けなかった。

だから朝目覚ましアラームが鳴っても目を開けるのに苦労してしまった。朝の冷えた空気も起きたくない気持ちを増長させた。

営業部のあるフロアの階につき、エレベーターを降りて休憩スペースに向かう。自動販売機横のイスに座っている2人の男女に目がいった。健吾と伊東さんだ。もう見慣れた2ショットのはずなのに、2人が一緒にいるところを見る度に心臓がギュッと苦しくなる。


「お疲れ様」


話しかけたくないけれど、ここまで来て戻るわけにも無視するわけにもいかない。自然な感じには見えないかもしれないけど笑顔も作って見せる。


「あ~、お疲れ」


「お疲れ様です」


健吾に続いて伊東さんが笑顔で会釈してくる。私の笑顔と違ってスッキリと可愛い。私も伊東さんに向かって会釈する。


「何か疲れた顔してるな、大丈夫か?」


「うん、週末ハードだったから今日の外回りはきつかったよ。何か甘いもの飲みたくてさ」


バッグから財布を出してホットのミルクティーを買う。


「とりあえず早く帰りたいから残った仕事やってくる。じゃあ伊東さんまたね」


「はい」


私が伊東さんに向かって手を振ると、同じように笑顔で手を振りながらペコッと頭を下げてきた。2人に笑顔を見せてから自分の部署へ歩く。小さくため息をつきながら、温かいミルクティーの缶をギュッと握りしめた。

自分のデスクにバッグを置いたとこで咲季先輩に声をかけられた。


「楓、楓」


声の聞こえた方を見ると咲季先輩が自分のデスクに座りながら私に手招きしている。ん?っと頭をかしげると、「おいで」と左手で自分の隣の席を叩いている。

困ったような笑顔を見ると何か言いたいんだって察知できて、ミルクティの缶を持って咲季先輩の示した席に座った。


「何ですか?」


「見たんでしょ?そのミルクティー買いに行った時。私もさっき帰って来た時見たからさ」


私に顔を寄せて小さい声で言ってくる。個人名は出さないけど言いたいことは分かる。


「見ましたよ」


「う~ん、やっぱり嫌だよね。あの2人どうなんだろう?楽しそうに話しているけど、いい雰囲気って感じじゃないよね」


「会社の中だからじゃないですか?」


心がモヤモヤしながらミルクティのプルトップを開けてグビグビ飲む。昨日あんなに幸せな気持ちになれたのに、もうこんなに黒い気持ちになってしまうなんて。まあ、これが現実なんだろうけど。


「そっか~、何か見ていても兄と妹みたいな雰囲気だけどね」


「それ聞いたら健吾泣きますよ」


その言葉を聞いて咲季先輩が鼻で笑う。


「楓は誰の味方をしているんだか。本当は見て嫌だったんでしょ」


「そりゃ~まあ」


声のトーンが落ちる。目線も自然と落ちてくる。


「ゴメン、嫌な話したね。でもさ、帰って来た時の楓の顔が寂しそうで声かけちゃったよ。ね!もう今日は仕事終わらせてご飯食べに行かない?」


「はい、いいですよ」


咲季先輩の気持ちが伝わってきて笑顔になれた。とりあえず自分のデスクに戻りバッグの中を整理していると携帯の着信に気がついた。見ると英輔からメールが来ていた。


「あっ!」


驚いて思わず声に出てしまい、気付いた咲季先輩がそばに寄ってきた。


「楓、どうしたの?」


「えっと・・友達からメールが来ていて・・」


「なんだ、大きな声出すから何かと思った。友達からメールでそんなに驚く?」


確かに普通友達からなら驚かない。英輔からだったから一瞬目を疑ったのだ。昨日の今日でこんなに早く連絡が来るとは思わなかったから。


「それが・・この前話した昔好きだった友達からなんです」


「えっ!!何で?話もできないって言ってた人でしょう?何?話せたの?」


咲季先輩はこの前の話を思い出したみたいで、興奮して1歩前に出てきた。かなり驚いているみたいで声の大きさに気づいていない。


「先輩!声が大きいです」


「ゴメン、だってあの男友達でしょ!楓が好きだったって言ってた人!」


声のボリュームは落としてくれたけど、勢いは落ちていない。


「何?会うのも悩んでいたのにどうしたの?メール来るって・・何よ~」


あんなに驚いていたのに、今度は二ヤっとして脇腹を突っついてくる。


「も~違いますよ!まあ、確かに2次会の時話しかけてくれて2人で話すことができたけど。何か職場が偶然近かったみたいで、今度食事でもしようって連絡先交換したんです」


「そっか~よかったじゃない。あれだけ気にしていたから私も心配していたんだよ。それで?メールは何だって?」


「メールですか?ちょっと待ってください」


英輔からのメールを見てみる。今こっちに帰っている途中だけど、2次会のビンゴで全員分の景品があって私の分を預かって帰って来たから、これから時間があれば渡しに行こうか?って内容だった。

その事を咲季先輩に伝える。


「まじで?これから会おうって?」


「う~ん、でもまた違う日にしてもらいます」


咲季先輩とご飯食べに行くところだったので、メールで今日は無理だと送ろうとしたら手をつかまれて止められた。


「待って!」


咲季先輩は私の手をつかみながら何か考えている顔を一瞬したと思ったら、何か企んだような顔をした。


「行って来なよ、楓。せっかく連絡くれたんだからさ、受け取って来なよ。お互い仕事していたら終わる時間が合う日ってなかなかないんだからさ」


その言葉にそうかもしれないって思って、じゃあ行って受け取ってこようかなって気持ちになった。

確かに営業の仕事をしていたら、帰れる時間は確実に言えない。ドタキャンするのも失礼だし、今ならすぐ出られる。


「じゃあ・・・すいません。せっかくご飯行こうって言っていたとこなのに」


「いいって、いいって。また後でゆっくり話そうよ。とりあえず彼に電話してあげなよ」


そう言って私のバッグを渡してくれた。


「はい、じゃあ・・お先に失礼します」


「お疲れ~行ってらっしゃい!」


笑顔で見送ってくれる咲季先輩に会釈して営業部のフロアを出ようとした時、ちょうど健吾が入って来た。


「あれ?楓もう帰るの?仕事残っているって言ってなかったっけ?」


「うん・・ちょっと用事入って帰ることにしたの」


つい英輔の名前を出さずに用事と言ってしまった。


「そっか、じゃあお疲れ」


「お疲れ様」


挨拶だけして出てきてしまった。さっき伊東さんと一緒にいたことが何となく心に引っかかっていたからかもしれない。そのままエレベーターで降りてロビーを出てから英輔に電話をかけてみた。



自分のデスクに戻った健吾はパソコンの電源を入れイスに座って背もたれに寄りかかった。


「はい、お疲れ様~」


咲季は健吾のデスクの上にコーヒーを置いて微笑んだ。


「ありがとうございます。今井さんも残業ですか?」


「まあね~、見積もり仕上げないといけないしさ。山中くんはいなかったからもう帰ったかと思っていたよ~」


なんて嘘と嫌味を言ってみる。もう、楓落ち込んだ顔していたんだからね!って言ってやりたい気持ちを抑える。


「すいません、休憩スペースに行っていました」


知っているよ、そんなこと!って毒づいてやりたくなる。全く君は爽やかな顔をして残酷だな、どんな思いで楓が君たちを見ていたのか考えたことないだろう。


「そっか、じゃあ今楓が帰ったけど会わなかった?」


自分が企んだ行動を開始する。


「ああ、今そこで会いました。まだ仕事あるってさっき言っていたのに、何か用事入ったって言ってました」


「でしょ!何か連絡あって誘われたみたいよ」


「えっ?誘われたって誰にですか?」


グッとこっちを見て聞いてきた。さりげなく言ったのに以外に食いついてきたことに、咲季も少し口角が上がる。以外に捨てたもんじゃないかもしれない。そんな気持ちに少し賭けてみたくなった。


「う~ん、友達って言ってたよ。何か昨日の結婚式の2次会のビンゴの景品を今から届けに来るって連絡あって、これから会うことになったみたい」


「友達って・・」


「男の子らしいよ。会社が近いからきっとこっちに住んでいるんだろうね。何か仲良かった友達らしいよ」


そっと山中くんの顔を見ると目を細めて複雑な表情をしていた。そっかって顔じゃない、いろいろ考えている顔だ。そして「あいつ?」ってすごく小さな声でつぶやいたのを聞き逃さなかった。「あいつ?」と言った時の表情は目つきが少し変わってた。その様子から相手の男の子を知っていることを察知できる。楓を無理やり行かせて山中くんにそっと伝えてしまったけど、私はこれを確認したかったんだ。意地悪な方法だけど。

後で楓に謝らなきゃ、そして山中くんの反応も伝えてあげたい。まだ諦めるなって。

そのまま私の存在は忘れたかのように山中くんはボーッと何かを考えているようだった。

ちょっとは悩め!色男!
















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