気持ち
楓と咲季が帰って行く姿を見送った健吾は、明日の会議資料を仕上げる為に残業をしていた。
夕飯は近くのコンビニで買った弁当で済まし、早く終わらせる為に資料作成に没頭していた。
パソコンだけに集中していた意識がメールの着信音で解かれた。メールを見ると伊東麻里からだ。最近よくメールが来る。
内容は相談されている彼氏との事がほとんどだが、たわいない内容も送られてくる。
ーお疲れ様です、お仕事中ですか?山中さんにいつも相談にのってもらって頑張ろうって思っているのに、何故かうまくいきません。今日もこれから会う約束しているけど、何だか不安でメールしてしまいました。とりあえず頑張ってみますー
メールを読んでため息が出た。
「頑張ろう・・ねえ」
自然と声が出ていた。スマートフォンを机の上に置きパソコンに視線を戻したが、続きをやる気持ちに戻れなかった。何気なく周りを見ると、営業部のフロアには数人しか残っていなかった。仕方なく立ち上がり、エレベーターそばの休憩スペースに向かうことにした。
自動販売機でコーヒーを買いイスに座って1口飲んだ後、手にしていたスマートフォンを見ながら麻里への返信を考えた。
ー今、残業中だよ。ちょっと休憩に入ったところ。伊東さんは頑張らずに楽しんできなよー
何だか微妙な気持ちで自分が書いたメールを見る。
頭に浮かぶ麻里の顔は、嬉しそうでも嫌そうな顔でもない。不安を訴えている顔だ。それでも彼氏と会うというのだからしょうがない。
「こんなものかな」
自分でも中途半端な文だと思う。彼氏とうまくいってないなら早く別れてくれたらいいのにと思う。
だけどいつも相談されるのは、彼氏を想っているけど悩んでいる感じの内容でこっちも「別れちゃえ」と言い難くて自分もいい先輩面して話を聞いてしまう。
送信してすぐ電話の着信音が鳴った。麻里だ。
「もしもし」
「あ、お疲れ様です伊東です」
「うん、お疲れ様」
「山中さん残業なんですね。今は夕飯タイムですか?」
「いや、夕飯はもう済ませてコーヒー飲んでる。伊東さんはこれからでしょ」
「はい、一昨日喧嘩しちゃったので・・ちょっと会いにくいのですが」
そう、昨日の電話で彼氏とたわいない事で喧嘩したって聞いてたけど、やっぱり今日会うんだな。決して彼氏と麻里の距離は近いままだって事を感じる。
「好きならさ、素直に話をしてみなよ。喧嘩ばかりしてしまう時期もあるかもしれないけど、お互いちゃんと気持ちがあれば何度でも仲直りできるし。時間が空いてしまえば気持ちが素直になれなくなるしさ」
「はい、そうですね・・。いつもウジウジしてすいません」
「そんなことないよ。頑張って行ってきな」
「はい。じゃあ、行ってきます。お忙しい所すいません、山中さんも残業頑張ってください」
「ああ、じゃあね」
そう言って電話を切った。
「はあ~」
思いっきりため息が出てがっくり頭をうな垂れる。
俺は何言っているんだ、まったく。彼氏とうまくいっていないって言っているのに早く仲直りしてこいってアドバイスするなんてバカだな俺は。すっかり兄貴みたいな存在だよな。
もう一度ため息をついて頭を上げるとすぐそばに隼人が立っていた。
「うわ!何だよ隼人、いつの間にいたんだよ」
隼人がそばにいた事に気づかず驚いた俺を見て笑いながら向かいの席に座ってきた。
「通りかかって面白いもの見えたからさ」
「何だよ、だったら声かけろよ」
「スマホ片手にため息ついてうな垂れているのに、声かけたら悪いかな?ってさ」
隼人の奴、楽しそうに言ってる。こいつ・・・からかってるな。まったくこいつは爽やかな顔してもてているけど、本当はこうやって人をからかって楽しんでいることがあるんだ。滅多に他の人に見せないからみんな知らないと思うけど。
「お前、いつから見ていたんだよ」
「うん?今、通りかかったとこだよ。ニコニコしながら電話切ったのに、ため息ついてうな垂れていたとこ位しか見ていないよ」
爽やか笑顔で何でもない事のように言ってる。
「・・・まったくお前は」
呆れて怒る気にもならない。結局話も聞かれていたわけだ。まあ、会社で話しているのだから何も言えない。伊東さんとのことは隼人も知っているわけだしね。
「伊東さんだよ。また喧嘩した彼氏にこれから会うってことで、まあ・・素直に気持ち伝えてこいとか格好つけて言っちゃったわけだよ」
「へえ~」
「へえ~ってお前。まあ、自分でもバカだなって思うよ」
そんな俺を見て隼人がフッって柔らかい顔で笑った。そんな顔を見たら、ふと聞いてみたくなった。
「なぁ隼人、お前は伊東さんのことどう思う?」
「何?急に。」
「いや、言い方が悪かった。伊東さんを想うことをどう思うかな?ってちょっと聞いてみたかったんだ」
そう特に意味はなかったのだけど、なんとなく聞いてみたくなったんだ。
「う~ん、何言ってもいいの?」
「ああ、いいよ」
気軽に聞いてみた、友人の意見を。
「趣味悪いと思う」
「・・・」
は?一瞬思考が止まって言葉が出なかった。口が空いたままポカンとしている俺を隼人は笑顔で見ている。
ん?この笑顔で今、趣味が悪いと思うって言ったのか?
「隼人、今趣味悪いって言ったのか?」
もう一度確認してみた。
「うん、言ったよ」
やっぱり笑顔で言っている。意味がわからない、普通そんなこと言うか?
「何だよ、ひどいな。何?隼人は伊東さんみたいな子が嫌いってことか?」
とりあえず頭に浮かぶ疑問を聞いてみた。
「ううん、伊東さんが好きとか嫌いとか関係ないよ。彼氏がいるとかそういう事もね」
「ごめん、隼人が言ってることが分かんないんだけど」
余計に頭がこんがらがってきた。趣味悪いと思うけど、好きとか嫌いとかじゃないって?
「ん~、変な言い方してごめん。本当に伊東さんがどうこうってことじゃなくてさ、健吾が見る目ないなって思っているだけ。健吾は幸せ逃して後で後悔するタイプだなって言いたかっただけ。変な言い方してゴメン」
「いや、ん~そうか?俺見る目ないか?」
急にそんなこと言われて焦った。変わらず笑顔で言っているけど、何だかいつもの隼人と違う気がした。
「さあ?どうかな。まあ僕の意見だよ」
「じゃあ、そう言っているお前はどうなんだよ。俺の知っている限り隼人に彼女がいるって聞かないけど。お前に彼女がいないってことが不思議でさ。あちこちでモテてるだろ?」
「さあ?」
こういうところが隼人だ。そう、入社した時からの付き合いだけど彼女の存在は見えない。会社内でも隼人に想いを寄せてる人も告白した人もかなりの数知っているけど、どれも実ったものはないはずだ。
「隼人はどんな人が好きなの?」
「う~ん、嘘つき・・かな」
何かを思い出しているように考えながら答えた。
「は?何だそれ。お前そういう趣味?そんなんじゃお前こそ幸せになれないだろ」
意外な答えにビックリした。隼人っていったいどんな趣味なんだ。嘘つきな女って・・意味わからねー。
今まで見てきた隼人からは想像ができなかった。
「まあ僕のことはいいって。じゃあ、報告書書いて帰ろう」
隼人はそう言うと立ち上がって手をひらひら振りながら歩いて行った。
俺はボーっとその後ろ姿を見て残りのコーヒーを飲んだ。
何か全てをうまくはぐらかされたような微妙な気持ちが残った。




