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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
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一人の夜

取引先の会社を出ると日も暮れかかっていた。今日は健吾と美好に行く約束をしていたから少し早めに会社に戻るつもりで休憩時間も早々に切り上げて本日の訪問予定を次々にこなした。

蒸し暑い空気に包まれて重いバッグを抱え歩き始めたとこで、バイブを感じてポケットから取り出した。着信は健吾だ。


「もしもし、ゴメン今から会社戻るから・・」


全部を言い切る前に健吾の言葉が重なってきた。


「ゴメン楓。今日・・悪いけど美好に行けないんだ」


「え?どうしたの?仕事入っちゃった?」


「ううん、違う。さっき伊東さんに会って相談したいって言われてさ、これから行こうと思って。だからゴメン」


伊東さん・・・か。そっか、うん・・・。


「わかった。とりあえず早く行ってあげなよ。私もあと1件行きたい会社あるからさ、丁度いいからこれから行ってくる。美好はまた今度行こうよ。じゃあ、急ぐからゴメン切るね」


「うん、じゃあな」


電話を切ってそのまま画面を見る。ため息と共にまぶたが閉じる。

友達ならこんなことは当たり前なのかもしれない。

約束がドタキャンされることも、私より伊東さんを優先されることも。

今日一日健吾と美好に行くことを楽しみに休憩もほとんど取らずに仕事したのでどっと疲れが出てしまった。

会社の近くにいるけれど、もう1件行きたい会社があると言ってしまった手前、今戻って健吾に会うわけにいかない。

この先にカフェがあるから、そこで少しの間時間をつぶすことにした。



「はぁ・・・」


アイスコーヒーのストローで氷をカラカラとかき回しながらため息をついた。

最近、少しずつ健吾との距離が遠くなってきている気がする。それは、何となくというような内容だから実際は違うのだろうけど。

今までの私と健吾の友達という関係がとても近かったから、少しずつ健吾が離れていくような感覚に襲われる。

これからも今日みたいに私と健吾の約束もドタキャンされるのかな。それに慣れていかないとダメなのかな。

ぼーっと考えながら外を見ると、すっかり夜の空になっていて私の心に今日という日の終わりを告げた。


「あ~あ、美好行くの楽しみだったのにな・・」


つい、声に出てしまった。

最近健吾は伊東さんと会う日が増えたみたいで、あれだけ2人で通っていた美好も2人で行く回数は減っていて、私1人でおばちゃんに会いに行く日が増えていた。


「今日も1人で行こうかな」


つぶやきながらとりあえず会社へ戻る道を歩いた。

もう健吾のいないデスクを見つめながら、本日の日報と取引先に提出する資料を作成した。

資料は今日作成しなくてもいいものだったけど、まるで意地のように会社に残って帰る時間を遅らせた。

今日は咲季先輩も澤田くんも接待で直帰の為、会社には戻らないらしい。

ほとんどフロアに人がいなくなってきたので私も帰ることにする。


「このまま帰ろうかな・・・」


美好に寄って行こうと思っていた気持ちもなんだか失せてきて、そのまま帰宅の道を歩いた。

それでも飲みたい気持ちは消えることがなくて、アパートの近くのコンビニに寄ってビールとチーズを買って帰った。

とりあえず汗を流したかったのでシャワーを浴びて、ルームウェアに着替え冷蔵庫からビールを取り出してグッと飲んだ。

そして帰宅してからまだ確認していないスマートフォンを見ようとバッグから取り出した。

見ると、着信そして留守電が残されている。

先に着信を確認すると、実家の母だった。留守電も母だろう、聞いてみるとやっぱりそうだった。


「楓、まだお仕事ですか?今日、スーパーで真奈美ちゃんに会って来月の結婚式のこと聞いたよ。その時こっちに泊まれるのか聞こうと思って連絡しました。また後で連絡ちょうだい」


あ~、そうだ。真奈美の結婚式のこと言い忘れていたんだ。招待状届いた時、仕事忙しかったから返信はがき出してそのままだった。丁度連休だったから実家に泊まろうと思っていたのに連絡していなかったな。少し遅い時間だけど安心させる為にリダイヤルした。


「はい、柚原です」


「あ、お母さん。ごめんね、遅くなっちゃった」


「ああ、楓。今帰り?留守電聞いた?」


お母さんの嬉しそうな声が聞こえる。仕事を始めてあっという間に忙しくなり、遠い距離というわけではないが忙しさに甘えてあまり実家に帰ることはなかった。だからほとんど電話での会話が多く、いつも留守電にメッセージを残してくれていた。


「うん、ごめんごめん。真奈美の結婚式のこと言ってなかったね。来月の連休の時だから仕事終わり次第そのまま帰るからさ、よろしくね」


「そう、わかったよ。お父さんも喜ぶよ。そう、真奈美ちゃんもお嫁に行くのね。旦那さんは同級生の久保くん?」


「そうだよ。小・中・高一緒で結婚だからもう運命と言うかどれだけの付き合い?って感じだね」


「あら、じゃあ結婚式は同窓会みたいなものね」


「う~ん、そうだね。まあ、また近くなったら連絡するからさ。美味しいご飯よろしくね」


「そうね、じゃあお父さんと楽しみにしてるからね」


「はーい。じゃあ、遅くにごめんね。おやすみ」


そう言って話を切り上げて電話を切った。地元の友達の結婚式、同級生の新郎新婦、同窓会のような集まり・・・正直行きたくないと言うか、気が進まない。

新郎の友人に昔の私の男友達・・・というか昔好きだった人がいるからだ。

佐山 英輔・・・自分にとって忘れてしまいたい人だった。

好きだと言って振られて、もう友達にも戻れなくなった苦い経験の男友達。

その人が結婚式に来ると真奈美に聞いた時は、驚きとやっぱりという気持ちで複雑だったけど、親しい友人なら参加して当たり前だものね。

彼だって私に会いたくないだろう。だから余計なことは考えずに真奈美をお祝いする気持ちで参加することに決めたのだ。

健吾を好きになって、英輔のことを好きだった気持ちを思い出すことはなかった。ただ、あの辛い気持ちは忘れられない。それを思い出すと、来月の結婚式がまた重荷になってきた。


「やっぱり英輔には会いたくないなぁ・・・」


そんな思いでビールの缶が次々に空いてしまった。



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