君の好きな人 ③
伊東さんの相談に乗るってことだったのに、あまり言葉も出せなかった私はお酒を飲むペースを上げていろんな感情を抑えるようにした。
いつも私と同じように飲む健吾がビール以上飲まなかったので、澤田くんと私でドリンクメニューを見ながら次に飲むものを決めた。
「明日もあるし、遅くなる前に伊東さん送るよ。ちょっと駅まで行ってくるから」
私達が焼酎のロックを選んで注文した時にそう告げて、健吾がスーツの上着を手に持ちながら伊東さんを見て、「行こう」と目で合図した。
「大丈夫ですよ、ちゃんと帰れますから。みなさんとゆっくり飲んでください」
伊東さんが慌てて首を振っている。送っていくのね・・・私の視線が健吾と伊東さんを行き来する。
「だめだよ。今日誘ったの俺だし、もう人通りも減ってきているから一人で帰せないよ。駅まで送ったらまたここに戻って来るから大丈夫、とりあえず行こう」
「はい・・・すいません」
伊東さんは申し訳なさそうにバッグを手にして、中からお財布を出した。
後輩にお金を出させるわけにはいかない。私が止めるしぐさをして出す必要がないことを伝える。
「伊東さん、ここはいいよ。今日は私達先輩のおごり」
「そんな・・・」
「いいの、いいの。遅くなる前に早く送ってもらいな。健吾もせめて最寄りの駅まで送ってあげないと。私は澤田くんとこれから飲み比べするから、健吾!後で割り勘ね。ね!澤田くん」
自分の気持ちをごまかして澤田くんに顔を向けると、苦笑しながら頷いていた。
「健吾、柚原とこれから飲み本番だから行って来なよ。どっちが勝ったか明日教えるからさ。伊東さんも今日はありがとう、また仕事でよろしくね」
澤田くんも空気を読んでくれたのか、話を合わせてくれた。そんな澤田くんの言葉に伊東さんも「はい、よろしくお願いします」と笑顔で返事した。
「ありがとう、じゃあ行って来るよ。隼人も楓も今日はありがとうな。また明日、伊東さん行こうか」
「はい。すいません、ごちそうさまでした。今日は本当にありがとうございました、お先に失礼します」
私も手を振って2人を見送った。2人の姿が見えなくなって、今まで作っていた笑顔がサーっと解けた。
それと同時に焼酎のロックが運ばれてきた。澤田くんが受け取り、1つを私に差し出してくれる。
「ありがとう」
グラスを傾けて氷をカラカラ鳴らすと心の中の寂しさがにじみ出てきそうだった。
健吾行っちゃったな。自分で伊東さんの最寄り駅までちゃんと送って行くように言っておいて落ち込むなんてバカだよね・・・
「柚原、乾杯しようか」
ボーっとグラスを見ている私に澤田くんがグラスを寄せてきた。私も慌ててグラスを近づける。
「乾杯」
「乾杯」
グラスを軽く合わせると、ゴツンって鈍い音がした。
一人じゃないのだからちゃんとしなきゃ。一緒に飲んでくれている澤田くんにも申し訳ないし。気持ちを切り替えて、焼酎をグッと飲んだ。
「どう?これ芋焼酎だけど、柚原おすすめの黒糖焼酎のほうがよかったかな?」
澤田くんが微笑みながら聞いてきた。そうだ、この前3人で美好に行った時に澤田くんと黒糖焼酎飲んだんだ。私のやけ酒メニューみたいなものだから確かに今の心境にピッタリだけど、このお店のメニューにはなかったね。
「ううん、この焼酎も美味しいよ。澤田くんはどっちが好み?」
「う~ん、黒糖焼酎美味しかったな。また飲みたいね。でも、これはこれで美味しいよ。柚原はザルだからいろいろ飲めないと潰されちゃうからな」
「ひどいな~、いつもいつも健吾に付き合って飲んでいたらこうなっちゃったの。私だって、あまり飲めないの~って言う可愛い女の子でいたかったよ」
もう、人を酒豪扱いするんだから!かっこいい顔して人をからかったりしてさあ。健吾に付き合って飲んで、一人で落ち込んで飲んで・・ってそんな生活送っていたから、確かに酒豪の女にできあがっちゃったのだろうな。ん~、やっぱり可愛くないね。
「でも、楽しく飲めるから柚原と飲んでいるとお酒が美味しく感じるよ。それっていいことじゃないかな?」
澤田くんって、そうゆう事をサラッと言えるんだね。女の子にもてるの分かるなぁ。酒豪すら褒めるなんて。彼女になる人は幸せだね。
これから飲むって言っていた割には1杯だけおかわりしてお店を後にした。
澤田くんもっと飲むつもりじゃなかったのかな?でもまあ、いいか。
会計は「とりあえずこの場は俺が出すからいいよ」と通されて、その場は澤田くんがサッと会計を済ましてしまった。明日、健吾と割り勘にしないとね。
外に出ると、少しだけ冷たい風が気持ちよかった。でも、ほとんど人通りのない道を見たら健吾と伊東さんが帰って行った後姿を思い出して、また気持ちが引きずられるようになる。
歩き出しても、視線が前に上がらない。もう健吾帰ったかな・・・伊東さんと一緒にいないかな。
「少し寄り道して行こうか」
「え?」
駅への方向と違う道と逆の方向へ澤田くんはゆっくりと歩いていく。突然なことに驚いて足が止まったままになる。
「どこ行くの?」
振り向いた澤田くんは、驚いた顔の私を見て微笑んだ。
「公園。すぐ近くに小さい公園があるから酔い覚ましして行こう」
「公園・・・酔い覚まし?」
澤田くん酔っているの?今日はそんなに飲んでいないと思うけどな。
私も急ぎ足に歩いて、澤田くんに追いついた。
「その先を曲がったとこに公園があってさ、時々仕事中に車で通るんだ。子供の頃に遊んだ公園に似ていて懐かしいなって思っていたんだ」
行ってみると本当に小さな公園があった。澤田くんは自動販売機でミネラルウォーターを2本買うと1本を私に手渡してくれて、そのままベンチまで行って2人で座った。
「柚原疲れた?大丈夫?」
澤田くんがあまりに優しい顔して聞いてきたからビックリした。私、そんなに疲れた顔していたかな。
確かにいろんな意味で疲れたけど、どう言葉に出していいかわからない。
疲れた・・ってよりも、もっと黒い感情に振り回された感じ。
そんなことを思っていたら、また健吾と伊東さんの事を思い出して気持ちが沈んできた。
「どうした?」
話しかけても答えないから気になったのか、私の顔を覗き込んだ澤田くんは心配そうな顔をしている。
いけない、こんな顔していちゃいけないよね。
「え・・ううん何でもないよ。ごめんね、ボーっとして」
「そうゆうとこだよな、柚原が損しているのは」
「え?」
ごまかそうとしたのに、突然意味の分からない事を言われて、澤田くんと目が合ったまま止まる。
何?どうゆうこと?
「ただ見ているだけで、笑顔で応援して、一生懸命自分の気持ち隠してさ。どれだけの年月苦しんでいくつもりなの?」
「・・・」
どうして?私の気持ち・・ばれてる。
「健吾の事ずっと好きだったんだろ?」
「なんで・・・澤田くん」
私があまりに驚いて口が開いたままになっていると、澤田くんは優しく微笑んだ。
私がパニックになっているのは十分に承知しているようだ。
「見てればわかるよ。柚原が自分の気持ち伝わらないように一生懸命隠してきたの」
「いつから・・・?」
「入社して研修後の飲み会の時だったかな。健吾に彼女がいるって聞いた時、柚原表情変わっていたから、なんとなくね」
そのとおりだ。見られていたんだ・・あの時。今でも覚えている、あの時の衝撃。
それからずっと気持ち隠しているの見られていたんだ。やだなぁ・・。
なのに私ったら何でもないように見せて、こんなに長い年月片思いしていること知られていたなんて恥ずかしい。
「ばかみたいでしょ、隠しすぎてもう「好き」なんて言えなくなるなんて。私は完全に女友達だからさ、一生懸命健吾の気持ちを応援するしか私にはできないの」
今までの我慢と、今日の2人の姿と、健吾の想いがグルグルと巡って、涙が流れてしまった。
一度流れてしまった涙はもう自分の意思とは違って、次々流れ続けてしまう。
その涙を見られるのが恥ずかしくて、一生懸命うつむいた。
「でもそこが柚原のいいとこだと思うよ」
ポンポンと優しく頭を撫でられ思わず顔を上げると、澤田くんは今まで見たことのない優しい笑顔で私を見ていた。その極上の笑顔に、さらに涙が溢れてしまった。
「大丈夫?」
ささやくように問いかけてくれる。私は「うん、うん」と首だけ縦に振って答えた。
「今日はよく頑張ったね」
そう言ってくれて、涙の止まらない私にまた頭をポンポンと撫でてくれた。
「ごめんね、ありがとう・・」
私が言葉にすると、「柚原、諦めずに頑張れ」ってささやくように言ってくれた。
嬉しくて心の中で「澤田くんありがとう」とつぶやいた。
「お酒もさ、辛い気持ちばかりで飲まずに今度楽しく飲もう。でも、辛い時はちゃんとつきあうからさ。今日はあのお店で飲んでいても、柚原は2人のこと思い出すだけだから勝手に切り上げちゃってごめんね」
そうだったんだ・・・健吾の前でこれから飲み本番って言ったのは確かにあの場の空気を読んでの言葉っだったかもしれないけど、その後2杯で切り上げたのはどうしてだろうって思っていた。
澤田くん、私があのお店にいて辛いって分かっていたんだね。
「あ・・・ううん、澤田くんは何でもお見通しだね。でも、ありがとう」
微笑みながら首を横に振った澤田くんに何だか少し心が癒された。
澤田くんにしても、咲季先輩にしても私の周りには本当に優しい人がいる。
澤田くんが言ってくれた「諦めずに頑張れ」は、私が健吾を励まして応援する時の言葉と同じだったから、すごく心にきた。健吾も私の言葉で悩んでも諦めずに頑張っていたのかなぁ。
こんなに苦しくて涙が出ても、私の心の中は健吾への想いでいっぱいだった。




