友達として
朝、目が覚めて起き上がると眠気ではなく体のだるさでなかなか動き出せなかった。体の疲れではなく、心のモヤモヤで。
昨日の伊東さんの電話で、飲んでいた私達の空気も変わってしまった。
健吾は何か考えているみたいで言葉が少し減ったり、時々話を聞いていない感じだったし。
私も悟られないように普通にしていたけど、明らかに気持ちが曇ってしまった。
健吾と伊東さんが会う場に私も行くなんて。目の前で2人が仲良くしている姿なんて見たら、笑顔でいられる自信なんてない。
澤田くんも行くって言っていたけど、健吾の恋愛に興味あるのかな?何か意外な感じ。
すぐに家を出る時間になり、気分が晴れないまま電車に乗って会社に向かった。
「どうした?元気ないじゃない」
咲季先輩が外回りに出る前に声をかけてきた。
「うん・・・ちょっとありまして・・」
健吾と澤田くんはもう出ていて傍にいなかったけど、職場ということもあって声をひそめて咲季先輩に返事をする。
「何、どうしたの?」
「じゃあ、外に出ながら話します」
「わかった」
そのまま支度をして2人で廊下に出て周りを確認し、昨日の伊東さんの電話から彼女に会うことになったいきさつを話した。
「楓、行くの?」
さすがに咲季先輩も驚いている。まあ、普通嫌がるよね。行ったっていいことないし、気持ちが苦しくなるって分かっている。
「行きたくないけど・・・」
「行くのか」
渋い顔して咲季先輩が言葉の先を言う。呆れられちゃうね。でも、誰も好き好んで行くわけじゃない。何度も考えて、友達って立場なら行かないとダメかなって思ったんだ。
「相談ねぇ・・・彼女なかなかやる女なのか?ん~?」
ちょうど総務課の前を通りかかって、咲季先輩は入り口から伊東さんを見つめる。
「もう、そんなに見ないで下さい。変に思われますよ」
「はいはい」
苦笑しながらまた歩き出した咲季先輩を追いかけて、私はまたため息をつく。
エレベーターに乗った所で他の社員と一緒になったので会話を止めたが、降りると同時にまた会話を再開した。
「でも、私一人で行くわけじゃないんです」
「ん?なんで」
不思議そうに私の顔を見た。
「澤田くんも行くそうです。しかも澤田くん自分から俺も行きたいって言い出して」
「澤田くんが?へぇ~意外」
「ですよね。私もビックリしたけど、健吾もかなり驚いていましたよ」
「だろうね。でも楓が一人で行くより澤田くんも一緒なら私も少しは安心かな。でも楓、無理しちゃだめだよ。どうせ友達として・・とか思っているんでしょう?」
小さな声で心配した顔して私の顔を覗き込んでくる。咲季先輩分かってくれているんだよね・・・私が行きたくなくて落ち込んでいること。私の肩に背負っている[友達として]が私を勝手に動かしてしまう。その結果、私は嘘つきにどんどんなる。
「とりあえず行って来ます。なるべく無理はしないように」
「そうだね。何かあったら電話しておいで」
「はい、ありがとうございます」
「よし!じゃあ、今日も行って来るか!私、今日直帰になるかもしれないから」
「わかりました。じゃあ、行ってきます」
咲季先輩と別れて、本日の訪問先を回った。仕事中は気持ちを切り替えようとしたけど、やっぱり心の重さを引きずったままで、とりあえずこなしたというような仕事をしてしまった。
今日は早く帰ろう・・・そう決めていつもより早く会社に戻り、日報など簡単に処理して終業時間とともに帰宅した。
ベッドの上で天井をボーっと見つめていると、スマートフォンの着信音が鳴った。
テーブルの上に置いたバッグから取り出して着信を見る。健吾だ。
「もしもし・・・」
「もしもし楓?今日はもう帰ったのか?今は家?」
「うん。今日はスムーズに終わったから久しぶりに早く帰ってきたんだ」
伊東さんに会うのが嫌で、気持ちが落ちているなんて言えないしね。完全に落ちた顔していたから、誰にも会わずに帰って来れてよかった。
「そっか。あ~あのさ、伊東さんから電話があって明後日の夜どうかな?って。楓は大丈夫?もしよければ隼人にも連絡して決めたいと思ってさ」
「うん・・明後日ね、わかった。時間と場所が決まったらまた教えて」
「うん、連絡するよ。・・・楓さあ、何かごめんな変なこと頼んじゃって。伊東さんに相談にのるって言っておいて友人連れて行くなんて情けないよな。本当は一人で行ってちゃんと話を聞いてあげたいけど、2人で会って彼女が誤解されないようにしないとって思ってさ」
「健吾やさしいね。そのやさしさきっと伊東さんに通じるよ」
「だといいな」
健吾が苦笑しているのが伝わってくる。
健吾もいろいろ考えているわけだ。でも、そんなに伊東さんのこと考えているんだ・・彼氏以外の男と会っているのを見られて誤解されないように・・・なんてさ。
言葉だけだと頼りなかったり、情けないように思われたりするけど、本当はいつも物事をちゃんと考えているんだよね。
それだけ考えているから健吾も辛い片思いなわけね。潰れるほどお酒飲むのも分かるな。
でもさ、悩んで健吾に電話かけてきて、「相談にのって欲しい」って言うなんて、完全に片思いでもないのかもしれない。
「じゃあ、とりあえず連絡待ってるから」
「ああ、悪いけどよろしくな」
そうして電話を切った。精一杯明るく話したつもりだけど。
私、ちゃんと健吾と伊東さんの前で笑えるかな。健吾の女友達でいることに努力してきたけど、伊東さんに関わるつもりはなかった。
これも健吾の恋の応援なのかな・・・
またベッドに横になり、ずーっと天井を見ていた。




