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君が好きだから嘘をつく  作者: 穂高胡桃
14/60

憂鬱な夜 ③

「あら、いらっしゃい。今日は遅くまでお仕事だったのね」


3人で美好ののれんをくぐって健吾を先頭に店内へ入ったと同時におばちゃんに笑顔で声を掛けられた。

そのままいつもの席に歩いていく。


「うん、接待で飲んじゃったから俺の車を代行で会社に戻してから来たからさ、遅くなっちゃったんだ」


「そうだったの。あら、こちら初めてお会いするわね。同じ会社の方なの?」


おばちゃんが澤田くんの顔を見て、にこやかに話しかける。


「はい、そうです。いつもお店のことは健吾から聞いてました」


「俺と楓の同期なんだ。おばちゃん、隼人って呼んであげて」


「はいはい、隼人くんね。お疲れのところ来てくれてありがとうね、ゆっくりしていってね」


おばちゃんの優しい笑顔を見て、澤田くんも営業スマイルじゃない優しい笑顔を見せている。

そう、おばちゃんのこの笑顔癒されるよね~。澤田くんもこのお店気に入ってもらえるといいな。


「隼人くんはハンサムさんだね。女の子にもてて大変だろうね」


「いいえ、そんなことないですよ」


「彼女はいないのかい?」


「はい、残念ながら」


「それはもったいないね」


そう、本当にもったいない。でも周りがほっとくわけがなく、いつも女の子達は誘ったり告白したりしているみたいだけど、みんな玉砕しているしね。

本当に仕事一筋って感じだし。他部署との合コンのような飲み会もほぼ参加しないって健吾言っていたしね。


「本当に信じられないよな、もてるのにさ。まあ、好きな子できたら教えろよ」


「いいじゃないの。隼人くんも彼女いないなら、夜ご飯食べにおばちゃんのお店に顔見せに来てよ」


「はい」


おばちゃんはニコニコしながら初対面の澤田くんと会話を楽しんでいる。そう、こうゆう優しさがこのお店に通い続けたくなる魅力だよね。

澤田くんも言葉の数は少ないけど、楽しそうに会話しているし。


「さあ、今日はどうする?接待じゃ飲んできたんでしょう?ご飯物がいいかい?」


「ん~、俺日本酒しか飲んでいないからビール飲みたいな。楓と隼人はどうする?」


「ちょっと、健吾あんなに日本酒飲んでいたのに大丈夫?」


「大丈夫大丈夫。控えめにするから」


「じゃあ、私もビール飲む!」


「僕もビールで」


「まあ、酒豪さん達の集まりだ。じゃあ、ちょっと待っていてね」


そう言ってビールとつきだしを用意しにカウンターの奥に入って行った。

隣に座っている健吾はスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを外していつもの飲みのスタイルになり、目の前に座っている澤田くんはメニュー表に目を通している。


「はい!お待たせ。今日もお疲れ様ね」


おばちゃんがいつもの掛け声でビールを運んでくれる。


「ありがとう!おばちゃん、あと俺角煮と揚げだし豆腐食べたい。あと楓はいつもの卵焼き食べる?」


「うん、食べる。澤田くんは何がいい?」


「う~ん、肉じゃがと長芋の天ぷらがいいな」


「はいはい。じゃあ、みんな乾杯して待っていてね」


おばちゃんの声と共にみんなでジョッキを手にした。


「じゃあ、乾杯しよう。隼人の初の美好に乾杯!」


「ふふ、澤田くんに乾杯」


「乾杯」


ガチン!とみんなでジョッキで乾杯して、それぞれビールを口にした。

さっきの接待でも飲んだけど、感じる味も全然違う。まあ、接待も仕事のうちだからしょうがないのだけどね。だから、こうして美好で飲み直すと気持ちをリフレッシュできるんだ。


「隼人、今日はいきなり電話して接待に合流してくれって頼んでごめんな、本当に助かったよ」


「いや、ちょうど会社に戻ったところだったからすぐに向かえてよかったよ」


「楓も時間に間に合わなくて1人にさせてごめんな。隼人に連絡した後に楓にも伝えたかったけど、もう川崎部長と須藤さんと店に入っている時間だし、隼人もすぐ行ってくれるって言ってくれたから、俺もなんとか抜け道使って走ってきたんだ。川崎部長もだいぶ酒が入っていたみたいだけど、楓大丈夫だったか?」


隣で心配そうに私の顔を覗き込んでくる健吾にどう答えるか一瞬考える。


「うん、大丈夫だったよ。川崎部長のお酒のペースは相変わらず速くて焦ったけど、澤田くんが来てくれたから」


須藤さんが席を外して2人だったことも、川崎部長に手を掴まれたことも省いて話した。とりあえず大丈夫だったし、これだけ心配して澤田くんにまで連絡してくれた健吾にあまり話したくなかった。

でも、川崎部長に手を掴まれていたところは澤田くんに見られていたなぁって目の前の澤田くんを見ると、こっちを見るわけでもなく、おばちゃんの運んでくれた料理を食べている。


「そっか、それならよかった。次からは気をつけるからさ。今日は本当にありがとう。川崎部長も機嫌よく帰ってよかったよ」


「澤田くんもありがとうね。何があるかわからないし、本当は私一人でもちゃんと接待できなきゃダメなのに、担当外の接待まで参加させちゃってごめんね」


私が頭を下げてお礼を言うと、澤田くんはゆっくりと首を横に振った。


「そんなことないよ。協力して成功させる接待もあるよ。同期なんだから気を使っちゃだめだよ。こうして打ち上げで楽しめるしね」


「ありがとう」


「さあ!食べて飲もうぜ。隼人と飲むなんて滅多にないもんな。隼人、おばちゃんの料理美味しいだろ」


「うん。この肉じゃがも、角煮も美味しいよ。おばちゃんもいい人だし、2人がこのお店を気に入っているのがわかるよ」


一人で接待をこなせなかった反省も、澤田くんに迷惑かけてしまった罪悪感も2人が楽しそうに飲んで食べている姿を見ているとその時は忘れて一緒に楽しむことができた。

同期でも3人揃ってプライベートで飲むなんて新入社員の頃以来、ほとんどなかったものね。

話の弾んでる2人を見ていると、それだけで何だか楽しかった。少しボーっとしていると近くで鳴り響く着信音が聞こえた。


「あ、ゴメン俺だ」


健吾がスーツの上着のポケットから取り出し、着信相手を見た瞬間に表情を変えた。

ー伊東さんだー

私にはすぐに分かってしまった。


「もしもし」


健吾の顔嬉しそうだ・・・隠しもしない。当たり前か。


「うん。今、隼人と楓と飲んでるよ。ん?どうした?・・・ちょっと待っていて」


そう言って立ち上がると、外に出る為にドアに向かって歩き出した。


「隼人、楓ちょっとごめんな」


一言残して出て行っちゃった。伊東さんと話す健吾の声優しかったな。いつもあんな感じなのかな・・・

伊東さんからも健吾に電話かけてくるなんて。やっぱりもういい感じになっているのかな・・・

つい自分の感情に気を取られて、澤田くんが目の前にいることが頭から抜けていた。

大丈夫かな、ばれてないよね・・・そっと視線を上げて澤田くんを見ると、ドリンクのメニューを見ていてホッとした。


「柚原何か飲む?」


持っていたメニューを差し出してくれた。


「うん・・・じゃあ、黒糖焼酎にしようかな」


「へえ~美味しいの?」


「美味しいよ、ちょっとおすすめ」


「じゃあ、僕も同じの飲んでみようかな」


そうして、健吾のいないテーブルで2人で乾杯した。


「ああ、黒糖の焼酎って美味しいんだね。いい物見つけた」


「そうでしょ。私いつもはビールかワインか日本酒だけど、時々これ飲むんだ」


そう。この黒糖焼酎は健吾とは飲まない。健吾が酔っ払って恋の話をしながら潰れちゃった時とか、自分の片思いに行き詰って1人で美好に来た時に飲む美味しいのに苦いお酒だ。

だからこのお酒を誰かと一緒に飲むのは初めてだった。


「柚原もお酒強いね。今日は結構飲んでいるよな」


「そうだね。いつも飲んでいるうちに、だんだん強くなっちゃった。恥ずかしいね」


「そんなことないよ。楽しく飲めていいと思うけどね」


「そうかな~」


2人のグラスが空になる頃に、健吾が戻ってきた。

電話に出た時の嬉しそうな表情とは違って、微妙な顔だ。きっと何かあったんだ。


「ごめん、お待たせ。あれ?飲み物変えたんだ。俺じゃあ、熱燗にしようかな」


「大丈夫?飲みすぎだよ」


私が止めようと思ってもまだ飲むつもりらしい。


「隼人、いいだろう一緒に飲もうよ。楓もな」


おばちゃんにおちょこを3つ用意してもらい、また飲み続けた。

健吾を見ると、何か考えている感じだ。まあ、伊東さんのことだろう。

難しい顔をするような話だったの?今の2人の事は全然分からない。


「今の電話、伊東さんだったんだ。あ、隼人は総務課の伊東麻里ちゃん知ってる?」


「ああ、書類出しに行った時に見たことあるよ」


健吾が伊東さんの事を話し始めて、私はただ健吾を見つめた。


「彼女が彼氏ともめたらしくて、ちょっと電話してきたんだ。彼女悩んでいてさ、相談のってもらいたいって。今度会って話を聞く約束したんだけどさ・・・よかったら楓も一緒に来てくれないか?」


「・・・え?私が?・・・何で?」


どうして私が行くの?あまりの衝撃に、健吾の言っている事の意味が全く分からなかった。

何で・・・健吾と伊東さんが一緒のところなんて見たくもないのに。


「頼むよ楓、相談って言っても彼氏がいるのに2人で会うのはさ。女の子の気持ちは俺にもよく分からないし、楓も話を聞いて相談にのってあげて欲しいんだ」


「健吾は伊東さんのこと好きなんでしょ。だったら2人で会って話聞けばいいじゃない。伊東さんだって知らない私に来られても困ると思うよ」


「大丈夫。楓は仲のいい友人って彼女にも前から話してあるから」


「でも・・・」


「どんな言葉でも言ってあげて欲しいんだ。俺もいつも楓の言葉に救われているし、この先どんな風になるか分からないけど、相談のるならちゃんとしたいんだ」


「私、何もできないよ。それでもいいの?」


「うん、ありがとう楓」


もう頷くしかできなかった。いろんな感情が渦巻いていたけど、全て口に出せなくて。全部飲み込んで頷いた。


「じゃあ、僕も行こうかな?」


突然割って入った澤田くんは、笑顔で自分も行くと言い出した。


「隼人」


さすがに健吾も驚いたらしい。私だって思わず口が開いてしまった。

でも澤田くんは笑顔を崩していない。


「だって健吾が好きな子だろ?ちゃんとアドバイスした方がいいし、男の気持ちなら僕にも分かるしね。健吾の友人だし、僕も行っていいかな?」


相変わらず健吾は驚いたままだったけど、一言「うん」と答えた。

澤田くんも笑顔で頷いてまた日本酒を口にした。


伊東さんの相談に私を誘う健吾の気持ちを理解できなければ、今まで飲みにだってほとんど一緒に行かなかった澤田くんが健吾と伊東さんの相談の場に行きたいと言う気持ちも全く理解ができない。

楽しく始まった飲みの夜が、一変して憂鬱な夜に変化してしまった。












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